第12話 学友と取る昼食、というもの

 カナリエと、更に合流したローティとシェニーネ。

 その3名を引き連れて、ルナリアは食堂まで移動した。


 「私、今年は殿下と昼食を取ることを辞めましたのよ」

 「そうなのですか?」

 「それはやはり、転入の御方のせいなのでしょうか」

 「全くないと言えば嘘になってしまいますけれどもね」


 4人の前に、食堂担当の学園メイドが皿を並べていく。

 それを横目に、ルナリアは言葉を続ける。


 「最後の学年でしょう? 少し、学生らしいことも体験してみたくなりましたの」

 「学生らしいこと、ですか?」

 「ええ」


 皿を並べ終えた学園メイドが、下がっていった。


 「こうしてご学友と昼食を共にすることも、学園生活の醍醐味であると私、気付いてしまったのですわ!」


 ルナリアが、並べられたフォークを手に取る。


 「皆様方とお話しながら食堂でランチを取る。今年はそうしようと思いましたの。ダメかしら?」

 「いいえ、まさか」

 「ルナリア様が望んでくださるのなら、喜んで」

 「私たちでよければ、いくらでもお供いたしますわ」

 「ふふ、ありがとう。とても嬉しいですわ」


 これで昼休みの移動を心配する必要はなくなった。

 リーリエ・ソルアと同じクラスであるカナリエとシェニーネがいるのだ。

 いくらでも彼女の動向を探ることができる。

 鉢合わせないように移動することは、簡単になるだろう。


 「ねえ、本日は面白いことありまして?」


 ルナリアがそう聞けば、カナリエがくすくすと笑い出した。


 「ええ、是非ともお耳にいれたいことがございましたのよ」

 「まあカナリエ様。そんなに笑っては、彼女が可哀想ですよ」

 「シェニーネ様も笑っているじゃないの」

 「そんなに面白いことですの?」


 クラスの違うローティが、首を傾げた。


 「それはとても楽しみだわ」


 ルナリアがそう言えば、カナリエが代表して口を開く。


 「朝、転入の御方とレーヘルン様が門でお会いしたそうなんですのよ」


 おや、今日のランダムはレーヘルン様だったのですね。


 しかし、彼のファンだったカナリエが穏やかなのはどういうことだろう。

 ルナリアの立場だったら、憤怒ものなのだが。

 その後がそれほど面白かったということなのだろうか。


 「それで、教室まで一緒にいらしたのだとレーヘルン様が仰ってたのですが」


 ああ、お話できたのですね。

 それで機嫌が良いのかしら?


