第11話 学園におけるイベント発生スポット

 お茶会から一夜明け、今日からまた学園生活が始まる。

 ルナリアは少し早めに学園に到着した。


 万が一、門でリーリエ・ソルアに会ってしまってはことですからね。


 見かけ様、扇を投げつけてしまうかもしれない。

 そのようなことをすれば、お茶会での根回しが意味をなさない。


 そそくさと教室に入ってしまえば、もうリーリエ・ソルアに出くわす可能性はない。

 一安心である。


 本当ならば、学園の門の前で殿下の登校をお待ちしたい。

 そしてご挨拶して、それぞれの教室へ別れるまで、お話をしていたい。

 昨年までならば、そうしていた。


 でも、もうできない。


 まず、リーリエ・ソルアの正確な登校時間がわからない。

 ゲームで詳細な描写はなかった。


 ただ、彼女の登校時にはランダムでおまけイベントが入る。

 門で攻略対象と鉢合わせるのだ。

 その時の会話は、親密度によって変化する。

 それを楽しむだけの、本当におまけなのだが。

 そのおまけに殿下が当たろうものなら、ルナリアは邪魔をしに行く。

 逃げ隠れするどころか、体当たりする予感しかしない。


 リーリエ・ソルアが生家から通っているのであれば、時間に余裕なく登校すると予想できますのにね。


 しかし残念なことに彼女は今、王家から離宮を借りている。


 彼女の生家からでは、学園はあまりに遠すぎる。

 そこで、今は使われていない離宮を彼女に貸し出したのだ。

 なんと侍女まで付けられている。


 生意気ですわよね、本当に。


 千年に一度しか生まれない希少な存在であるから、王族が支援するというのは、頭ではわかっている。

 わかっているが、それでも平民の出である彼女が、そこまで優遇されているのは面白くない。

 学費だって免除されているのだ。

 光魔法がなんだというのか、と騒ぎたい気分である。


 でも、『闇の帝王』に抵抗できる唯一の存在でございますしね。


 ルナリアも、ゲーム知識以外でその逸話は知っている。

 エスルガルテ家として。

 王太子殿下の婚約者として。

 幼き頃からその逸話は聞かされている。


 信じていなかったが。


 それが、本当に『闇の帝王』はいるし『光の巫女』にしか倒せないのですものね。


 ついでに、『闇の帝王』を復活させる『闇の巫女』までいるときた。

 『闇の巫女』の存在は逸話にはなかったが、千年前はどうやって復活したのだろうか。


 ですが、『闇の巫女』の存在なんて語り継げるはずがありませんしね。


 どの家から出たのかにもよるが、千年たっても逸話が残っているのだ。

 『闇の巫女』を排出した家だって、ずっと名を汚したままとなるだろう。


 うう、ごめんなさい、お父様。

 ルナリアが『闇の巫女』となったら、エスルガルテ家はおしまいですわよね。


 三大公爵家の中から『闇の巫女』が出たなど、醜聞もいいところである。

 ルナリアの存在をなかったことにしたとしても、家が残せるかどうか。


 ゲームでは倒された後はすっぱり忘れられてますしね。


 乙女ゲームだから当然ではあるが、ラスボスを倒した後はエンディングである。

 攻略したキャラから告白されることに手一杯で、悪役令嬢なんて気にしている余裕はない。


 ああ、腹立ちますわね。


 少し違うことを考えよう。

 今後に発生するイベントについて、少し整理しておくことにした。

 リーリエ・ソルアから逃げるためには、イベントをしっかり把握してなくてはいけない。


 まず、しばらくは大きなイベントはない。

 親密度やパラメータを上げるための細かなイベントがあるだけだ。


 この乙女ゲーム『夢コン』は、1日の行動でヒロインのパラメータが上がる。

 そのパラメータによって、キャラクターイベントの出現するしないが決まるのだ。

 魔法と学園がコンセプトといえど、『闇の帝王』以外と戦うことはない。

 それにラスボス戦は、シナリオパートなので操作を求められない。


 一応現実としてみるならば、授業内で課題がクリアできないと居残りになるくらいである。


 戦争などが起きれば、また話は変わるかもしれないが。

 『夢コン』の1年の内には、戦争は起きない。


 なんのための魔法かといわれると、生活のためになるのかしらね。


 あと女性の身としては防衛のためだろうか。

 特にルナリアは立場上、防御系の土魔法を多く習得している。

 有事の際に国を守れるよう、高難易度の防御魔法を、広範囲に使えるような訓練が多かった。

 勿論、攻撃魔法も多種覚えてはいるが。


 当たり前のことだと思って生きてきたが、ゲームとして考えるとなんとも魔法の必要性が薄い。

 自分が生きてきた世界の設定の緩さに、少しだけ悲しい気持ちになった。


 もうちょっとしっかりと設定を練ってくださいまし。


 何処に送ればいいかわからない文句を、心の中で飛ばした。


 さて、思考を戻そう。

 パラメータ上げの主人公の行動は、放課後に学園内のどこに行くかで決まる。


 選べる場所としては、4つである。

 屋上。

 中庭。

 訓練場。

 図書室。


 ランダムで、イベントスポットに攻略対象が出現する。

 ゲーム的に言えば、キャラアイコンが出ている。

 そこで攻略したいキャラが居る場所へ、向かうのだ。


 キャラクターが居ない場合にイベントスポットを選ぶと、パラメータを上げることができる。

 上がるパラメータは、場所によって種類が変わる。

 屋上では、癒しが。

 中庭では、センスが。

 訓練場では、技量が。

 図書室では、知識が。

 それぞれ、上がるようになっている。

 どれだけの数値を得られるかは、選択肢次第である。


 リーリエ・ソルアが放課後にどのスポットに向かうか。

 それが鍵である。


 彼女の動向をよく観察し、その場所に近付かないこと。

 勿論、さっさと屋敷に帰るのも良い。

 しかし、移動中のリーリエ・ソルアと鉢合わせることは避けたい。


 登校時、休憩時間、昼休み、そして放課後。


 いかにリーリエ・ソルアと鉢合わせることなく学園生活を送れるか。

 ルナリアはその手腕が試されている。


 1年間、気を張り続けないといけないと思うとうんざりしてきますわね。


 しかし、破滅を回避するにはそれしかない。

 リーリエ・ソルアの顔を見たら、恨みを爆発させる自信しかないのだ。


 殿下、私も楽しい学園生活を送りたいですわー!


