第2話 勤務初日にクビになりそうです
【サカリナ・ヨル・ヤルヨ姫】
オレガが仕えることになる姫様の名前。
彼は卒業した日に騎士学校からそのまま王城へと足を運んだ。
門番の所に行って「今日からお世話になります」と辞令を見せるといきなり脇を掴まれ高い高いされるオレガは若干引いていた。
「おぉ! 良く来てくれた若人よ! 我らは君を歓迎するぞ!」
騒ぎを聞きつけた休憩中の門番らが集まりオレガを胴上げする。突然のことで固まるオレガであったが、歓迎されているのだと思う事にした。
その後門番の人が連絡をしてくれたらしく
「初めまして。本日より着任致しました、ホワイ・ナゼ・オレガです。よろしくお願いします!」
ビシッとした格好と声で先に挨拶するオレガ。
「良く来てくれましたオレガ君。私はサカリナ姫近衛隊隊長のメノシータ・クマ・ヤバイです。一緒に頑張りましょう」
「え……えぇっ!」
漆黒長髪の女性の名乗りを聞いてオレガは驚いた声を出してしまう。告げられた役職は近衛隊長、さらにあの伝え聞くメノシータ・クマ・ヤバイと来たものだ。
「オレガ君、大丈夫ですか?」
「あ、すみません。まさかあのメノシータ様がこんなに綺麗な人だとは」
「まぁお上手」
オレガが驚いたのはのメノシータが美人だった事もあるけど、伝え聞くイメージとかけ離れていたから。
ここ最近のヨッキュー国の流行語は「ヤバイ」
意味は「ありえない事・常軌を逸した事」を指すのだけどその語源となった人が目の前にいる。
なぜそうなったかというと、仕事が多忙で目を回したメノシータが自分の名を連呼していた。それを周りの人が異常事態だと勘違いし伝令を発したのが事の発端。
そしてオレガは騎士学校の女子生徒の会話を思い出す。
「マンネン・フラ・レテルヤンに告られたんだけどヤバイよね」
「ホントヤバイよ」
騎士学校でも大流行したものだ。
しかし、メノシータ本人は暗黒歴史と思っているらしくその話題に触れるのはタブーとされている。
「あの、メノシータ隊長とお呼びしても?」
「ふふふっ。今後親しくなったらクマと呼んでくれて構わない」
「恐れ多いです」
「ははっ。では行こうか」
メノシータの目の下には社会の厳しさが刻まれていた。アレが世に聞く暗黒世界かもしれない、とオレガは戦々恐々としながらついて行く。
メノシータは腰まである長い髪を後ろで一本に結んで垂らしている。どことなく自分の母親に雰囲気が似ているお陰か、歩いていくうちに緊張が薄れていくのを彼は感じていた。
「しかし卒業した日に来てくれるとは、こちらとしては有難いけど良かったのかい?」
「はい。
「そっか。君のような若人が来てくれて嬉しいよ」
「そんな。騎士学校を卒業した自分もまさか聖職係に配属されるなんて思ってもみませんでした」
「姫様のご意向だから特別だよ」
「そうなんですか?」
やはりイレギュラーだったのだ。
とはいえ姫様と接点があるはずも無く王族の気まぐれなのかなぁと考えることにしたオレガ。
「ところでメノシータ隊長。具合が優れないように見えますが大丈夫ですか?」
「はははっ。若人に心配されるようでは私もまだまだね」
「申し訳ございません」
「いやいやちょっとからかっただけさ。しかし気にしなくていいよ。最近は割と休めてるから……そう、割とね」
その割に語尾が暗いんですが?
ホントに大丈夫ですか?
メノシータ隊長、ヤバイですよ!
