第25話 球技大会 Side - B
球技大会が始まった。
実を言うと、私は結構楽しみにしていた。
バスケットボールを久しぶりに触れるからだ。
かなりテンションが上がっている。
ボールを奪うためにコートを走って、ドリブルして敵を抜いて。
球技大会なんてお遊びみたいなものだろうけど、久々の試合はやっぱり楽しい。
「やったぁ! ミナミ、ナイスシュート!」
私がシュートを決めると、カオリが手を差し出してきた。
そのまま二人でハイタッチを交わす。
するとカオリは、チラリとどこかを見た後、私の耳元にそっと口を近づけてきた。
なんだろう。
「良かったね。鈴原くん、見てるよ」
「はっ!?」
驚いて目を向けると、鈴原とバッチリ目が合ってしまう。
「手ぇ振ってあげたら?」
「カオリ! もうっ!」
思わずバシンと肩を叩く。
といっても軽くだけど。
カオリはこうやって私をからかうのが好きなのだ。
私のリアクションを見て、ニシシと笑っている。
でも、確かに。
ちょっとくらい、手を振ってみてもいいだろうか。
今なら、他の人にバレないかな。
そっと手を振ってみると、鈴原も控えめに振り返してくれる。
何だか内緒のやり取りみたいで嬉しい。
「今、小鳥遊俺に手ぇ振ってなかった?」
「バカ言え、俺にだよ」
「いーや、あれは俺にだね」
げんなりしていると、カオリが「いやぁ、モテない男子たちは大変だねぇ」と他人事のように言った。
私たちは、色んな男子にやましい目で見られていることをある程度察している。
胸を見られたり、スカートを覗こうとする視線はすぐわかるものだ。
まとわりつくような粘っこい視線は、正直不快でしかない。
だから基本はもう無視している。
そういう奴らとは話さないのが一番だ。
「どーしたの? ミナミ、何か、顔怖いよ?」
「男子の視線がだるかっただけ」
「あーね? まぁ、あれくらい許してあげなよぉ。年頃なんだから」
「……カオリはよく平気だね」
「ウチは別にぃ? あんまり気にしないってゆーか、気にならないかなぁ」
我が友達ながら大した胆力だ。
そのおおらかさが、正直少しうらやましい。
すると、試合終了のブザーが鳴り響いた。
結局、あんまり苦労せずに大差で勝ってしまった。
「次は鈴原くんの試合じゃん。ミナミ、当然見るよね? あ、でも鈴原くん陰キャだから、球技大会は絶望か」
「陰キャって言わないでよ……。でも、体育得意って言ってたんだよなぁ」
「え、ホントに?」
コート脇に出て、男子の試合をカオリと眺める。
背の高い男子に囲まれて、一人背の小さな、華奢な生徒が居た。
鈴原だ。
「こうしてみると鈴原くん、結構体格差あるねぇ」
「……だね」
本当に大丈夫だろうか。
大きな男子から
なんだか別の意味でハラハラしてしまう。
しかし、その私の印象は、試合が始まると同時に消えた。
ジャンプボールと同時にはじかれたボールを素早く拾った選手が居たのだ。
それは、鈴原だった。
思わぬ伏兵に、会場にいた全員がギョッとする。
「あれ、誰?」
「陰キャっぽいのにめっちゃ上手いじゃん」
「格好いいかも……」
色んな人が口々にざわめきだす。
鈴原が良い評価を受けるのが嬉しい反面、あんまり注目されてほしくないと思う自分も居た。
あんまりキャーキャー言われるのは、正直見たくないかもしれない。
私が少しむくれていると、隣にいたカオリがにやにやとこっちの顔を覗いていた。
何だよ。
鈴原は、ボールを持って一気にドリブルすると、体格差を使って大きい選手を抜き、ゴール前までボールを運んだ。
でもどう考えても、あそこまで囲まれていたらシュートなんて出来ない。
どうするつもりなんだろうと思っていると、不意に鈴原が空中にボールを投げた。
あっと思っていると、空中のボールを誰かがキャッチする。
