第27話 決定権は第一夫人である私でーす!


 ――帰宅後〈朝比奈あさひな宅〉――

 【居間リビング


 その日の夕方の出来事だった。

 なにやら深刻な表情でみどりが家にやってきた。


 居間リビングに通すと、ヴィオと茜、葵までもが椅子いすに座る。

 なぜか急に家族会議のようになってしまった。


なにやら、嫌な予感しかしない……)


 茜の様子から察するに、俺以外は全員、翠が来た理由を知っているようだ。

 また、翠には従者が二人ついてきている。


 学園では取巻をやっているので面識もあった。

 一人はツインテールにメイド服。


 もう一人は男装の麗人といった雰囲気で男子生徒の制服を着ている。

 二人そろって、翠を見守るように、黙って彼女の後ろに立っていた。


 メイド服の方に――どういうこと?――こっそりと耳打ちしてみる。すると、


玄夢くろむくん、お嬢様のこと、お願いしますね♡」


 と笑顔で頼まれてしまう。

 まったもってワケが分からない。


「まあ、こうなることは大方、予想はしていましたけどね」


 茜は怒っているのだろうか?

 俺の前に――ドンッ!――とお茶の入った湯呑ゆのみを置く。


 湯呑みが割れないか心配になるが、


「手に掛からなかったか?」


 見せてみろ――と俺は茜の手を取って、心配する。

 お茶がねたように見えたが、大丈夫だろうか?


「う、うん、大丈夫……」


 茜は一瞬、しおらしい態度を取ったが――はっ!――とした表情をすると、


「べ、別に問題ないわよ」


 フンッ!――そう言って、そっぽを向いてしまった。


「姉者乱暴、兄者の第二夫人のワタシとしては心配……」


 やれやれね――という感じで葵は首を横に振る。


(第二夫人って……俺はいつ結婚したのだろうか?)


「も、勿論もちろん、わたしが第四夫人で構わない」


 とは翠。えっと、そういう話のようだ。

 つまり、第一夫人はヴィオなのだろう。


 一夫多妻制の場合、夫は第一夫人に色々とお伺いを立てる必要があるのだったか?


「ちょっと、第二夫人はあたしでしょうが⁉」


 と茜は葵につかみ掛かる。


「早い者勝ち!」


 それに乱暴者は嫌われる――ドヤ顔で葵は胸を張った。

 同じ物を食べているはずなのに、茜のそれとは明らかに違う。


(やっぱり、大きいよな……)


 いや、違う。喧嘩を止めなくてはいけない。

 しかし、そんな俺の動きをヴィオが制した。


 ずずっ――とお茶をすする。そんなことをしている間にも、


「あたしの方がお姉ちゃんなんだから、あたしの方が第二婦人でしょ!」


「関係ない、双子なので便宜上、譲っているだけ」


 双子定番の『どっちが姉に相応しいか対決』が始まってしまった。

 こうなると面倒なのだ。


(主に機嫌を取らなければいけない俺が……)


 コトッ――とヴィオは湯呑みを置くと、


「甘いのでーす☆ 決定権は第一夫人である私でーす!」


 そう言って椅子の上に立ち上がる。


(これが遣りたかったのだろうか?)


 明らかに楽しんでいる様子だが、危ないので座った方がいい。


「姉者は次の〈火〉の四天王の仕事がいそがしい」


 頼まれていたのは知っている――と葵。


(突っ込みが追い付かない……)


 推測するに不知火しらぬいさんから、次の四天王を頼まれたのだろう。


(あれって、任命する制度なんだ……)


「そんなワケの分からない役員、断りました!」


 とは茜。二人とも、ヴィオの話は聞いていないようだ。

 ぐぬぬっ!――とヴィオ。俺としては『役員だった』ということにおどろきだ。


 履歴書にも書いたりするのだろうか?

 私は卒業までの三年間、立派に〈火〉の四天王を務めあげました。


 皆のお手本となるべく、頑張ったつもりです。

 この経験は大学に入ってからも、また社会に出てからも活かせると思います。


 いや、活かせないだろう。どんな社会人だ?


「もうっ! 私の話を聞いてくーださい☆」


 とヴィオ。思った通り収集がつかなくなっている。こうなると下手に口出ししても――黙っていて!――と言われるのが、目に見えている。


「だいたい、吸血鬼っ! あんたが来たから面倒なことになったのよ!」

なんでーすと、人の所為せいにするのはよくあーりませーん!」

「兄者はワタシの物、二人はあきらめて」


 なぜかヴィオまで加わってしまった。

 翠も困っているようだ。


「お前まで加わるな……」


 俺はそう言って、ヴィオを座らせると、


「だってぇー」


 姉妹喧嘩とか楽しそうでーす☆――と答える。

 そんな理由で参加しないで欲しい。


「二人もだ! 喧嘩するなら、第二夫人は翠になってもらう」


 と宣言する。恐らく、重婚が可能になったのも、翠の家が手を回したからだろう。

 翠の父親か、祖父かは知らないが、政界に顔が利くのだろう。


 俺を通して、翠をヴィオのそばに置くのが最善と判断したようだ。

 自分たちの利益になるので、都合のいいように解釈した。


 そんなところだろう。

 後は上手くヴィオに取り入ることが、できたのならおんの字だ。


 ダメだった場合は――翠を切り捨てればいい――そんな風に、考えているのかもしれない。


「わ、わたしは……」


 翠もなにか言おうとしたが、空気を呼んだのか、口をつぐむ。

 そもそも俺自身、話について行けていない。


 俺はヴィオを黙って見詰めると、その額にキスをした。


「おおっ♡」


 と喜ぶヴィオに対し、茜と葵はおどろいた表情をする。

 翠は顔を赤くして、うつむいていた。


「に、兄さん……な、なにを……」


 指を差し、口をパクパクとさせる茜。


「兄者、次はワタシの番!」


 と葵は前髪を上げ、自分の額を差し出した。

 他にいい方法があったのだろうが、今の俺には時間がない。


 二人にはひどいことをしていると思うが、俺のことをあきらめるのなら早い方がいいだろう。


「ヴィオは吸血鬼の体質上、地球の環境にれるため……」


 こういう行為こういが必要になるらしい――と俺は説明する。


「はうっ! そんな設定だったわ☆」


 忘れてた!――と口元を手でおおうヴィオ。

 なにやら、俺がバカみたいなので、設定は忘れないでおいて欲しい。


「俺は両親を助けたい――それから、おばさんも……」


 そのためにヴィオを選ぶ――と告げる。

 茜と葵はうつむいた。翠も理由を知っているためか、沈黙する。


 ヴィオも詳しい事情までは知らないのだろう。

 それでも、空気を読んだのか、


「きちんと、話し合いをしーましょー☆」


 と両手を合わせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る