第4話 入部してくれたら、いっぱいサービスするからね♡

 差し出した右手は程よく暖かく。そして、大きく柔らかいものに包まれた感じになり、不覚にも心地よくなるのだ。


 でも、それは触ってはいけないものである。

 今思えば、安直に右手を差し伸べたこと自体が、大きな失態だった。




「浩紀―、私のおっぱいどう? 大きい?」

「――ッ⁉」


 床に尻餅をついて座っている春風浩紀はるかぜ/ひろきは先ほどから、夏芽先輩の胸元から右手を離そうと必死になっていた。


 けど、もう遅いのである。


 離すことができず、先輩の思惑に乗せられてしまっているのだ。


「俺、そういうつもりで、手を差し出したわけじゃないですから」

「そんなこと言って、私のおっぱいを触れて嬉しいでしょ?」

「そ、それは……」

「それは?」

「嬉しいというか、それより、一旦、離したいんですけど」

「いーや、私のおっぱいに対する感想を言わない限り、無理だから」


 そういうと、さらに先輩の握力が高まる。


 どうして、こんな目に……。


 でも、考えてみれば、学校一の美少女のおっぱいを合法的に触れているのだ。


 幸せなことかもしれないが、こういったことが学校中に知れ渡ったら絶望的である。


 この学校には、夏芽雫なつめ/しずく先輩のことを好きな人がかなり多い。ゆえに、そういった人からの反撃があると思うと恐怖でしかなかったのだ。






「私のおっぱい、気持ちよかったってことよね」

「で、でも、そう言わないと、離してくれなかったじゃないですか」


 浩紀はやっと、夏芽先輩の胸から手が解放された感じだ。

 結果としては、先輩に指示された通りの発言をする羽目になり、おっぱいは気持ちよかったと言わされたのである。


 本当に恥ずかしい。

 その発言を今振り返っても、胸の内が熱くなるほどに、羞恥心に襲われるのだ。


 浩紀は床から立ち上がると、夏芽先輩と真っ正面から向き合う。


「私の触ったことだし、私の部活に所属してよね、浩紀」

「……水泳部ですか?」

「そうよ」

「でも、水泳部は今のところないんですよね?」

「ええ、ないわ。だから、今から作る予定なの。作るって言うよりも、再活動させる的な、そんな感じ」

「そこまでして、水泳部をやる必要性ってあるんですか?」

「あるわ」

「なんでですか?」

「それは、浩紀に人生を楽しんでもらうためよ」

「俺のために?」

「ええ。君って、入学してから楽しそうじゃなかったし」

「いや、俺は普通に楽しかったですけど」

「本当に?」

「……はい」

「へえ、勉強ばかりで楽しい?」

「それなりには」

「でも、昔と何か違うのよね。あの頃の輝いていた時とはね」

「あの頃?」

「ん? 知らない感じ?」

「俺、なんかしましたっけ?」

「してたよ」

「何をですか?」

「それはね」

「……はい」


 妙な間合いを感じ、浩紀はドキッとしてしまう。

 一体、どんなことを言われるのか、内心ヒヤヒヤしていた。


 夏芽先輩は、意味深な感じにはぐらかす。


「中学時代、私が困っていた時、慰めてくれたでしょ?」

「中学の頃?」

「ええ、水泳大会の日、会場で私が落ち込んでいた時、慰めてくれたじゃない」

「……そんなことありました?」

「あったよ。忘れちゃったの?」

「すいません……わからないんですけど。人違いじゃないですかね?」

「そんなことはないわ。君は、名字が春風でしょ?」

「はい」

「じゃあ、間違いないわ」

「でも、本当に覚えていないんです」

「じゃあ、思い出すまで、私の部活に入ってよね」

「そ、それはあまりにも強引では? 俺、さっき、橋本先生に断りを入れたので」

「へえ、そんな態度取るんだね。私のおっぱいを触ったのに?」

「そ、それは……先輩の方から」

「でも、私のおっぱいを触ったのは事実よね?」

「は、はい……」

「断るって言うなら、皆に言っちゃおうかな?」

「こ、困ります」

「じゃ、選択肢は一つでしょ? でも、浩紀にとって、嫌なことだけじゃないわ。私と一緒に部活をしてくれたら、色々とサービスしてあげるから♡」

「――ッ⁉」


 浩紀は耳元で、夏芽先輩から嫌らしく囁かれる。

 耳の性感帯を刺激され、胸の内が熱くなったのだ。






「浩紀、入部届を書いてくれない? これ」


