第39話

 そのとき、夏美の声が女子トイレいっぱいに響いた。


 「スキャンティーィィィ フラッシュゥゥゥ」


 すると、オレの履いている『スキャンティーピカリ』が文字通りピカリと閃光を放ったのだ。女子トイレの中が閃光で包まれた。


 『おくねさん』が息を飲むのが分かった。無理もない。『おくねさん』から見れば、素っ裸のオレの股間が突然光り出したのだから・・・


 驚いたのは光を出している当のオレも同じだ。オレは飛び上がってしまった。


 オレの履いている『スキャンティーピカリ』は、ピカリと青く光って・・一瞬消えて・・次にピカリと緑に光り・・・また消えて・・・再びピカリと黄色に光って・・・とさまざまな色の点滅を繰り返した。まるで、カメラのフラッシュを点滅させているようだ。こうして、オレの履く『スキャンティーピカリ』から、さまざまな色の閃光が女子トイレの中にほとばしったのだ。


 『おくねさん』はあっけに取られてトイレの中の光の点滅を見つめていた。『おくねさん』の顔も白いワンピースもそれらの色に染まって、さまざまな色に激しく点滅している。


 オレは呆然となった。そして、さまざまな色に光り輝く女子トイレの光景に見とれた。女子トイレ全体がさまざまな色に妖しく光って点滅している。きれいだ・・・


 さまざまな色の点滅の間隔はだんだんと短くなり・・やがては白い光一色が『スキャンティーピカリ』から出るようになった。


 オレはもう一度女子トイレの中をながめた。女子トイレ全体が白色に光っていた。『おくねさん』が出していた赤色は消えていた・・・

 

 そのときだ。突然、オレの履いてる『スキャンティーピカリ』から白色の光と一緒に、夏美の声の歌が飛び出したのだ。


 オレはまたも飛び上がってしまった。な、なんで、夏美の声がオレの『スキャンティーピカリ』から・・


 偽物の夏美が歌う歌が、オレの履いてる『スキャンティーピカリ』を震わせて、女子トイレの中に大音量で響き渡った。


 ♪ どんぐり ころころ どんぶりこ

   おいけにはまって さあたいへん

   どじょうがでてきて こんにちは ♪


 すると、オレの履く『スキャンティーピカリ』の正面にポカリと穴が空いて・・・なんと、オレのドジョウがスキャンティーの外にポロリと飛び出したのだ。まるで、ドジョウが「こんにちは」と挨拶しているようだ。


 ええっ、な、なんで、オレのドジョウが・・・? オレは『スキャンティーピカリ』の下に古典日本舞踊の肌色レオタードを着ているのに? どうして、オレのドジョウが外に出てくるの?


 オレの疑問はそれ以上続かなかった。今度はオレのドジョウを見た本物の夏美の口から悲鳴が飛び出した。夏美の悲鳴が女子トイレの、『スキャンティーピカリ』の光で白く輝く壁を震わせた。


 「キャーーーー。そんなのを見せないでよォォォォ。イヤーーーーー」


 そのとき、オレは何かがカランとトイレの床に落ちるような音を聞いたような気がした。何だろう?・・・


 オレが床を探ろうとしたときだ。夏美がオレの横に転がっていた掃除用のデッキブラシを頭上に大きく振り上げた。


 夏美の声がした。


 「このぉぉぉ、変態ぃぃぃ、小紫め! くらえぇぇぇ!」


 オレの頭に、夏美が大きく横に払ったデッキブラシがものすごい勢いで激突した。その勢いでオレは横に吹っ飛ばされてしまった。そして、オレの身体は『おくねさん』の方にトイレの床を滑っていって・・オレの頭が『おくねさん』の白いワンピースの下にスッポリと入ってしまった。


 オレは身体が滑らないように、『おくねさん』の白いワンピースのすそを両手でつかんだ。オレの眼に半分が赤色で、半分が黄色のパンティーが見えた。


 『おくねさん』が「見たな・・・」とポツリと言った。


 次の瞬間、『おくねさん』はワンピースの中にいるオレを蹴ろうとして右足を振り上げた。しかし、オレが白いワンピースのすそをつかんでいるので、右足は思うように上がらなかった。バランスを崩して、『おくねさん』がすってんころりんと女子トイレの床にひっくり返った。