同じクラスの吉沢がだった。
彼はジャンプした勢いを殺さず、そのままリングに向けてボールを叩きつける。
「やっばぁ、何あれ……」
「アリウープじゃん」
「ありうーぷ?」
カオリが首を傾げる。
私は頷いた。
「投げられたボールを空中で受けてダンクすんの」
「それって難しい?」
「少なくとも、高校の球技大会では出ないよ普通……」
開幕早々の度肝を抜くプレーに、ワッと歓声が沸き上がる。
「吉沢ぁ! お前そこでダンク決めるかぁ!? 普通?」
「ヤバいよなあのプレー」
「吉沢くん、めっちゃ格好いいじゃん……」
吉沢はすっかり注目の的で、先ほどの鈴原への注目はだいぶ逸れたみたいだった。
鈴原の注目が無くなってホッとする反面、少しムッとする自分もいる。
「……鈴原も格好良かったじゃん」
私が呟くと、またもやカオリがにやにやとこっちを見てきた。
何だよ。
◯
試合が終わり、うちのクラスは男女ともに第一試合を勝利で納めることが出来た。
これから他のクラスの試合が始まって、その後に第二、第三試合と進んでいく。
この調子なら、男女とも優勝を狙えるかもしれない。
「鈴原、お疲れ」
男子の試合が終わって、体育館の外で待っていると鈴原が出てきたので声を掛けた。
彼は一瞬私をみて表情を緩めたかと思うと、すぐにまたいつもの顔に戻る。
鈴原は自分からシュートを決めることはあまりなかったが、かなり補助的なプレーが上手かったように思う。
ボールを奪ったり、運んだり、パスを繋いだり。
仕事は地味だったけど、試合の貢献度はかなり大きかったように思えた。
試合でかなり消耗したのか、鈴原は額から汗を流している。
少し濡れた彼の髪の毛が、何だか妙に色っぽく見えた。
普段の彼よりも、少しだけ大人っぽさが増して見える。
「試合、見てたよ」
「そう」
「格好よかった」
私が言うと、彼は一瞬顔を赤らめた後。
首にかけていたタオルで顔の鼻から下を隠した。
「……見られると照れるんだけど」
その仕草は……ちょっと胸に来る。
何だこの可愛い生き物は。
鈴原の動作が、私の心にド刺さりする。
ヤバい。
油断すると抱きしめちゃいそうだ。
私は大きく深呼吸すると、どうにか自分の精神を律した。
私の挙動を、鈴原は不思議そうな目で見てくる。
そんな目で見ないでほしい。
「鈴原、今日はずいぶん目立ってたね」
「そうかな」
「高校では目立たないようにしてるみたいなこと、前言ってなかったっけ?」
「それは――」
鈴原は、私の目を不意に見つめてくる。
その真剣な表情に、心臓が高鳴った。
「小鳥遊さんが頑張ってたから」
「へっ? 私?」
鈴原は頷く。
「小鳥遊さんが、試合頑張ってから。負けないようにしようって思った」
「私の試合見てやる気出したってこと?」
「そうだね」
「ふぅん?」
何だそれは。
何でそんな嬉しいこといっちゃうんだ。
顔がニヤつく。
隠そうとしても、勝手に出てしまう。
すると「おい、鈴原」と背後から誰かが声を掛けてきた。
同じクラスの吉沢だった。
吉沢は私のことは気にする様子もなく、鈴原に近づく。
「お前、さっきのプレー、良かったよ」
「うん」
「次の試合も、頑張ろうぜ」
吉沢が出したこぶしに、鈴原もこぶしで合わせる。
満足したのか、吉沢はそっと笑みを浮かべると、どこかに歩いていった。
なんだか青春映画のワンシーンを垣間見ているような気分だ。
「小鳥遊さん、何だか嬉しそうだね」
「そう? 勘違いじゃない?」
たぶんそれは、勘違いじゃない。
私は嬉しかったんだ。
高校では誰とも関わらないと決めた鈴原が、誰かと楽しそうに話しているのを見ることが出来て。
本当に、嬉しかったんだ。
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