 「彼女、レーヘルン様と別れて教室に入ろうとして、ふふふっ」

 「カナリエ様、お話の途中よ」

 「仕方ないじゃない。何度思い出してもおかしいんですもの」

 「お気持ちはわかりますけどね」


 笑ってしまって続きを話せないカナリエを、シェニーネが窘める。

 この後は、シェニーネが引き継いで話す様だ。


 「彼女、教室に入ろうとして、器用にもドアにぶつかりに行ったのですよ」


 一瞬、想像が出来なかった。

 教室のドアは、スライド式だ。


 「ドアが開いてなかったということでしょうか?」


 同じく飲み込めなかったらしいローティが、質問をする。


 「いえ、ドアは開き切っておりましたわ」


 開き切っているスライド式のドアに、ぶつかりに行く。


 「彼女、額を抑えてしばらく蹲ってましたのよ」


 まだ笑いの収まらないカナリエが、そう付け足す。


 「私、目の前でそれを見てしまって、ふ、ふふふっ」


 ああ、それは何度思い返しても笑ってしまうかもしれませんわ。


 ルナリアは、己の想像力を総動員してその場面をイメージする。

 少し、爽快な気持ちになった。


 「レーヘルン様も驚いてらして、その場に固まっておいででしたのよ」


 そりゃあ、まさか自分からドアにぶつかりに行く令嬢なんて見たことないでしょうしね。

 というよりも、驚いて固まっているレーヘルン様の方が面白いかもしれませんわ。


 「それで、何があったのかお聞きしたら、ふふふっ」

 「カナリエ様」

 「ごめんなさい、つい」


 笑ってばかりで話が進まないことに焦れたローティが、口を尖らせる。


 「何が起きたのかわからない。彼女とばったり会ったから送ってきただけなんだけど、とレーヘルン様が困惑のお顔をされていて」


 カナリエは、まだ笑いが止まらない。


 「レーヘルン様のあんなに弱ったお顔、私初めて見ましたわ」

 「目の前であんなことをされたら、誰だって困惑いたしますよ」


 シェニーネも、くすくすと笑っている。


 「私は教室におりましたのですが、大きな音がして驚きまして」


 そんなに勢いよくぶつかりに行ったのか、あの女は。


 「蹲る転入の御方と、惚けてらっしゃる周りの方がいて、何が起こったのかと思いましたの」

 「それで、私が教えて差し上げたら、シェニーネ様、何度も転入の御方のこと振り返って」

 「まさかドアをくぐることもできないなど、思わなかったんですもの」

 「あの音は、すごかったですわよね」

 「教室中に響き渡っておりましたからね」


 くすくすと笑う2人に、ローティが頬を膨らませる。


 「すごく面白そうで羨ましいですわ。私たちも見たかったです。ねえ、ルナリア様」

 「ローティ様の仰る通りですわ」


 私もその場に居たかったですわ。

 そうしたら、指差して笑ってやりましたのに。


 ルナリアは、一瞬、彼女から逃げ回るのを辞めようかと考えてしまう。

 それほどの面白い様子を見逃すのは勿体無い気がした。

 もっと面白いことも、今後しでかしてくれそうな気がしたのもある。


 いえ、でも一時の面白さのために一生を掛けるのは違いますわ。


 リーリエ・ソルアと関わったら、破滅が待っているのだと思い直す。

 まさか、自らドアにぶつかりに行く生態を観察するために人生を棒に振る気はない。


 「転入の御方はお話が絶えそうにありませんわ。毎日聞かせてくださる?」

 「もちろんですわ、ルナリア様」

 「実は、まだありますのよ」

 「午前の授業しか終わっていないのに、まだありますの?」

 「まさか、ここまで面白いとは思っておりませんでしたわ」

 「この個性を潰すのは、本当に勿体ないことをしようとしていたのだと気付かされましたわ」


 カナリエが、ルナリアを見る。


 「流石、ルナリア様ですわ」

 「まあお上手ですわね。私は、平民の生活を見てみるのも良いのではないかと思っただけですわよ」


 くすくすと、笑い声が響き合った。





 4人で語らいながら、教室のある階まで戻る。

 話しながらも注意深く周囲を気にしていたが、リーリエ・ソルアと鉢合わせることはなかった。

 まあ、ここで鉢合わせたとしても目を合わせずに通り過ぎればいい。

 リーリエ・ソルアに絡んでいないことが第三者にもわかれば、婚約破棄には繋がらないだろう。


 問題は、顔を見たら罵詈雑言を浴びせたくなりそうなところですわね。


 昼のリーリエ・ソルアは、殿下の横を歩いていることですし。

 くっ、考えただけで憎らしいですわ。

 本日のデザートが、ピンク色のクリームが綺麗なケーキだったことも憎らしくなってきましたわ。

 とても美味しかったですわ。


 リーリエ・ソルアの失態を聞いている時は、あんなにも爽快な気分でしたのに。


 一人になって少し考えただけで、苛立ちが募る。

 これは、悪役令嬢という配役の縛りなのだろうか。

 もはや一種の呪いのように感じる。


 前世の私が何をしたと言いますのよ!


 それとも、幼い頃に何かスピリチュアルなものを壊しただろうか。

 残念ながら、前世にも今世にも思い当たる節はない。


 なるべく考えないようにと思っても、ついあの女のことを考えてしまいますわ。


 やはり、ルナリアに出来ることはリーリエ・ソルアから逃げることだけのようだ。


 顔を見ないように、視界に入れないように。

 周囲を警戒して歩くしかないのかもしれない。


 いえ、お昼休みに限ってはそうでなくても良いのかもしれませんわ。


 逃げようと彼女の動向を探るのではなく、カナリエたちとの話に集中していた方がいいのかもしれない。

 下手に視線を巡らせて、リーリエ・ソルアと目を合わせるよりいいのかもしれない。

 何が良いって、ルナリアの精神状態にとても良い。


 お昼休みはその作戦でまいりましょうか。


 カナリエたちには、明日も迎えに来てくれるように頼んでおいた。

 リヒャルト殿下たちが移動してから来るようにとも伝えている。

 そうしておけば、リーリエ・ソルアと鉢合わせることはないだろう。

 これで昼休みは、安心して過ごすことができる。


 殿下の姿をちらとも見れないことは残念で仕方がないが、背に腹は代えられない。

 一先ずはリーリエ・ソルアから逃げることを優先するべきだ。


 ふふ、今のところ完璧にあの女から逃げきれていますわ。


 ルナリアは午後の授業の準備をしながら、勝利の拳を握る。

 これなら当面の間はやっていけそうな気がした。


 もちろん、寂しい気持ちはある。

 殿下から離れろと、怒声を浴びせたい気持ちはある。


 けれども。


 ルナリアは、今日の食堂での会話を思い返す。

 リーリエ・ソルアの話を聞いても笑っていられた。

 リーリエ・ソルアの名を聞いても怒らずにいられた。

 リーリエ・ソルアの失態を聞いても、教室に乗り込まずにいられた。


 それは、ルナリアにとってはものすごい快挙に思えた。


 憎らしい者の名前を聞いても、平穏に過ごすことができたのだ。

 負の感情を抱え込まずに、平穏に過ごすことができたのだ。

 カナリエも表情が柔らかかったから、負の感情を溜め込み過ぎることはないだろう。


 ルナリアが『闇の巫女』に落ちることも。

 カナリエが『闇の巫女』に落ちることも。


 どちらも、回避することができるのではないか。


 ルナリアは、自信が出て来た。

 リーリエ・ソルアから。

 破滅の道から。

 逃げ切ることが出来るのではないかという、自信が。


 少なくとも、大きなイベントが起きるまでは、問題ない気がいたしますわ。


 6月に、学園にとってもゲームにとっても大きなイベントが待っている。

 そこまでは確実に、リーリエ・ソルアから逃げきることが出来そうである。


 ルナリアは機嫌よく、午後の授業を受けた。





 お昼の気持ちは、勘違いだったようですわ。


 本日の授業が全て終了し、皆が帰り支度をし始めた頃。

 ルナリアは、頭を抱えたい気持ちでいっぱいになっていた。

 重大なことに気が付いてしまったのだ。


 今すぐに廊下に出てしまったら、リーリエ・ソルアが移動しているかもしれないじゃありませんの!


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