 その反動で、『おくねさん』とオレの身体が一緒になって女子トイレの床をゴロゴロと転がった。


 オレは『おくねさん』と一緒に転がっている・・・オレの眼の前に『おくねさん』の顔があった。


 オレの身体を恐怖が貫いた。うわ~。『おくねさん』だ。殺される!・・・オレは抵抗するために、転がりながら無茶苦茶に両手を振りまわした。


 オレと転がったので『おくねさん』の長い前髪が乱れて、オレの両手に巻きついた。そのために一瞬だが、『おくねさん』の顔が露わになった。オレは『おくねさん』の顔をのぞきこんだ。そこには、オレの知らない女の顔があった。


 オレと『おくねさん』は転がりながら、女子トイレのピンクの壁に激突した。その衝撃で『おくねさん』の顔から何かがポトリと床に落ちた。オレが見ると・・あの牧田が持っていたお面だ。ただし、お面の顔は女だ。


 LEDライトの回路が見えた。やっぱり、『おくねさん』は、あのお面を使っていたのか・・・


 オレは女子トイレの壁に手をおいて、身体を起こそうとした。オレと『おくねさん』の頭がぶつかった。ゴンと鈍い音が鳴った。『おくねさん』が顔をしかめる。オレとぶつかった反動で『おくねさん』の頭が後ろに大きくのけぞった。それに合わせて、前髪が後ろに流れた。『おくねさん』の顔から前髪が消えた。


 オレの『スキャンティーピカリ』はまだ白い光を発し続けている。オレが立ち上がろうとしたので、『おくねさん』の顔がその白い光に照らされた。オレは再び『おくねさん』の顔をのぞきこんだ。


 そこには・・・オレがよく知っている顔があった。


 掃除のおばちゃんだ。


 そのとき、牧田が女子トイレに飛び込んできた。続いて、八十八騎とどろき警部と部下たちがトイレに飛び込んできたのだ。


 なんで、八十八騎警部がここに?


 オレの疑問はまたも長く続かなかった。


 八十八騎警部は女子トイレに入ると一瞬動きを止めた。警部はオレが素っ裸で、股間から白い光を発していることに驚いたようだ。しかし、警部はさすがに警察のプロだ。すぐに、態勢を整えると掃除のおばちゃんに飛びかかった。すかさず、部下たちに言った。


 「あやしい光が出てるぞ。『おくねさん』がまだ何か仕掛けているかもしれない。いいか、隙()を見せるなよ。油断するな」


 オレは何か言おうとしたのだが・・オレの身体が勝手に動いた。


 オレの履いている『スキャンティーピカリ』は白色の光を放ちながら、まださっきの偽の夏美の歌を流していた。白く輝く女子トイレの中に偽の夏美の歌が響いている。


 なんと、オレは『スキャンティーピカリ』から聞こえる、偽の夏美の歌に合わせて踊り出してしまったのだ。


 ♪ どんぐり ころころ どんぶりこ

   おいけにはまって さあたいへん

   どじょうがでてきて こんにちは ♪


 「どじょうがでてきて こんにちは」でオレは、自分のドジョウを『スキャンティーピカリ』から飛び出させたまま、ヒクヒクと卑猥に腰を前後に動かした。『スキャンティーピカリ』が出す白い光の中で、オレのドジョウが踊った。


 オレの口から勝手に声が出る。


 「あっそれ、ドジョウじゃ。ドジョウじゃ」


 警部がオレを見て茫然としている。


 そこへ山西が女子トイレに飛び込んできた。山西も素っ裸の俺の股間から白い光が出ているのを見て驚いたようだ。茫然としてトイレの入り口で立ち止まった。オレの『スキャンティーピカリ』からはまだ偽の夏美の歌が響いている。


♪ どんぐり ころころ どんぶりこ

  おいけにはまって さあたいへん

  どじょうがでてきて こんにちは ♪ 


 山西の眼が吊り上がった。


 「倉持さん。なんて歌を歌ってるのよ!」


 すると、夏美が山西に言った。


 「先生。違うんです。これは『スキャンティー フラッシュ』なんです」


 すると、夏美の『スキャンティー フラッシュ』という声に、オレの『スキャンティーピカリ』が再び反応した。『スキャンティーピカリ』から出る光が白からショッキングピンクに変わった。そして、『スキャンティーピカリ』から出る偽の夏美の歌も変わったのだ。さっきと同じ節で、歌詞が変わっている。


