第12話 炎舞解放――炎武零式『朱雀葬送』

 炎舞えんぶとは炎の国に伝わる舞。

 その起源は炎の国建国まで遡る。


 穀物が育たぬ土地であった場所に小さな村があった。


 飢えと苦しみから逃れる為、はたまた現実を受け入れない為に数人の村人は舞を踊り始めた。


 その舞は一月の間続けられたと言われている。


 一人また一人と倒れていく仲間を見続けながらとうとう最後の一人が大地に倒れた。


 舞の跡は大地が抉れるほど深く刻まれ、地形が変化し新たな土壌が見えるほど。


 そこに他の村人がやって来て死力を尽くして舞を踊った者達を丁重に葬った。


 その後、舞の跡地で作物が育ち始め村は飢えから解放された。


 先人達の功績を称えその舞を『消える事の無い炎の意志の舞――炎舞』と名付けた。



 ――――――



「――炎舞を使います」



 オレガの言葉に難色を示すメノシータ。


「オレガ君、炎舞は確か支援技のハズ。いくら私達を強化した所でこの状況では焼け石に水では」


 隊長とは対照的にウシロガは冷静に聞き直す。


「何か策があるネ? 少年」


 その言葉に頷くオレガ。


「はい。元々炎舞は支援技なのは確かです」


 炎舞の特徴は炎陣内での味方の身体能力向上と自身の身体能力向上。しかしデメリットは舞の時に無防備になる事。これを補う為にオレガは騎士学校時代はチームで行動したし、なるべく単身での行動は避けていた。


 これが炎舞は護の技と言われている理由。


「しかしどうしても単身で戦わなくてはいけない場面は出てきます」


 その為の技をオレガは持っている。

 ではなぜ持っているのにシャベリンの時に使わなかったのか。


 目の前のふたりの喉からその言葉が出る前にオレガは真実を告げた。



「俺はその技で――人を殺めました」



「「…………」」



 戦争の時は人を殺める事はよくあった。

 だがそれは『戦争だから』という言い訳ができたから。


 故郷を滅ぼしたヤツを殺める事は何とも思わなかった。

 だがそれは『復讐』という大義名分があったから。


 隊長とウシロガは自分には正義という名の後ろ盾があると言い聞かせていた。

 だが彼はどうだ?

 まだ成人したばかりの十代の少年が人を殺して何も思わない訳がない。

 彼は一体何を背負っているのだろうと沈黙してしまう。


「オレガ君、キミは――」


「自分が甘い事ぐらいわかってます! 本当は動物達も人間も殺したくないっ! でもこのままじゃ……誰かが死んでしまう!」


 彼の死への恐怖は敵味方関係がないのだと二人は感じた。それでも選択しろというのだから世界は残酷だ。


 この騒動が誰の差し金で何の為に行われていたかなんてわからない。わからないけど今行動しないと何もかも手遅れになる事実だけはオレガにも理解できた。


「ウシロガさん」

「どうしたネ」


 オレガは苦悶に満ちた表情で彼女に告げる。


「俺、やります。やらせて下さい」

「…………」


 シャベリン戦の続きをやらせて下さい。

 挽回するチャンスを下さい。

 信頼を得る機会を下さい。


 下げられた彼の頭を見て様々な思考が読み取れた。


「……隊長」


 メノシータにも頭を下げる。

 その光景を見てメノシータはグッと目を瞑り、深く息を吸い込んで吐き出す。


「わかりました。アナタに賭けましょう」


「ありがとうございますっ!」



 オレガの決意を受け取り近衛隊は撤退戦から迎撃戦に入った。

 クルマで逃げたとしても夜明けには別の町に到着するであろう――姫様の言葉が決め手になった。



 場所は森の反対側にある岩壁の上、そこまで行くのに一本道であったので近衛隊の面々が防衛しやすいという理由。そしてオレガが今から使う技が範囲攻撃だという理由がある。


「オレガ君、こちらは抑えてます」

「はい!」


 隊長以下近衛隊は入り口に集まった動物達を押し止めている。そして岩壁の上からオアシス全体を見つめるオレガの目は虚空を見ていた。


「使うのかナゼよ」

「姫様っ!」


 突然の声に驚いたが「よい、集中せよ」と姫様は言う。


「……お主はまだ後悔しておろうがの」


 集中を高めるオレガの耳に薄らと姫様の声が聞こえる。


 自分の体内にある生命力を炎に変えて、それを圧縮して形あるものへ変化させる。


「お主は後悔しておろうが、きっとアヤツは笑っておるぞ」


 姫様の声はオレガには聞こえない。

 聞こえないけど、なんだか懐かしい感じがした。


(ヘル様……もう一度使います)