 リーリエ・ソルアにどう楽しく過ごしてもらうか気に掛けるよりも。

 それよりも、自分のことを気に掛けてもらいたかった。


 しかし、リヒャルト殿下の人柄を考えれば、転入生を気に掛けて当然である。

 それはルナリアもよくわかっているし、そんなところも素敵だと思う。


 でも。

 それでも。


 やはり、自分のことを多く考えてほしいと願ってしまう乙女心は、止めようもなかった。





 授業中が一番気が休まるというのも、なんだか不思議な気分ですわね。


 つつがなく午前の授業は終了し、昼休みである。

 各授業の合間にある休憩時間では、ルナリアは席を1度も立たなかった。

 廊下に出ることで、変にリーリエ・ソルアと鉢合わせたくなかったからである。


 この対処も、いつまで続けられますかしらね。


 移動教室があったり。

 職員室に用が出来たり。


 廊下に出なくてはならない可能性は、いくらでもあるだろう。


 気が重いですわ。


 そして、今直面している問題も気が重い。


 私は、どのタイミングで食堂に行けば良いのかしら……!?


 盲点だった。

 リーリエ・ソルアが昼食を中庭で取ることは確定している。

 だから、食堂を利用さえしていれば鉢合わせることはないと高をくくっていた。


 廊下や階段で遭遇する可能性を、考えていなかったのである。


 困りましたわ……。

 教室を出るタイミングが、まるでわかりませんわ……。


 まさか1年間昼食を抜くわけにもいかない。

 どうにかタイミングを見計らって、廊下に出なくてはならない。


 しかし、席から立ち上がるのが怖い。

 もしも教室を出た瞬間、リーリエ・ソルアと目が合ってしまったら?

 一体、どんな行動を取ってしまうのだろう。


 もしも階段を降りているリーリエ・ソルアを見かけてしまったら?

 背後から突き落としてしまう自信があった。

 

 もしも殿下と並んで歩いているリーリエ・ソルアを見かけてしまったら?

 そんなこと、想像したくもない。


 これが前世で言う「詰んでいる」というやつでしょうか。


 ルナリアは、遠い空を見上げた。

 今日も晴天だ。

 晴天続きで、とても気分が晴れ晴れしい。


 大嘘であるが。


 光合成できるようにならないかしら。


 そうしたら、この窓際の席に座っているだけで栄養を取ることができる。

 食堂まで行って食事を取る必要がなくなるのではないか。

 ああ、土魔法は植物にも連なっている。

 己を植物化させる魔法などないだろうか。


 編み出せばよいのかしら。


 暖かい陽の光を浴びながら、ルナリアは現実からも逃避した。


 しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。

 諦めて席を立った。

 その時だった。


 「あの、ルナリア様」


 聞き馴染んだ声に、ルナリアは勢いよく振り返る。

 そこには、予想通りの人がいた。


 「お声がけしますこと、お許しください」


 そう、委縮しながら立っていたのはカナリエだった。


 「先程、リヒャルト殿下とヴィーセン様と、その、桃色の御方が一緒に教室を出ていかれるところを見まして」


 やはり、彼らは昼休みを共に行動しているようだ。

 ゲーム通りである。


 「ルナリア様にお伝えした方がよろしいのかと、私、悩みまして」


 しどろもどろに説明をしてくるカナリエ。

 ルナリアがどう出るのか、様子を伺っているのだろう。

 ルナリアから声を掛けられるのを待たずに、声を掛けたのもそうだ。


 本来、階級が上のものが話しかけるまで、階級が下のものは話し掛けてはならない。

 学園内においては、そのマナーは適用されないこととなっている。

 しかし、幼少期から身に付いた習慣は、学園内だからといって割り切れるものではない。


 学園内でも同じように、マナーを守っていることが大半だ。

 しかしただの生徒である以上、どうしても先に話し掛けなくてはならないことがある。

 そういった時は、申し訳なさそうに話しかけてくるのだ。


 ルナリアへ先に話し掛けていいのは、男生徒のみだ。

 女生徒の中で、ルナリアは最も階級が高い。

 他の公爵家に学園に通う年齢のものもいない。


 なので、女生徒がルナリアへ話しかけることは、基本的にはない。

 しかしそれでも伝えなくてはいけないと、カナリエは緊張しながらやってきたのだろう。


 殿下とリーリエ・ソルアが関わることであるから。

 リヒャルト王太子殿下の婚約者であるルナリア・エスルガルテに伝えないわけにはいかないと。

 わざわざ、一番離れた教室まで足を運んできてくれたのだろう。


 天の采配とは、まさにこのことを言いますわ!


 ルナリアは、所在なさげにしていたカナリエの両手を、包み込むように掴んだ。


 「カナリエ様!」

 「は、はい!」

 「あなた、最高ですわ!」

 「え、あ、はい?」


 カナリエが首を傾げる。

 一方のルナリアは、目を輝かせていた。


 そうだ。

 この手があったではないか。


 「カナリエ様、私と共に食堂へ行ってくださいませ!」


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