♪ ヤマニシ センセイ びっくらこいた

  ドジョウが飛び出し まあカワイイ

  一緒にドジョウを つかみましょ ♪


 オレの身体が変な替え歌に合わせて踊り出した。「一緒にドジョウを つかみましょ」に合わせて、オレは自分のドジョウをスキャンティーから飛び出させたまま、ヒクヒクと卑猥に腰を前後に動かしたのだ。『スキャンティーピカリ』が出す『ドピンク』の光の中で、再びオレのドジョウが妖しく舞った。


 オレの口から勝手に声が出る。


 「あっそれ、ドジョウつかみじゃ。ドジョウつかみじゃ」


 山西が口を開けて、オレのドジョウを見つめている。山西の顔が『スキャンティーピカリ』が出す妖しいショッキングピンクの光に照らされている。


 もう女子トイレの中はひっちゃかめっちゃかだ。


 「いい加減にしなさい!」


 山西の大声とパンチが飛んだ。オレは山西のパンチをまともに顔にくらった・・・ オレはそのまま女子トイレの床に倒れて、気を失ってしまった。


**************


 オレが眼をさますと、学校の保健室のベッドに横たわっていた。


 あれっ、オレはあの女子トイレにいたはずなのに・・・どうしてこんなところに?


 急に夏美の顔が真上からオレをのぞき込んだ。


 「ごめんね。小紫君。大丈夫?」


 すると、牧田の顔が現われて夏美と並んでオレをのぞき込んだ。


 「小紫。大丈夫か?」


 「あっ、先生。どうしてオレはこんなところに?」


 オレはそう言いながら、ベッドの上に半身を起こした。どこも痛くはなかった。どうやら大丈夫のようだ。


 保健室には夏美と牧田だけだった。山西、八十八騎警部、警部の部下たちの姿は見えなかった。


 夏美がオレに答える。


 「山西先生が女子トイレで、小紫君をノックアウトしちゃったのよ。そして、心配して女子トイレに様子を見にきてくださった牧田先生が、小紫君を学校の保健室まで運んでくださったの」


 「すると、今は?・・・」


 オレは壁の時計を見た。まだあれから、30分ほどしかたっていない。オレは重要なことを思い出した。


 「あっ、そうだ。倉持。『おくねさん』は? 『おくねさん』は掃除のおばちゃんだったよ」


 「そうなのよ。私も驚いたわ。さっき、八十八騎警部が掃除のおばちゃんを警察に連行したところなのよ」


 そうだ。さらに思い出した。オレは急いで牧田に聞いた。


 「先生。オレが履いている『スキャンティーピカリ』になぜか穴が空いて・・その・・オレの・・」


 牧田が笑った。


 「倉持が『スキャンティー フラッシュ』と叫ぶと、『スキャンティーピカリ』から赤色を消す光がでることは話したね」


 オレはうなずいた。


 「ええ。先生の言われる通りでした。『スキャンティーピカリ』からさまざまな色の光が出て・・それが白一色になって・・すると、『おくねさん』の赤色の光が消えてしまいました」


 「すまない、小紫。実は小紫と倉持には言わなかったんだが・・・『スキャンティーピカリ』にはもう一つ秘密の仕掛けがあったんだよ。倉持が『スキャンティー フラッシュ』と叫ぶと、赤色を消す光を出すと同時に、化学繊維を溶かす液がスキャンティーに流れるようにしていたんだ。そうして、『おくねさん』の眼の前で、小紫のアレが飛び出すようにしたんだよ。『おくねさん』を驚かすためにね」


 オレは驚いた。


 「えっ、化学繊維を溶かす液ですか?」


 今度は夏美が応えた。


 「そうなの。小紫君は、あの古典日本舞踊の肌色のレオタードを着て、その上に肌色の『スキャンティーピカリ』を履いていたでしょ。それで、『スキャンティーピカリ』から化学繊維を溶かす液が出て、肌色レオタードとスキャンティーの両方の化学繊維を溶かしちゃったのよ」


 そうか。それで・・・オレは『スキャンティーピカリ』の下に古典日本舞踊のレオタードを着ているのに、どうして、オレのドジョウが出てくるのか疑問だったのだ。そうか、あのレオタードの繊維も溶けちゃったのか。


 えっ、ということは・・・オレのドジョウも溶けちゃったの?・・・ま、まさか!・・・た、たいへんだ!


