第4話 デッドストック車

こちらから愛情の芽も出ないまま一年が過ぎた頃、家に来ないかと言ってきた。私も隆がどんな家で育ち、親から生まれたのか、興味があったので物見遊山の気持ちで伺った。

息子が生まれて初めて連れてきた彼女を見て、気をよくしたのか母は、無駄に饒舌になり、私が着席するなり、下手な歌を歌い始めた。

隆の母親は、私が先に挨拶をしに来たことを良いことに、結婚するならこちらの緑豊かな市に嫁に来て欲しい、そんな忙しい仕事を変えて欲しい、子どもを産んで家族になって欲しい、などの無茶苦茶な条件を歌詞に乗せてきた。

そう、母親は息子の市場相場を知らなかった。実家暮らしの息子は、言わばデッドストック車みたいなものであることに、気付いていなかったのだ。

 確かに息子は、誰も試乗すらしたことのない、新品同様の車ではある。しかしそんな車を長きに渡り車庫に入れっぱなしにし、定期的なメンテナンスすら怠ってきていたことに、両親は全く気付いていなかった。デッドストック車の生産兼所有者に、私はドライバーとして注意だけではなく、オプションを含む様々な注文を付けられたのだ。

私はこの両親と言う所有者とはコミュニケーションが取りにくいと思い、すぐさま縁談を断った。

すると隆は、『母親が失礼なことをして』と床に頭をこすりつけるように謝罪してきた。

私が縁談の道を断ったのは、母親がドライバーに対して注文を付けてきたからではない。その注文を付けられている際、息子が何一つ止めることすらできなかったからだ。 親に従順と言えばまだ聞こえがいいが、マザコン、と言うよりも親に刃向かえない男だと知った。

これでは結婚後、頭を抱えることが多くなる。

 今までも、隆はデートの度に、もう後がないと言っていた。私を逃したら、付き合ってくれる女性はいないということを自覚していたのだろう。

 だから最終的には私に金銭的に利用されてもいい、という腹の括り方までしていたように見受けられた。


 母親の調子の外れた下手糞な歌を聴いた後、隆は頻繁に、土地と金銭の話を出すようになってきた。

親が買い占めた広大な土地を持っていること語り、私をその場所を案内した。確かに人っ子一人通らないド田舎にその広大な土地は存在した。加えて、親が残してくれたお金がこれだけあるよと提示し、お金の心配はしなくていい、と必ず最後に添えてきた。

しかし隆の話には、詰めの甘さを感じずにはいられなかった。彼は親から正式な財産分与をされていなかった。もし親がそのつもりなら、私が実家に顔を出した際、その手の話をチラつかせても良いではないか。

よくよく話を聞くと、親はこの土地を上げるのではなく、ここで家を建てて嫁を呼んで来いという指示を出していた。親のお金に関しても、隆一人に上げるのではなく、三人兄弟に上げる心づもりであって、一人当たりの金額までまだ明確にはなっていなかった。

隆の心の中に発生した焦燥感から出た話の中に、何一つ隆の所有権は存在しなかった。

隆の親も真剣に息子の縁談と向き合っていなかったのかもしれない。もし隆の言う通りの財産が存在したのなら、二十年近く婚活に勤しんでいる息子の頑張りを一つ屋根の下で見ているわけだから、花を持たせるべく、財産分与を多少なりともしていたのではないか。

「相手を迎え入れる準備をおろそかにしているよね。あなたのお父さん、お母さんは本当にあなたに結婚して欲しいのかな。」

 眼が血走っている隆に突っ込みながらも、隆の親の脳内環境は痛いくらいに理解できた。  

生身の息子で勝負できると信じ切っており、既に選択肢を失っている息子の現状に気付いていないだけだ。息子がやっとの思いで家に連れていた女性は、希望通りの女性ではなかったし、ましてや子供が産めるかどうかも一か八かのラインに入っている代物だった。息子が置かれている状況が理解できていない母親は、そんな女に次々と注文を付けた。すなわち隆の親も、私の親も同類だった。

結婚と縁遠い場所で膝を抱えて座っている子どもの親は、みんな似たような素質を持っているのだ。

 親の幻覚と現実の板挟みになっている隆を見ていると、胸が苦しくなってきた。

いつしか私は隆を解放してあげなければならないと感じ始めていた。隆の必死さが重くなってきていた。私が苦しい、辛いと感じているのなら、その綱を引っ張っている隆そのものにも、相当なストレスがかかっているに違いない。親から承諾を受けていない財産まで持ち出して、私にそこまで執着する隆の原動力が正直怖くなってきていた部分があった。隆は完全に自分を見失っていたし、既に私を見ていなかった。ともかく私を大きく飛び越えた先に無造作に横たわっている、『結婚』と言う「形」を手に入れたい、それに向けて必死の形相を浮かべていた。

(もう、頑張らなくていいんだよ。)

 四年前の誕生日、私は隆にそう告げ、離れた。隆はこの時既に、私の醸し出す、さようならの空気は読み取ることができていた。いつも自宅の扉を閉めるまで車内から見ていたが、隆は最後の日、音も立てずに姿を消した。


 今になって考える。婚活と就活は別物だ。

では四年前の私は、相手に何の付加価値を求めていたのだろうか。

肌のぬくもりか、壊れない頑丈な財布か。


少なくともお金ではなかった。隆の頼りない言動と貧弱など田舎の土地を見て、金銭的な利用価値すらないと捉えていた節がある。

私は、毒親を満足させる世間体を手に入れて、毒親からのスムーズな脱却を望んでいた。それが隆では叶えられないと判断した。隆を紹介したら、

「なんで、あんな男と結婚したん?」

と、また別の色合いの猛毒の攻撃が始まるという直感が働き始めていた。そして、この程度の人と一緒になるくらいなら、独身を貫いた方が自身の人生において、気楽で良いとジャッジした。

そのジャッジが正解だったかどうか、未だに分からない。

いや、私は答えを出すことを避けてこの四年、生きてきていた。

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