と心の中でオレガは心配しておく。
「さて、本来であれば君の部屋や王城を案内したいのだけど姫様が急かしているのだよ。申し訳ないがそのまま来てくれないかい?」
「このままでいいんですか?」
騎士学校の制服と私物が入った袋を持っている格好。一国の姫様に会うのにこのままじゃまずいのではと思うけど隊長が言うのだから従うしかない。
「悪いね。姫様も今日という日を心待ちにしていたみたいでね」
「そうなんですか?」
作法や礼儀はある程度学んだけどぶっつけ本番だと身が締まる。キュッと唇を結んだオレガは身だしなみを入念にチェックする。
「囁かだけど歓迎パーティーもあるからね」 「す、凄い職場ですね」
メノシータの柔らかい笑みに温かみを感じながら、タワーマン
「メノシータ・クマ・ヤバイ。新卒の性職係を連れて参りました!」
扉の前の聖騎士に向かって隊長が宣言すると大きな扉がゆっくりと開く。
――ゴォォォォォォ
ここがこの国の最重要スポットかぁ。
そんな感想を抱いたオレガは扉が開くと同時に頭を下げ片膝を着いて待機する。
「入室を許可する」
穏やかな男性の声が聞こえたかと思うとオレガは肩をポンと叩かれて前へ促された。
視線を下げたままメノシータの先導の元、赤い絨毯の道を進む。そしてメノシータが止まったのを感じるとそこでまた膝を着く。
「クマ、ご苦労じゃったな」
「ハッ! 姫様」
天を衝くような声の主はメノシータに労いの言葉をかける。オレガは背中がゾクゾクするような感覚に酔いながら次の指示を待つ。
「お主よ、いつまでも下ばかり見るでない。
「ハッ!」
姫様の声に促されオレガは勢いよく立ち上がる。するとそこには想像してた人物が椅子にゆったりと座っていた。
「まずは自己紹介からじゃな。妾はサカリナ・ヨル・ヤルヨ。一応姫ということになっとるがそんな偉いものではない」
想像していた人物はオレガの緊張を解いてくれようとしているのだろう。その優しさに嬉しくなる彼。そして自分から名乗ってくれた事に益々気持ちが高まる。
「自分はホワイ・ナゼ・オレガです! 本日付けで姫様の聖職係としてお仕え致します!」
騎士学校で習った礼に姫様は満足そうに頷く。
「うむ、そなたが性職係になったのは妾の仕向けた事。まずはその事を謝罪しよう」
「そんな滅相もございません。自分は騎士卒の身でありながら聖職係という大役を拝命できて心から嬉しく思うのです。姫様が謝罪を口にするなどお考えを改めてくださいませ」
ひらにひらにオレガは頭を下げる。
一国の姫様が新卒の自分に謝罪を口にするなどあってはならない。逆に彼は謝罪の最上級のドゥゲィザァをして地に伏す。
この謝罪の最上級を最初に会得したのは、ドゥゲィザァ・ペコ・ペコリヌスという人物で、彼に掛かればどんな荒くれ事でも解決してくれるという『謝罪の使徒』と言われた人物。
足を地に折りたたみ腰を曲げ、両の手を相手へ向けて額を地面と一体化する奥義。
「そなたのその忠誠心が聞けて妾も気が楽になろうて。見事なドゥゲィザァも解いてよい」
「ハッ!」
オレガはドゥゲィザァを解いて再度姫様に向き直る。
白髪を肩のあたりまで伸ばした雪のような人物。目はエメラルドグリーンに輝いて全てを見透かすようだ。
不敬かもしれないけど肉付きの薄さを除いたら自分の好みどストライク。こんな人の身辺警護が出来るなんて親友のフラには悪いけど自分には運があると彼は考えていた。
「さて、妾はお主の事をなんて呼ぶかのぅ」
この時代の名前の構成は以下になる。
【ホワイ・ナゼ・オレガ】
ホワイ=家名
ナゼ=母親が付けた名前
オレガ=父親が付けた名前
単純明快。
片親の場合や、やんごとなき事情の時は臨機応変に対応する。
基本的に家名で呼ぶ場合が多いけど、親しくなると父親や母親が付けてくれた名前で呼ぶ事が主流。後は自分が呼んで欲しい名前を相手に伝えればそれで事が済む。
「うむ、お主の寛大な心と忠誠心を見込んでナゼと呼ぶ事にするが良いかの?」
「ハッ! 姫様の言う事は絶対です」
「そうかのぉそうかのぉ。まぁそう畏まるでない。妾の事は……そうじゃなぁ好きに呼んでくれ」
これは試されているのかと深読みするオレガ。家名を呼ぶのが一般的、だがこの場合「こっちはこれくらいの距離感で行くからそなたもそうしろ」との試練だろうかと悩む。
頭をフル回転するオレガは最近話題の略称で呼び合うという知識に到達する。姫様のボキャブラリーと謎の試練、勤務初日、周りに自分をアピールするという変なプレッシャーから彼は声を大にして口にする。
「では、サカリ姫とお呼びしますっ!」
その瞬間、謁見の間に居た数十人が吹き出した。
そして言われた当の本人はというと。
「だぁれが年中盛っておるサカリ姫じゃぁぁぁぁ!!」
オレガは姫様の地雷を踏んだ。
「父さん、母さん……勤務初日でクビになりそうです」
悲しき声はタワーマン城に木霊する。
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