 眼前に広がる動物達、その数は先程の数十倍に膨れ上がり今も尚森からは次々に溢れている。見る者によっては発狂してしまいそうな光景だがオレガの心は落ち着いていた。



(――いくよ、ピィちゃん)



 彼が心の中で囁くと「ピィィィ」と言う鳴き声が夜空に響き渡る。



 体が熱くて火が出そうだ。

 いや実際火が出ている。

 その日は次第に大きくなり、彼の衣服を蒸発させた。

 更にその火は燃え上がりいつしか岩を溶かしていた。

 そして火は彼を包み込み炎へと昇華する。




「炎舞反転! 炎武零式えんぶぜろしき朱雀葬送すざくそうそう』」



 その瞬間、オアシス一体に太陽が現れた。



「これで見るのは二度目かの。見とるかの、ヘルよ……しかしなんと、なんと」



 ――美しい鳥じゃ。



 その光景に見蕩れる者がいた。

 人も動物も植物も星々でさえも目の前に現れた太陽に釘付けになっていた。


「オレガ君、その技は」

「……少年」

「アレがオレガなのか?」

「まぁ、とっても」

「で か い な!」


 近衛隊の面々も今が戦場だと言う事を少し忘れてしまいそうなほど、空を見上げていた。


 近衛隊だけでなくウルフコングもトレントイーターも夜空に現れた太陽を見ていた。


 その視線の先には神話に出てくる不死鳥――朱雀が顕現していたから。



『ピェェェェェッ!』



 朱雀になったオレガの一言が再戦の合図――とはなり得なかった。炎を纏ったオレガが羽ばたいた瞬間、辺り一帯に青い炎が燃え移る。


「うわぁ!」

「きゃあ!」


 近衛隊の眼前の動物にもその炎が広がり、炎に対する恐怖から悲鳴を上げる。しかし次の光景を見て更に驚愕してしまう。


「えっ……動物達が」

「なんという」


 炎に対する恐怖心は人間にしろ動物にしろ持ち合わせているもの。水生生物を除き大多数の生き物は炎に対して苦手意識がある。加えて危機察知能力が高い動物達なら一目散に暴れだしそうなものであるが。


「なんて顔してやがる」

「こんなの……見た事が無いわ」


 近衛隊の面々は炎に包まれた動物達を見てそんな感想を漏らす。


 毛皮に覆われたベアードも

 筋肉の塊のウルフコングも

 狡猾なサベルスネークも

 醜悪なトレントイーターも


 どの動物達の表情も――穏やかに見えたから。


 目の前にいる全ての動物を手中に納めたと感じたオルガは祈るように羽を合わせる。


 産まれた場所に還りなさい。

 そしてもし逢えたなら、あの寂しがり屋のヘル様と仲良くしてあげて下さい。

 母なる大地はアナタ達の飢えを癒すだろう。


 体内の炎を最大にして彼は動物達を安寧の地へと送り出す。



『朱雀葬送・壱の型――産地直葬さんちちょくそう



 ――コォォォォォォォォ



 青い炎は天を貫き、極地にあるオーロラという自然現象を彷彿とさせた。



「これは……」


 肉も骨も枝も魂も――全てを送り出す灯火が一瞬にして夜空に舞う。その煌めきの光の中で姫様や近衛隊の面々は不思議な光景を見た。


 それは動物達が生まれた時の記憶だろうか。


 どの動物も母に育てられ、父と一緒に狩りをして兄弟姉妹と仲良く暮らす光景だった。


 理性を無くした動物達も最期は幸せの中で逝けたのだと悟る。


 そしてゆっくりと、ゆっくりと役目を終えたオレガは元の姿に戻りながら岩壁の上へと落ちていった。



「美しい光景じゃったぞ……お疲れ様なのじゃ、旦那様よ」



 サカリナの膝の上で気を失うオレガ。

 その顔は何か一つやり遂げた表情に見えた。


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