第28話

 翌日の昼休みだ。オレと夏美はまた牧田に化学実験室に来るように言われた。今日の放課後に行われるスキャンティー部主催の『スキャンティー紙飛行機大会』の準備を手伝ってくれということだった。


 夏美が「私、ちょっと用事があるので、ダンス部の部室に寄ってから化学実験室に行くわ。小紫君、先に行っててね」と言うので、オレは一人で化学実験室に行った。


 オレが化学実験室の中に入ると、牧田があの中古スキャンティーが入ったダンボール箱を奥から出してくるところだった。オレは牧田に声を掛けた。


 「先生。小紫です。今日の準備って・・何をすればいいんですか?」


 牧田がオレに気づいて言った。


 「おお、小紫か。そこの実験机の上に置いてあるスキャンティーを箱に入れて、リボンを掛けてくれないか」


 オレが横の実験机を見ると、一枚のピンクのスケスケのスキャンティーが無造作に置いてあった。スキャンティーには白いフリルがついていて、なんともかわいらしい。


 「先生。このピンクのスキャンティーですか? 箱に入れて、リボンを掛けるって・・これは、何のスキャンティーなんですか?」


 牧田がダンボールの中から中古スキャンティーを一枚ずつ指でつまみだしながら、オレの方を見ずに言った。


 「ああ、それは、今日の優勝賞品だよ」


 えっ、今日の優勝賞品だって? そういえば、昨日の昼休みの『スキャンティー生放送』で、パソコンの夏美の声は確かこう言っていた。


 「・・・『スキャンティー紙飛行機大会』で優勝した人には、私、倉持夏美が一週間履き続けたスキャンティーを優勝賞品として差し上げます。私が一週間履き続けて、洗濯は全くしていないスキャンティーですよ。私が一週間履いたスキャンティーが欲しい方は、どうぞ奮って参加してくださいね・・・」


 ということは・・これは・・・夏美が一週間も履き続けたスキャンティーということなのか?


 そうだ、思い出した。昨日の『スキャンティー生放送』では夏美の声がこうも言っていた。


 「・・・私はピンクのフリフリのスキャンティーが大好きで、毎日履いています・・・」


 ピンクのフリフリのスキャンティーだって・・・まさにオレの眼の前にあるスキャンティーじゃないか!


 もう間違いない。これは、夏美が一週間も履き続けたスキャンティーなのだ・・・


 オレは思わず実験机の上のスキャンティーを手に取った。オレの手が小刻みに震えた。これは夏美が履いたスキャンティー・・・一週間も洗濯せずに夏美が履き続けたスキャンティー・・・オレの手の中にあるピンクのスキャンティーから、夏美の体温が直接オレの手に伝わってくるようだ。


 オレは手の中のスキャンティーを凝視した。よく見ると、あちこちに黄色や茶色のシミが浮いている。これは・・・夏美のつけたシミだ・・・


 オレは・・・こんなことをしてはいけないと思ったが・・・思わず、そのスキャンティーをオレの鼻に持っていった。


 そして、匂いを嗅いだ。


 甘酸っぱい香りがオレの鼻に流れてきた。いい香りだ。どう形容したらいいのだろか? そうだ、南国のまだ完全に熟していないパイナップルの実の香りだ。甘く、切ない香り・・・南国の・・・トロピカルな甘い香りだ。オレはオレの鼻を包む甘酸っぱく、切ない香りにうっとりとなった。そして・・・これは・・・とりもなおさず、夏美の身体の香りなんだ。・・・


 そして、オレはスキャンティーの黄色いシミの部分を・・・これも、してはいけないと思ったが・・・そっと、オレの口もとに持っていった。・・・オレの唇がブルブルと震えた。・・・そして、オレはシミがついた布地をゆっくりと口に含んだ。・・・舌で布のシミの部分をなぞった。・・・舌の先に・・・ちょっぴり、甘辛い味がした。


 夏美のつけたシミの味だ。・・・夏美の味だ。・・・オレの口の中に夏美の味がゆっくりと広まった。・・・夏美の味・・・ああ~・・・オレの胸がキュンとなった。・・・オレは眼をつむった。・・・陶然となった。・・・