 オレはあわてて股間をまさぐった。牧田がそれを見て微笑んだ。


 「小紫、安心してくれ。化学繊維を溶かす液は人体には影響しないんだ。人体には無害だよ」


 夏美が済まなさそうに言う。


 「私もそれを知らなかったから、てっきり、小紫君が自分の意志で・・その・・アレを出したんだと思って・・デッキブラシで小紫君を・・・ごめんね」


 「そんな・・オレがアレを出すなんて・・・オレがそんなことをするはずがないじゃないか」


 オレは牧田をにらんだ。


 「だけど、牧田先生、どうして化学繊維を溶かす液が出ることをオレたちに言ってくれなかったんですか?」


 牧田がまた笑った。


 「それを言ったら、きっと小紫は『スキャンティーピカリ』を履くことを拒否するだろうからさ」


 それはそうだ。当たり前じゃないか・・・アレ、つまりドジョウを出す仕組みがついてるスキャンティーなんて履く訳がない。


 牧田が続ける。


 「だから、俺は化学繊維を溶かす液が出ることをお前たちに言わなかったんだよ。そうすることで、『おくねさん』を驚かすためさ。ほら、よく言うだろう。敵を欺くためには、まず味方を欺けってね。あれと同じだよ」


 そうだったのか。しかし、ねえ・・・


 牧田がオレをなだめるように言った。


 「でも、小紫のおかげで、『おくねさん』が仕掛けた『小紫の顔を熱くして、小紫に炎が出ていると錯覚させる』トリックが分かったよ」


 「えっ、分かったんですか?」


 「うん。女子トイレの床にこれが落ちていたんだ」


 牧田は何か赤い小さなものを取り出した。


 「何ですか、それ?」


 「小型の携帯用ドライヤーだよ。女性が旅行なんかに行くときに、バッグに入れて持ち運びができるように小型になっているんだ。このドライヤーの色が赤色だろう。だから、『おくねさん』はこの赤色を隠すために、眼と鼻から赤い光を出して女子トイレ全体を赤くしたんだ」


 そうか、オレのドジョウが『スキャンティーピカリ』から飛び出したときに、オレは何かがカランとトイレの床に落ちるような音を聞いたような気がしたが・・・あの音は、『おくねさん』がオレのドジョウに驚いて、この赤い携帯用ドライヤーを床に落とした音だったのか・・・


 牧田が携帯用ドライヤーのスイッチを入れて、筒先をオレの顔に向けた。ゴーというあの音がして、オレの顔が熱くなった。


 そうだったのか。『おくねさん』はこのドライヤーをオレの顔に向けて、眼と口から炎が出ているように思わせたというわけか・・・


 牧田が言った。


 「そして、オレが八十八騎警部に連絡して、今日、女子トイレまで来てもらったというわけだ」


 オレは驚いた。警部は牧田が呼んだのか・・牧田と言う教師は・・無茶苦茶をやるようで、その反面、用意周到なところがある。やっぱり、この先生は理解不能だ・・・


 牧田はそんなオレの想いにもお構いなしで、オレと夏美を見ながら言った。


 「とにかく、倉持と小紫のお陰で、『おくねさん』を捕まえることができたわけだ。今日は如何にして『おくねさん』を驚かせて、『おくねさん』のペースを封じるかが重要だったんだが、二人とも実によくやったよ」


 オレたちが牧田に褒められるのは、これが初めてだ。オレはなんだかうれしくなって、胸を張った。すると・・またもや・・オレの股間からドジョウが飛び出したのだ。


 オレはあわてた。


 「いけねえ。オレは穴の開いた『スキャンティーピカリ』と肌色レオタードをまだ着たままだったんだ」


 夏美の悲鳴が保健室に響き渡った。


 「キャぁぁぁぁ・・・変態ぃぃぃぃ・・・これでもくらえぇぇぇ・・・」


 夏美の見舞った強烈なパンチで、オレはまたも気を失ってしまった。


 翌日、警部が学校にやってきた。

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