第20話

 オレと夏美と警部は、女子トイレのせまい個室の中で、互いに肩をぶつけて押しつけ合っていた。まるで個室の中で、オレたち三人が『おしくらまんじゅう』をしているようだ。


 オレは夏美と警部に「押さないで」と声を掛けたが・・・その声は個室の外にいる女子生徒たちがたてる喧騒に掻き消されてしまった。とにかく、個室の外はものすごい騒ぎなのだ。


 オレたちのいる個室のドアの外では、女子生徒たちの若いエネルギーがぶつかりあい、相互に干渉しあって・・・女子トイレの中に、ウワーンというものすごく大きなうなりを引き起こしていた。その唸りに重なって、女子生徒たちのいくつもの声がオレに聞こえてきた。


 「今度の休み。デート?」、「うわー、そのブラ、かわいい。どこで買ったの?」、「宿題やった? 後で見せてよ」、「あゆみの胸、大きい!」、「あの先生、いやよ」、「いっしょに行ってね」、「ヨッチンに相談があるんだけど」、「数学のテストできた?」、「エッチ! へんなところ、さわらないでよ」・・・「化学の牧田先生、最近、授業中に『スキャンティー、スキャンティー』って言ってるわ。スキャンティーだなんて・・イヤねえ」


 牧田だって・・そうなのだ。オレが全校集会で踊ってから化学の牧田は授業中に『スキャンティー、スキャンティー』と言い出して・・・今では『スキャンティーの牧田』というあだ名がついていた。オレは牧田の授業を思い浮かべたが・・・個室の外から次の声が聞こえて、オレは一気に現実に引き戻された。


 「冬が楽しみ。彼がね、ーがうまいんだ」・・・


 いけないと思ったときは遅かった。オレの身体が勝手に動いた。


 オレは女子トイレのせまい個室の中で足を開いて立った。右足、左足と交互に二度踏みケンケンをする。オレの口から声が出た。右左。右左。イチニ、イチニ、イチニ。


 夏美が教えてくれたポップコーンステップだ。


 オレの横で警部が茫然としてオレを見つめている。いったい何が始まったのかと驚いている顔だ。すると、オレの足が警部の足を思い切り踏んづけた。


 「い、いたい」


 警部の声が個室の中で反響した。リズムがオレの身体になじんでくる。せまい個室の中でオレは二度踏みケンケンを続けた。警部もオレに足を踏まれまいと一緒に二度踏みケンケンをしている。


 「前にキック」


 オレは『ニ』で宙にある方の足を前に蹴る。右左。右左。イチニ、イチニ、イチニ。


 警部も一緒に二度踏みケンケンしながら、オレと同じ足を蹴りだしている。せまい個室の中でオレに足を踏まれまいとしたら、オレと同じ方向に同じ足を出すしかないのだ。警部はオレを見ながら、オレと同じ振りを踊っている。警部の足が夏美の制服のスカートのすそを蹴り上げた。スカートが大きくめくれ上がる。「キャー」と夏美が悲鳴を上げて、あわてて両手でスカートを上から押さえつけた。このため、夏美が前かがみになった。


 オレのポップコーンステップは続く。


 「横にキック」


 オレと警部は『ニ』で宙にある方の足を横に蹴る。右左。右左。イチニ、イチニ。


 警部の足が前かがみになった夏美の尻を思い切り蹴り上げた。


 「いたあい」


 個室の中で夏美が飛び上がった。夏美の身体がオレたちにぶつかる。その反動で、夏美が便器のフタに正座するような格好でぴょんと飛び乗った。オレが個室の中で後ろを振り返ると、夏美が背中をこちらに向けて便器のフタの上に正座している。

 

 オレのダンスは止まらない。


 「後ろにキック」


 オレと警部は『ニ』で宙にある方の足を後ろに蹴る。右左。右左。イチニ、イチニ。


 警部の足が便器のフタの上に正座した夏美の尻を、後ろからふたたび蹴り上げた。


 「いたあい」


 便器の上で夏美が正座したまま、再び飛び上がった。両手でスカートの上から尻を押さえている。夏美はその姿勢のまま、勢いよく水洗タンクに頭からぶつかった。


 「いたあい」


 夏美が手で頭を抱えようとして、尻から手を離した。その夏美の手が水洗のレバーにかかった。ジャーという水洗の音が個室の中にひびいた。頭が水洗タンクにぶつかった拍子に、夏美の手が偶然に水洗のレバーを押し下げたのだ。


 ジャーという水音がひびく中で、オレは右足を上げて、左足を軸に身体をくるっとまわした・・・


 「はい、ポーズ」


 ポーズを決めたオレの左手が警部の頬を強烈にひっぱたいた。バチ〜ンというものすごい音がした。警部がうーんとうめいて伸びてしまう。警部の身体が個室の床にゆっくりと崩れ落ちてきて・・・壁に身体を持たせて膝立ちでとまった。


 ポーズを決めたオレの右手が、勢いあまって壁のパネルの音符マークに触れた。夏美が言っていた擬音装置だ。個室の中にジャーという偽物の水洗の音が、本物の水洗のジャーという音と二つ重なってひびいた。


 そのときだ。個室の掃除用具入れ側の壁が揺れた。壁の真ん中に亀裂が入ったと思った次の瞬間、その亀裂が縦横に引き裂かれて・・・壁の中にポッカリと大きな穴ができた。穴の中は真っ暗だ。ポーズを決めた姿勢のままで、オレはその穴に眼を見張った。オレの頭に疑問符クエスチョンマークが激しく点滅した。


 どうしてトイレの個室の壁に穴が?????・・・


 すると、夏美が水洗タンクに跳ね返されて、ポーズを決めて壁の穴を見ているオレの背中にぶつかってきた。前に倒れたオレの足が膝立ちの警部の腹部にぶつかった。警部が腹部を押さえて、うーんとまたうめいた。オレは穴に向かって、背中を押される格好になった。


 オレは何も考えられなかった。考えている余裕などなかったのだ。オレの眼の前に真っ暗な穴がせまった。夏美と警部とオレは順々に穴の中に転がり込んだ。オレの周囲が急に真っ暗になった。オレたち三人の悲鳴が次々と穴の中に消えていった。


 「キャー」

 「うーん」

 「ウワー」


 オレたち三人が穴に入ると、穴が勝手に閉まってしまった。

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