第3話 打ち合わせ

「まずは、予算だけど……」


 一限が終わった。

 結局、授業が始まってからは特に会話はなかったものの、そのまま隣の席で一緒に授業を受け終えた藍沢さん。

 それは当然、周囲からの注目も集めてしまっており、何故いきなり俺なんかと藍沢さんが一緒にいるのだと驚かれているのが分かった。

 まぁ一番驚いているのは俺なのだが、当の藍沢さんはそんな周囲の反応なんて気にする素振りも見せず、普通に授業を受けているのであった。


 そんなわけで、次の授業が始まるまでの隙間時間に、俺は藍沢さんとともに席に残りながらさっそく打ち合わせを行っているのであった。


 話題はもちろん、Vtuberになるためについてだ。


「予算? ぶっちゃけ、どれぐらいかかるものなの?」

「いや、さっきのサイトにも書いてあったでしょ?」


 そう言って俺は、パソコンで「猿でも分かるVtuber」のサイトを開き、書かれている予算感を見せてあげる。

 すると、藍沢さんの表情が見る見る青ざめていくのが分かった。


「……え、こんなするの?」

「まぁ、そうだね……」

「そ、そっかぁ……よし、バイト頑張る!」


 一瞬諦めるんじゃないかと思ったが、グーポーズを掲げながら鼻息をフンスと鳴らし、やる気に満ち溢れた様子の藍沢さん。

 そんな藍沢さんに、俺は少しほっとしていた。

 たしかにお金はかかるのだが、それを理由にやりたいことを諦めては欲しくなかったから。


「じゃあ俺は、極力安めの予算で配信にあった機材とかリストアップしておくよ」

「本当!? 助かるよー!」


 こうして、俺は機材等のリストアップ、そして藍沢さんはとにかくバイトを頑張るということで、早々に打ち合わせは終了となった。

 すぐに貯まる額でもないため、これで暫くは藍沢さんと接することもないだろうと思いながら、俺は藍沢さんとはタイミングをずらして次の授業の教室へ向かうことにした。


「どうしたの、いくよ?」

「え?」

「いや、え? じゃなくて、次の授業始まっちゃうよ?」


 すると、さも当然のように、一緒に次の教室へ行こうとする藍沢さん。

 そんな藍沢さんに、俺はただ困惑する。


「いや、俺なんかと一緒にいたら変に誤解されるっていうか……」

「あはは! そんなこと気にしてるの? へーきだってば! さ、行くよ!」


 俺の不安を、おかしそうに笑い飛ばしてくれる藍沢さん。

 そして藍沢さんは、改めて俺がくるのを立ち止まって待ってくれるのであった。


 ――まぁ、藍沢さんがいいならいいんだけど……。


 俺は元々ボッチだし、周囲の目なんて割とどうでも良かった。

 だから、藍沢さんがそれでいいと言うのならば、もう何も言うことはなかった。


 こうして俺は、あの藍沢さんと一緒に次の教室へと向かうこととなった。

 移動中、すれ違う人達の視線は明らかにこちらへ向けられており、そんな注目の浴び方にちょっとだけ優越感みたいなものが感じられるのであった──。



 ◇



 教室の扉を開ける。

 すると、先に教室へいたみんなからの視線が、一斉にこちらへ突き刺さってくる。

 隣同士で座っていただけならまだしも、こうして一緒に教室を移動してきたことが伝われば、周囲を更に驚かせるには十分だった。


『何であいつが、藍沢さんと繋がりを持ってるんだ?』

『え、てかあんな奴同じ学科にいた?』

『ほら、いつも後ろの席でPC開いてるやつだよ』

『あー、そういえば……付き合ってるのかな?』

『いや、それはないだろ』


 そんなコソコソ話が、ちゃんと俺の耳まで聞こえてくる。

 まぁ、若干の嫌みこそ感じられるが、大学デビューには既に失敗している自分としては正直どうでも良かった。


「桐生くんは、いつも一番後ろの席だよね? 行こっか」


 そしてそれは、藍沢さんも同じだった。

 そう言って藍沢さんは、いつも一緒にいる女子達の集団にヒラヒラと手を振りながら、何故かまた俺の隣の席へと腰掛けるのであった。


「え、いや、友達はいいの?」

「ああ、へーきへーき。このぐらいのことで離れていくような関係なら、そもそもそれまでの関係だった的な?」


 いや、そういう簡単な話ではない気がするけど……。

 それに、ボッチは辛いぞ? 過去問は入手できないし、授業で分からないところの共有すらできないんだから……。

 何より、授業へ参加できない時に代理出席もして貰えないからな……。


 やばい、考えたらちょっと悲しくなってきた……。


 しかし藍沢さんは、まるで俺の考えを読むようにニッと微笑む。


「それにね、仮にもしわたしが孤立しても、その時は桐生くんがいるしね?」


 そんな悪戯な笑みと一緒に向けられたその言葉に、俺は思わずドキドキさせられてしまう――。

 もちろん、これはただのリップサービスなことぐらい分かってはいる。

 それでも、これまでずっとボッチだった俺にとって、その言葉は素直に嬉しかったのだ。

 しかもそれは、同じ学科で一番の美人と言える藍沢さんから向けられた言葉。

 そんなの、これまでずっとボッチだった俺からすれば、意識しない方が無理な話なのであった――。


 そんなわけで、この日の授業は全て藍沢さんと被っていたため、昼休み以外はずっと藍沢さんと一緒に授業を受けることとなったのであった。

 今日知り合ったばかりだというのに、いきなりこんなにも急接近されていることには驚きしかなかった。

 それでも、藍沢さんとの会話はVtuberについてがほとんどで、それだけ彼女が本当にVtuberになりたいのだという熱意が伝わってきた。


 何より、藍沢さんとVtuberについて語る時間は、俺にとっても楽しい時間なのであった。


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