大問題編

 窓の外で荒れ狂う風。白く光るは稲光。大広間に集まった関係者たち。大勢の人々の視線は、今、一箇所に注がれていた。人混みの中心で、跪いた妙齢の女性が咽び泣く。


「あの人が……あの人が悪いのよ!」


 とある館で起きた奇妙な殺人事件。探偵に犯人だと名指しされたのは、なんと被害者の妻だった。彼女は数十年間寄り添った自分の夫を、その手で殺害してしまったのだ。皆の注目を浴び、トリックを暴かれた犯人が声を上ずらせる。


「あの人が……浮気なんてするから……!」

「…………」

「……以上です」

「動機が短すぎる!」


 売れない探偵・黒田長長が嘆いた。


 こうして事件は解決した。パトカーに乗せられ、犯人が連行されて行く。夕日が輝く西の空に向かって、黒田が叫んだ。


「動機だけで後四話は引っ張ろうと思っていたのに!」

「四話て」

「どうして事件を解決なんてするんだ……!?」

「それがお前の役目だろ」


 肩を落とす探偵の横で、白髪の少女・三ツ藤トモエが呆れたように応えた。


「解決したんなら万々歳じゃねぇか」

「だって、毎回毎回、事件パートが短すぎるんだよ!」

 黒田が頭を抱える。パトカーはとうに過ぎ去ってしまったが、文字数が埋まらないので、二人とも動くに動けない。


「しょうがない。新キャラクターを呼ぼう」


 黒田がスマホを取り出し、何処かに連絡し始めた。


「新キャラクター?」

「新キャラを登場させれば……メイン・ストーリーを進めなくて済む。ぽっと出の新キャラの悲しき過去編とかで、後二、三話は誤魔化せるんじゃないか?」

「犯人が逮捕された後に新キャラ出されても……」

「良いじゃないか。のんびり行こうよ。わざわざ本筋を語って話を畳んでやる必要なんてない。出来るだけ引き伸ばして引き伸ばして、文字数を稼ぐんだ。大丈夫、話が進んでなくたって、読者は気付きゃしないさ……」


 黒田が悠長に笑った。この男、とにかく時間を稼ぐ、そのためだけに探偵をやっているのである。


「こないだので終わりで良かったじゃねえかよ」

「ヤダよ! だって短編で終わるより、中身スッカスカでも連載の方が儲かるし!」

「お前は本当に、金のことしか頭にないな……」


 十歳年下の少女に心底軽蔑した目で見られ、さすがの黒田もしゅんとなった。


「ち、違うよ……。トモエちゃんには分からないかなぁ。好きな物語ほど、出来るだけ長く読んでいたいって、この気持ち。主人公だけじゃない、脇を固めるアイツも、憎きライバルですらも、その後どうなったんだろう? って気になって気になって、もっと色々掘り下げて欲しいって」

「そう言うのって想像するから面白いんであって、実際に書いたら蛇足なんじゃねえの?」

「……具体的には何の事を言ってるの?」

「そこまでだ!」


 黒田とトモエがだらだら喋っていると、突然目の前にタクシーが止まり、新キャラクターが降りてきた。おろし立てのスーツ。新品の革靴。産毛。何処から見ても新しい存在である。


「皆さん、騙されないで下さい! 彼は話が終わった後もだらだらと意味のないことを喋って、文字数を稼ごうとしている!」

「お、お前は……1・5倍速探偵!」

「こんなものは一話もあれば終わる!」

 1・5倍速探偵、と呼ばれた男は早口で捲し立てた。


「一話で終わるものを長々と……さも中身のある話かのように。我々の目を欺こうとしているんです! 君の目に余る遅延行為、今日此処で白日の下に晒して上げよう!」

「どうしてこんなところに……」

「お前が呼んだんだろ」

「時代は1・5倍速なんだよ」


 新キャラが誇らしげに笑った。


「スピード感! ファスト動画、倍速視聴……君みたいにいたずらに時間をかけるばかりで、ちっとも話が進まない……のんびりとしている探偵は今や求められていないのだ。大人しく牢屋に入りたまえ」

「何でのんびりしてるだけで逮捕されなきゃならないんですか!?」

 黒田が慌てて叫んだ。


「僕何か悪いことしましたか!? こっちにはこっちのペースってもんがあるんですよ! そんなに……そんなに犯人が知りたきゃ、最後の頁から読めば良いじゃないですか!?」

「落ち着け」

「わざと話の腰を折って本題を逸らし、議論を長引かせようとする……三流のやりそうなことだ」

「三流!?」


 新キャラは取り合わなかった。


「く、くそぅ……時代に愛されているからって調子に乗りやがって……!」

「アイツが主人公の方が良かったんじゃねぇ?」

「トモエちゃんまで!?」


 三流……もとい、解決したくない探偵が歯噛みした。


「な……何がファストだ! 何が倍速だ! 解決なんてさせるもんか! 四話でも五話でも、この調子でいくらでも続けてみせるぞ。磨きに磨いた僕の引き伸ばし術、とくと味わえ!」

「お前みたいな作家がいるからァッ、みんな飛ばして見るようになったんだよォ! 大人しく新時代から消えろ、この三流ヘッポコ探偵ッッ!!」

「うぉおおおおッ!」

「おぁああああッ!」

「せめて探偵業で競い合えよ」


 そろそろ夕日が沈みそうだ。殴り合いを始めた二人を尻目に、トモエは一人帰り支度を始めた。

「と、トモエちゃん!?」

 ドロップキックを受けながら、黒田が叫ぶ。


「帰るのかい!? 気にならないのか!? この戦いの結末が!?」

「んぁ……だって話進まねーし。主人公が出てきたら教えてくれ」

「……またまたあ。何を言ってるんだ。主人公は、僕じゃないかあ」

 言いながら、主人公が、拳で鼻をへし折られる。何だか事件パートよりもグロテスクだな、とトモエは思った。


「はぁ……はぁ……」

 数時間後。殴り疲れた二人の男たちが、路上に横たわっている。やがて満身創痍の黒田が、星空の下、よろよろと立ち上がった。


「勝ちはしなかったが……負けなかった……!」

「一生やってろ」

「確かに……」

 黒田がトモエを振り返って、笑みを浮かべた。

「確かに時代はファストかもしれない……。だが、それがどうした? 僕らは地に足をつけて、一歩一歩、どっしりと進んで行こうじゃないか……!」

「……ただの引き伸ばしをさもカッコよさげに言ってんじゃねぇ!」


 それから黒田が出版社に持ち込んだ『解決したくない探偵』は、箸にも棒にもかからずゴミ箱に捨てられた。逆に、『1・5倍速探偵』は飛ぶように売れたという。


 〜終〜

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