第23話 そして日常から「その時」へ。

「あの……わたし体育委員副委員長です! わたしでよければ――」


「体育委員副委員長を解任します、お疲れ様です」

居合わせた体育委員副委員長が協力を名乗り出たが、ジコチュ―女子の前ではすべもない。

そして学食にいたオレをはじめ多くの生徒が気付いた、生徒会長がここまでのジコチュ―女子だと。


オレは一石三鳥と巻き込んだ依子よりこさんに申し訳ないと思った。

依子よりこさんはオレに気を使わせないように「こういう人なのよ、困っちゃうでしょ?」みたいに呆れてため息を漏らす。


「どうするの。図書委員長辞めて清々したい? 

気まずい空気が流れる中、とばり依子よりこさんの顔も見ずに言う。

怒ってるのはオレじゃなくてもわかる。


「そうね、それもアリだと思う。なんかめんどくさくなってきたし。でも『』の方にしようかなぁ、せっかくだし」

「そう? それじゃさっそくだけど――生徒会長さん、生徒会委員長並びに副委員長の解任は本人の自己都合以外だと、生徒会役員の六割の賛成が必要になります。規約に沿った手続きをしてからにしてください。まぁ、否決されたら爆笑ですが(笑)」


「お気遣いなく。の変更をしますので」

「そうですか。ご存じないようなので、親切な私は教えて差し上げます。生徒会規約変更は、生徒会役員満場一致での議決が必要ですね。図書委員長解任前なので、ヨリとさっきの体育委員副委員を含んだ形です。勝算はほぼ無いです、それでも採決を強行しますか(笑)?」


「勉強熱心ね。どう? たった今図書委員長が空座になったとこだけど、。弟さんには体育委員副委員長なんてどうかしら?」

「御冗談。一年の時は退屈だったんでお付き合いしただけです。それに私、読書は弟のエロ本しか読まない派なんで――で、ヨリどうすんの? 腹決めた~~?」


えっ⁉

なんでここでオレをディスる必要あります?

めちゃ被弾したんですけど?

ウケ狙いかもだけど、ほとんど失笑だからね?

腹ってなんの腹?


依子よりこさんはアゴに手を当てて小首を傾げ考えた。

そしてわざとらしく手を打って「ひらめいた」顔した。

とばりの舌打ちはオレしか聞いてない。

依子よりこさんは咳ばらいをひとつし、テ―ブルに両手を置き宣言した。


『不肖わたくし、敷島しきしま依子よりこは図書委員長の名において、生徒会長――長司ながつかさ夏織子かおりこの生徒会長不信任案を提出します‼』


その日の放課後。


緊急招集された生徒会は敷島しきしま依子よりこ図書委員長並び、体育委員副委員長解任案を大多数で否決。

同刻。


敷島しきしま依子よりこ図書委員長から提出された長司ながつかさ夏織子かおりこの生徒会長不信任案を賛成多数で可決――第六三代生徒会は解散となった。


生徒会長を三期務めた長司ながつかさ夏織子かおりこはこの日、県立江井ヶ島えいがしま高校始まって以来、初の生徒会長不信任案可決という形で、生徒会長の座を追われることとなった。


「えらくあっけなかったなぁ……人気ないの?」

オレは部室前でとばりの速報をサブリナと聞いていた。

ちなみにオレは今から部活。


とばりに方向感覚が残念な、サブリナと駅まで一緒に帰ってもらうよう頼んでいた。

そんなことしなくても、面倒見いいとばりは世話を焼いてくれるだろうけど。


「ん…人気がないって言うより、現生徒会――か。割と強引に三期付き合わされたんだけど、さすがに受験でしょ?『もう付き合い切れない』になったんでしょ。三期の時もしつこかったらしいから…」


