みんなの協力あってこそ

 ――っちゃん! キョウちゃんってば!


「ううっ……」


 体をゆすられながら、頭に響く聞きなれた声。

 重たい瞼をゆっくりと開いた恭弥のぼんやりとした視界に声の主が映る。


「やっと起きた! キョウちゃん! 寝起きで悪いけど、もうすぐ出番!」


 一気にパアっと明るい顔になった大輝がいつの間にかベッドの上にいた恭弥の手を引いて起き上がらせる。

 まだハッキリとしない目で、周囲を見ては自分がどこにいるのかを確認し、白いベッドや何やら薬品が入った棚から、保健室であることがわかった。

 なんで保健室にいるのかと思い返す。


「……おいっ! 待て! 瑞樹はどうしたんだよ! 俺、あいつがいなきゃ――」

「みっちゃんなら、無事だって! さっき先生から連絡があって、もうすぐ来るって」

「でも、もう……」



 よかった、瑞樹は生きてる。今回は大切なものを無くさずに済んだ。そう安心したのもつかの間、文化祭が心配になった。

 機材のセッティングが必要だからと、開催式のトップバッターで披露するはずだった。だが、時計を見れば開催式はとっくに始まっている時刻を示している。今から全員が集まったところで、何もできない。そう考えた俺は、大輝に引っ張られる手を振り払う。



「倒れたキョウちゃんをコウちゃんが運んでさ、んでもってユーマが文化祭実行委員と先生たちに順番を変えてくれって頼みに行ったんだ。そしたら俺らの出番、ラストになったからあと……十五分後! これ、新しいスケジュール表! ほら、早く行こうぜ!」


 タイムスケジュールが書かれた用紙に、ペンで時間が書き直されている。丁寧な文字は悠真のもの。それをよく見る前に、大輝は再び手を引き、よろける恭弥を気にすることなく走り出した。


 向かう先はもちろん体育館。そこに近づくにつれて、心臓がうるさく音を立てる。本当に演奏できるのかという疑念と、初めての大勢の前で行う演奏することに対する緊張、そして期待が入り混じる。

 保健室を出て走ること一分ほど。体育館の舞台に一番近い扉の前までやってきた。



「ねえ、遅くない? どれだけ寝ていれば気が済むの?」



 腕を組み壁に寄りかかり、ダルそうな顔をして悠真はそこにいた。その隣にはスティック片手にまるでヤンキーのようにしゃがむ鋼太郎。異様な組み合わせの二人。どうやらずっと待っていたようだ。



「ようよう、準備隊も来ましたよっと」



 体育館からぞろぞろと十人ほどの男子学生がでてきた。



「よぉーっす! 時間変わっちゃって悪いけど、頼むなっ!」



 集団に向けて挨拶をする大輝。その様子からセッティングと撤収の手伝いを頼んでいた大輝の元部活メンバーであることが予測できた。


 残るは瑞樹のみ。

 タイムリミットはあと五分。前の部活の発表が終わった途端、すぐにセッティングに入らなければならない。



「セッティング中、無言になるのももったいないし、大輝はつなぎとしてしゃべっててね」

「うえっ? 俺が? いいけど。じゃあ、みんなは前に送ったセッティングの手順書を見ながらよろしくな」



 悠真から急にMCを頼まれたにも関わらず、すんなりと受け入れた大輝は恐るべき順応力をみせる。



「お、先生」



 鋼太郎がスティックで指示した先に、一台の車から降りてくる瑞樹の姿があった。

 いつものギターケースを肩にかけてパタパタと足音を立てながら走って来る瑞樹。頭には包帯を巻いているが、それ以外には変わった様子がない。



「おまたせしましたっ……ご心配をおかけしてすみません!」



 ペコペコと頭を下げる瑞樹と目が合った。瑞樹が生きていることに安心して、恭弥は涙が出そうなのを堪えた。



「ごめんね、キョウちゃん。キョウちゃんが一番つらかったよね。でも、僕は。キョウちゃんの夢を叶えるまで、死んでなんかいられないから」



 そう言って、フワフワの髪が揺れた。

 包帯で隠れた傷の深さはうかがえないが、顔色からして元気そうである。



「馬鹿野郎……」

「えへへ」


 ニコリと微笑む瑞樹に、恭弥の心は前を向く。



「軽音楽部のみなさん。準備お願いしまーす」



 実行委員の腕章を付けた女子が、外で集まる俺たちに声をかけた。

 どうやらギリギリで全員集まることができた。残すは全校生徒と頭の固い大人の前で、最高の演奏をしてみせるのみ。


「うっし。やるか!」

「「おうよ/わかってる」」



 舞台は幕が降ろされる。その裏で、できるだけ早く、そして丁寧に機材を運んでは、つないでいく。時間がかかるその間に、幕の前では大輝が場をつないでいた。



『えーっ……みなさん! こんにちはーって、今更か。まあ、いいや。とりあえず、自己紹介をしますっ!』



 マイク越しの声が準備をする俺たちにも届く。

 各学年三百人以上。それが三年分ともなれば千人はいる生徒の前で、大輝は臆することなくいつもの調子で話し続ける。



『俺たちは、軽音楽部! メンバー五人で、毎日練習しています! 今日、ここで初ステージなんだよね! みんなが、初めてのお客さん! まずは俺たちの演奏を聴いてもらって! そして、バンドって……音楽ってすげーって思うような、めちゃくちゃ楽しいって思えるような、そんな時間にするんで!』



 大輝のまっすぐな言葉を聞いて、生徒たちは一気にざわつく。

 何を言ってるんだかわからないと聞き流す人、期待に胸を膨らませる人。あくびをする人。様々な反応を大輝は目にした。

 一方でステージ上では準備をする手を止めずに、その言葉を聞いている。



『ちょっとトラブルがあって、順番を入れ替えてもらいました。それについてはいろんな人に協力してもらい、ありがとうございました。みんなに助けられて、支えられて、そして俺たちは今日、初めてこんな大勢の前で演奏できることになりました。時間的に二曲、やろうと思います。みんな床に座っ疲れちゃってるかもしれないから、もう立ち上がって好きに暴れて! ね、先生? うん、いいって!』


 目があった先生にでも振ったのだろうか。

 静かな間をとってから、ざわざわとし始めた。多分生徒が立ち上がり始めたのだろう。

 ざわつきが収まりつつあるとき、こちら側の準備が整った。


 セッティングの手伝いをしてもらった人達は、舞台袖、そして二階へと上がってもらい舞台にはいつものメンバーのみが残る。


 全員で顔を合わせ、互いに準備が整ったことを確認した。

 鋼太郎が準備完了したことを大輝に伝えるようにスネアを二回鳴らす。



『おっ。準備ができたみてぇだな。皆さん、お待たせしました! 俺たちの歌をきいてくれよなっ!』



 大輝の声に合わせ、鋼太郎がドラムを叩き始める。そして舞台の幕が上がった。

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