 その空き教室にあった椅子に座ることになった浩紀は、夏芽先輩から渡された、その一枚の用紙に記入することになった。

 その用紙には、入部するにあたっての理由と、学年、年齢、名前を記入する枠があったのだ。


「入部理由ってなんて書けばいいんですか?」

「それは、夏芽先輩とイチャイチャしたいってことでいいわ」

「それはあまりにも、動機が不純では?」

「そんなことないわ。この入部届は、橋本先生に提出するものだし、得に何も言われないと思うけど」

「でも……」

「じゃあ、私と一緒に書こっか」


 そういうと、水着姿の先輩は、背後から思いっきり胸を押し当ててくるのだ。


 こ、これは、夏芽先輩のおっぱい――ッ⁉


「私が手取り足取り誘導するからね。はい、ペンをちゃんと握って。それから、入部届の動機欄に書くよ」

「本気ですか?」

「当たり前でしょ。さ、手を動かして」


 背後からの爆乳具合を堪能しながら、入部届と向き合うことになったのだ。




「僕は、学校一の美少女な夏芽先輩のスクール水着を見たり、爆乳を見たりしたいので、入部しますって」

「――ん⁉ さっきと大きく違いますよね?」

「そう? 私は、浩紀の願望を言ったんだけど」

「お、俺は、そんな変態じゃないですし。真面目ですから」

「えー、それ、むっつりじゃない?」

「ち、違います」

「そう? でも、そういう風に強がるってことは、逆にエッチっぽいんだけど」

「エッチじゃなくて。普通なんですから」

「普通? それはよくないよね? 少しくらいはエッチな方が、健全だと思うけど?」

「……俺が言う普通は健全ってことで、変態とは違いますからね」

「よくわからないんだけど。普通で健全って、矛盾してる気がするけど? 健全だったら、私の体に興奮するんじゃない? もっと、私の体をエッチな目で見てもいいのにー」

「俺は、そういう人じゃないので」

「じゃあ、本当に浩紀が言うような普通なの?」

「はい」

「じゃあ、重症じゃない。女の子の体に興味がないってことは、大変なことだよ」

「そういう嫌らしい感じに言わないでくださいよ」

「嫌らしい? 高校生なんだし、普通じゃない?」

「……」


 先ほどから、夏芽先輩がおっぱいを背中に押し付けてくるんだが……。


 現状、集中できない。


 エッチなことばかりが脳裏をよぎり、ペンを持っている右手が動揺するかのように震えているのだ。


 そんな状態でも、一応、先輩に言われた通りに、入部届を記入し終わったのである。


 


「じゃ、これで終わりね」

「え? 本当に、そのまま提出するんですか?」

「そうよ。じゃ、私、提出してくるから」


 夏芽先輩はそういうと、近くの机に置かれていた制服を手にする。


「え? ここで、着替えるんですか?」

「そうだよ」

「そ、そういうのは、別のところで」

「もしかして、恥ずかしい感じ?」

「い、いや、というか、先輩は恥ずかしくないんですか?」

「私、浩紀になら見せたいからね」

「俺は困るんですけど……」

「私、浩紀が困っているところも好きなの♡」

「そういうのは、やめてほしいんですが……」

「いいじゃん」


 夏芽先輩は浩紀をじらしながら、水着の上から制服を着始めるのだ。




「はい、これで終わり。今日は急ぐから、ちゃんとした生着替えは、入部してからね♡」


 夏芽先輩はそういうと、自由奔放的な感じな立ち振る舞い、さっさと空き教室から立ち去っていくのだった。


 浩紀は一人っきりになる。

 本当に先輩は、嵐みたいな人だったと思う。


 にしても、おっぱい――


 い、いや、それは……。


 浩紀の脳内は、先輩のおっぱいだけに支配された感じになっていた。


 ダメだ。どうにかして、エッチな考えを抑えきらないと。


 それよりも放課後、妹と幼馴染とは約束しているのだ。

 早いところ、待ち合わせ場所に行かないといけないのである。


 入部することに関してはしょうがないと思う。

 先輩のおっぱいを触ってしまったことは事実。


 学校の人らにバラされないよう、先輩の意見に従い、しぶしぶと入部するしかないだろう。


 そんなことをモヤモヤと考えながら、浩紀は空き教室から立ち去るのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る