なるほど、生徒会各委員長の任命権は生徒会長にあるから、ずいぶんジコチュ―を発揮したんだろなぁ……ん? 待てよ…

「姉さん。じゃあ生徒会は?」


「二週間以内に選挙。残念ヨリは逃げられないでしょうね(笑)」

「えっと、ヨリちゃん立候補するってこと?」

「そりゃ、言いだしっぺだからね。これであんたに、ちょっかい出せないってワケよ! まぁ『姉孔明』みたいのモンよ(ドヤぁ~~)」


じゃあ、とばりはあのタイミングで依子よりこさんを罠にハメたと……怖えよぉ、今夜早めにごめんなさいしよう。


「んじゃ、サブリナ行くわよ」


「はい、お姉さま~~」

「誰があんたのお姉さまよ‼ こら、なつくな、もう! この為替かわせ女子!」

まったく満更ではない。

口は少し悪いが面倒見はいい、しばらくはサブリナと帰ってくれるだろう。

明日はどこの国の通貨にするんだろ。

オレはふたりに手を振り部活に合流することにした。


のぞみ~」

「ん、なに」

オレはスパイクの紐を調整していた相棒のぞみに話しかけた。

依子よりこさんには悪いが共依存のこと、話しておこうと思った。

とばりに引っぱられて依子よりこと、なんだかなぁ関係は嫌なんだけど、幼馴染で親友が好きな人とコソコソするのも嫌だ。


だいたい思春期ってヤツはちょい優しくされたくらいで、コロッと恋に落ちる。

ヨリちゃんは昔から優しいし、オレの思春期は侮れない『少しえっちな写真』で簡単に釣れてしまう。


なので、さっさとゲロってのぞみというブレ―キを作らないと、心配でしょうがない。

いや、自分の事なんだけど、女子とお付き合いしたいという気持ちは止めどなく湧いてくる。

だけど時と相手は選ばないと幼馴染ズが崩壊してしまう。


「実はさぁ、部活終わってからでいいから話あんだ。そんな深刻なヤツじゃないけど六実むつみ抜きで」

「んじゃ、家帰ってフロとか晩飯すんでからでいい?」

「うん、悪いけど――」

言いかけた言葉をさえぎるような爆音が辺りに鳴り響く。

オレたちは音の鳴る方を目で追う。


「例のか……そりゃ、校舎裏でタバコ吸ったら退学だろ。考えたらわかるだろ…――昇平しょうへい‼ とばりちゃんとサブリナちゃんは⁉」


「え…今…裏門出たとこ――えっ?」


オレはのぞみの言葉に転げ落ちる勢いで駆けだした。

先輩から聞いていた「ワザと嫌がらせで、すれすれ走るから、危なくて危なくて――」そうだった、聞いてたんだ。

そんな危険なバイクが下校時に月に数度現れるのを。


「ちょっ、昇平しょうへい⁉ どうしたぁ?」

駆けだしたオレを見て六実むつみが声を掛ける「ふたりが――」その言葉だけで察した六実むつみは手にしたバインダ―を落とした。


県立江井ヶ島えいがしま高校の校庭側。

最寄り駅につながる道路は一方通行だ。

一方通行ということは道幅がそう広くない。


そこに江井ヶ島えいがしま高校の生徒の帰宅時間が重なる。

道には帰宅部や、今日部活がない生徒。

部活を引退した三年生が溢れた。


その中にとばりとサブリナ、そして「逆恨みバイク」がいる……

父さんに聞いたことがある「最高と最悪は滅多に起きない」って。

だけど父さんは「でも最高よりも、最悪の方がちょっと多いかもな」と。


オレは父さんの言葉を信じて走った。

スパイクのままだ。

アスファルトではグリップ力が悪く滑りそうになる、だけどそんなこと言ってられない。

遠ざかったはずのバイクの爆音がまた近づいてくる、学校の外周を一周回り終えたのだ。


その爆音を聞いた生徒の波は道を開ける。

誰だってもらい事故は勘弁だ。

生徒の波が退いたので視界が開けた。

とばりとサブリナがちょうど駅に向かう横断歩道に差し掛かっていた。

ふたりは見えてない。


爆音を放つバイクはふたりの死角だ。

しかしすごいスピ―ドで近づいていた。

バイクは噂で聞く通り、県立江井ヶ島えいがしま高校の生徒の間近を蛇行した。


そして蛇行したバイクはバランスを崩し転倒した。

もしかしたら生徒の誰かに接触したのかも知れない。

スピ―ドが乗ったまま転倒したバイクは、勢いそのまま道路を激しく横滑りした。


転倒した軌道の先には横断歩道があり、ふたりは半ばまで差し掛かっていた。

オレは呼吸が止まるような速度で走り続けたが、まだ5メ―トルある。

それに対してコントロ―ルを失ったバイクの速度は落ちない。


激しい火花が路面を焦がし、耳をつんざくような音がふたりの足を止めた。

顔色を失うとばりと体を膠着させるサブリナ。オレは道路をショ―トカットし、少しでも距離を縮めるが伸ばした指先はまだ届かない。


このままでは被害者がふたりから三人に増えるだけだ。

そんなことはわかっていたが、オレは走る足を止めることはない。


ほんの少しでも可能性がこの手にあるなら、可能性が指と指の間から零れ落ちる前に、運命にふたりが奪い取られる前に救い出したかった。




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