第2話 Vtuberになりたい

 突然現れ、隣の席へ腰掛けた藍沢さん。

 そして彼女は、俺にパソコンを教えてくれという、随分とざっくりしたお願いをしてくるのであった。


「い、いや、どうして俺なの?」

「え? だって桐生くん、いっつもパソコンいじってるでしょ? それに、何やら難しそうなソフトいじってるのを見かけたこともあるし、絶対にこの教室で一番詳しいと思って!」


 だから全て分かるでしょと言いたげに、期待するような眼差しを向けてくる藍沢さん。


 ――しまった、失敗したな……。


 まさか、俺のパソコンの画面をチェックしているような、物好きな人間がいたなんて……。

 とりあえず、ここは適当に誤魔化して逃れるに限る。


「あはは、でも俺、実はそんなに詳しくないんだよね」

「そんなことないでしょ、アイコン沢山あるし」

「いや、それはあまり関係ないんじゃ……」

「そんなことないよ! 数は正義だって!」


 なんだ、その謎理論は……。

 俺がやんわり逃げようとするも、藍沢さんは中々逃してはくれなかった。

 ただまぁ、こんな風に俺を頼って聞いてきている人に対して、あまり無下に断るというのも何だか悪い気がしてきてしまう。


「じゃあ、えっと、何を知りたいの?」


 だから俺は、とりあえず何を知りたいのか聞いてみることにした。

 そもそも藍沢さんの知りたい知識を、俺は持っていない可能性だってあるから。


「あー、えっとね……ちょっと恥ずかしいんだけどさ、実はわたし、Vtuberになりたいんだよね」

「ブフォ!!」


 まさかの斜め上過ぎる回答に、俺は思わず吹き出してしまう。

 そんな俺の反応に、藍沢さんも驚いていた。


「え、なに!?」

「ああ、いや、ごめん何でもないです……」

「いや、急にビックリするってば。でね? 自分でも色々と調べてはいるんだけどね、イマイチ何から始めればいいのか分からないんだよねぇ」


 そう言って藍沢さんは、自分のスマホの画面を見せてくる。

 画面には、『猿でも分かるVtuber』というタイトルのサイトが表示されていた。

 俺は恐る恐る藍沢さんからスマホを受け取り、そのサイトの内容にざっと目を通してみる。


 ――え、本当に猿でも分かるじゃん。


 そのサイトには、とても丁寧にVtuberを始めるために必要な機材やソフト、更にはそれにかかる大体の予算感まで簡潔ながらもしっかりと書かれていた。

 これを読めば、タイトルどおり猿でも分かるでしょと思ったものの、これを読んでも分からなかったのであろう藍沢さんに対して、そんなこと言えるはずがなかった。


 ――ただまぁ、俺は知ってるから分かるだけなのかもな。


 たしかに、本当のパソコン素人であれば難しいのかもしれない。

 英語や横文字が並ぶと拒否反応が出てしまうというのは、俺も大学受験の英語の学習で嫌というほど味わったから……。


 だから俺は、まずは藍沢さんに一番肝心なことを聞いてみることにした。


「藍沢さんは、その、どうしてVtuberになりたいの?」


 どうして、Vtuberになりたいのか――。

 結局は、これが一番肝心なのである。


 まず何より、どうしてもお金はかかってしまうのだ。

 それに、配信業というのは楽しそうに見えて決して簡単なことではない。


 だからこそ、まずはどのぐらい熱意があるのか。

 場合によっては、やめるように説得することだって考えながら、俺は藍沢さんに質問した。


「わたし、憧れてるんだ」

「憧れてる?」

「うん、好きなVtuberの子がいるんだ。その子を追っているうちに、わたしもこの子みたいになりたいって思うようになったの」


 そう言って藍沢さんは、再びスマホの画面を見せてくれる。

 その画面に映し出されていたのは、「FIVE ELEMENTS」のメンバーの一人、「紅カノン」のイラストだった。


「え、えーっと、どうして藍沢さんは、その子に憧れてるの?」

「え? だってカノンちゃんはね、歌もダンスも凄く上手くて、オマケにゲームも上手なの。それでいて話も面白いし、何よりほら! めちゃんこ可愛いじゃない? まさに完璧な存在なのよ!」

「な、なるほど……」

「だからわたしも、可愛いVtuberになってみたいの! Vtuberになって、わたしにしかできない楽しさを、みんなに届けてみたいって思ったの!」


 その瞳をキラキラと輝かせながら、ワクワクとした表情で理由を教えてくれる藍沢さん。


 その気持ちは、俺にもよく分かった。

 自分ではない別の存在として輝きながら、みんなに楽しいを届けたい――。

 それはきっと、Vtuberを始める多くの人が抱いている感情だと思う。


 もっとも藍沢さんの場合は、別にVtuberにならなくても十分可愛いと思うのだけれど……。


「――そっか、分かった。じゃあ、俺に分かることなら」


 だから俺は、悩んだ末に引き受けることにした。

 こんなワクワクとした表情を向けられてしまっては、もうノーとは言えなかったから。


「え!? 本当に!? ありがとう!!」

「ちょ、藍沢さん声が大きい!」


 こうして俺は、今まで一度も会話すらしたことのなかった藍沢さんの、Vtuberになるための手助けをする役目を担うこととなったのであった。

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