 そのとき、化学実験室の入り口から声がした。


 「あれっ、小紫君。何をやってるの?」


 夏美の声だ。ダンス部の部室での用事が済んで化学実験室にやってきたのだ。オレはあわてて夏美のスキャンティーをオレの口から離した。


 夏美はオレの手の中のスキャンティーに気づいたようだ。夏美がクスリと笑った。


 「あれぇ、小紫君が手に持ってるのはピンクのスキャンティーね。フリルがとってもかわいいわ。フフフ。さては・・小紫君、そのスキャンティーを履きたいんでしょ」


 オレはあわてて言った。


 「違うよ。今日の準備だよ。これは今日の優勝賞品の・・・そのぉ・・・倉持が履いてたスキャンティーだよ」


 夏美が首をかしげた。


 「えっ、私が履いてたスキャンティー? 何のこと? 私、そんなの、履いてないわよ」


 オレの頭に衝撃が走った。えっ? どういうこと? 


 オレは急いで夏美に聞いた。


 「だって・・・倉持。昨日の『スキャンティー生放送』で、『私が一週間履き続けたスキャンティーが優勝賞品です』って言ってたじゃないか?」


 夏美が再び笑った。


 「何を言ってるのよ。あれは、私が言ったんじゃないわよ。あの『スキャンティー生放送』は牧田先生がパソコンを使って、私の声で作り上げたものでしょ」


 オレの声が裏返った。


 「牧田先生がパソコンで作った音声ということは分かっているけど・・・だけど、『スキャンティー生放送』で言ってた・・・今日の優勝賞品は、倉持が履いてたスキャンティーというのは本当なんだろ?」


 夏美があきれたといった顔で言った。


 「小紫君、あなた、何を言い出すのよ。同じスキャンティーを一週間も洗濯もせずに履き続けるなんて・・・私がそんな『はしたない』ことをするわけがないじゃないの! 当たり前でしょ」


 「じゃ、じやあ、こ、このスキャンティーは一体誰が履いていたものなんだ?」


 牧田がスキャンティーをダンボールの中から一枚ずつ取り出す作業を続けながら、相変わらずオレを見ずに言った。


 「ああ、それか?・・・それはさっきまで俺が履いてたスキャンティーだよ。俺が洗濯もせずに、一週間、履き続けたものだ」


 えっ、なんだって・・・牧田の? それじゃあ、『スキャンティー生放送』で言ってたこととまるで違うじゃないか?


 オレはあわてて牧田に聞いた。


 「そんな・・・牧田先生。それじゃあ、倉持が一週間も履き続けたスキャンティーが優勝賞品というのは・・・あれは、嘘なんですかぁ?・・・それでは、まるで・・・詐欺じゃないですかぁ?」


 牧田が平然と答える。


 「そんなの、どうでもいいんだよ。優勝した人が、最終的にそれが倉持のスキャンティーだと思ってくれたら、いいわけさ。だから、たとえ、それがオレの履いたものであっても、何でもいいんだよ。これは、優勝した人に夢を与える企画なんだからな。・・・だから、俺が履いたスキャンティーだろうが、倉持が履いたスキャンティーだろうが、どっちでもいいんだ。・・・真実はどうでもいいんだよ」


 そんなバカな! これが牧田の履いたスキャンティーだなんて・・・


 突然、オレの手の中のスキャンティーから、ものすごい異臭が湧き上がった。すえた汗の臭いに混じって・・・何かが熟しすぎたような酸っぱい不快な臭いが、オレの顔に漂ってくる。オレは思わず顔をしかめた。


 そして、オレは思い出した。オレはスキャンティーのあの黄色いシミを口に・・・そうすると、あの黄色いシミは・・・牧田のシミだったのか! 


 オレの口が爆発した。口の中で舌がのた打ち回った。まるで、舌が苦しみで痙攣けいれんしているようだ。


 オエ~・・・オレは口を押さえて、そのまま化学実験室の床にぶっ倒れてしまった。


 


 


 


 

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