第26話 大丈夫でーす! 知ってまーす☆


 雪星ゆきほし学園〈異種格闘技戦トーナメント〉。

 確か去年のあの時期は――いや、今もか――おじさんはいそがしかった。


 そのため、俺はなるべく家にいるようにしていたのだ。

 今は茜が家事を引き受けてくれているが、去年までは俺と手分けしてやっていた。


 少しだけなつかしいと思いつつ、


「教室に戻るか?」「はーい☆」


 俺はそう言って、ヴィオと手をつなぐ。

 急がないと、貴重な昼休みが終わってしまう。


 ハゲは放っておいても良さそうだ。

 他の生徒たちもきたのか、すでに解散していた。


(いつものことだが、あっさりしているな……)


 墜落ついらくしたドローンも安全装置が働いただけのようだ。

 撮影用の小型機で、落ちるのが前提で作られているのだろう。


 玄関まで戻り、靴を履き替えていると、


「無事だったようだね、玄夢クロム


 とクラスメイトの『月城つきしろみどり』が声を掛けてきた。

 凛とした雰囲気の美人で目力がある。


 女子にはモテるが、男子からは距離を置かれるタイプだろう。

 『高嶺たかねの花』という印象を持たれているのも原因の一つだ。


 実際、『従者』兼『取巻』もいるので、学園では俺から話し掛けるのは難しい。


「見ていたのなら、助けてくれよ」


 俺は肩をすくめながら――ああ、同じクラスの月城さんだよ――とヴィオに教える。


「大丈夫でーす! 知ってまーす☆」


 とヴィオ。朝からなにかと女子にからまれていたからな。

 きっと、俺の知らないところで面倒を見てくれていたのだろう。


 俺とは違い、彼女は真面目まじめな学級員タイプだ。

 クラスの連中は元より、教師たちからも一目置かれている。


 まあ、俺を含めて問題児が多いため、彼女のような存在は重宝されるのだろう。

 俺は教室へ向かいながら、話をすることにした。


 翠は、去年の〈異種格闘技戦トーナメント〉の対戦の相手だ。

 お互い、理由があっての出場だった。


 女の子を攻撃するワケにはいかないので、的である風船を壊すことで勝利する。

 しかし、それが切っ掛けで、彼女にからまれるようになってしまった。


 今ではなん因果いんがか、ゲームの師匠をしている。

 まあ、素手で木刀を受け止めてしまったのでは、彼女じゃなくてもおどろくだろう。


 常人の技ではない。

 彼女はすぐに、俺の強さの秘密が『ゲームにある』と気が付いたようだ。


 最初は俺に対し、反感を持っていたのだが、考え方を改めてくれたらしい。

 地球の危機に対し、ゲームでなんとかしようとする。


 確かに――誰が聞いてもバカげている――と思うだろう。


「すまない、玄夢……」


 だが、わたしとしても平常心ではいられない理由があったのだ――と翠は語る。

 彼女の家は大きな御屋敷で、良家の娘と聞いていた。


 そんな彼女が取り乱すのであれば、やはり家のことだろう。

 俺なんかが、追及していい話ではなさそうだ。


 なぜか翠はヴィオを一瞥いちべつした後、


「いや、師匠にも関係のあることなんだが……」


 とつぶやく。学園で――師匠は止めてくれ――と言ってはいるのだが、つい口から出てしまったらしい。


(彼女らしくないな……)


 と俺が思う一方で、


「Oh! クロムは『サムライガール』の師匠なのでーすか⁉」


 とヴィオがおどろいた。多分、なにか勘違いしているのだろう。

 また、サムライガールとはぴったりの渾名あだなだ。


 さっきは『仲良くなった』と思っていたのだが、もかすると――彼女を見た記憶はあるので知っている――と答えたのかもしれない。


 エセ宇宙人キャラで誤魔化しているが、根はコミュ障だ。

 そっちの方がヴィオらしい。


 その話は後で説明するよ――そう伝えた後、


「俺に関係あるってことは……」


 やはり、ヴィオがらみだろうか?

 俺は校内のゴミ箱に、昼食のゴミを投げ入れる。


 教室が近づき、人が増えてきたからだろうか?

 今日は無理をさせてしまったのかもしれない。


 急にヴィオが俺の腰に抱き着いてきたので、彼女の頭をでつつ、


「ヴィオが目的?」


 そう質問した。今度は翠が困ったような仕草で、視線を泳がせる。

 なにか恥ずかしがっているようにも見えるが、


「確かに、彼女と接近するように指示は受けたのだが……」


 わたしとしては嬉しい誤算というか――なにやら、モジモジとしだした。


「いや、また後で連絡する……」


 授業が始まってしまう――そんなことを言って、逃げるように教室へ戻ろうとする。けれど、俺は慌てて彼女の手を取った。


 そして、ヴィオのことを見ていてもらうように頼む。


(トイレに行っておきたい……)


 昼休みがあんなことになり、行くのを忘れていた。

 翠が了承してくれたので、俺は急いでトイレに向かう。


 それにしても――


(いったい、翠はなんの用だったのだろうか?)


 ちなみに、後で聞いた話だが、学園四天王の〈火〉担当は不知火しらぬいさんという女の子で、料理部らしい。ある意味、男子が絶対に攻撃できない相手だ。


(たぶん、戦うと俺も負けるかもしれない……)


 〈異種格闘技戦トーナメント〉では、手作り弁当を武器に参加した。

 だが、男子の間で対戦権の争奪戦が起こり、あまりのひどさに棄権したそうだ。


(この学園、アホが多いな……)


 もう一人の〈水〉担当は水島みずしまという水泳部の先輩だった。

 今回はプールでスタンバっていたらしい。


 しかし、俺たちはプールに行かなかった。そのため、彼は風邪を引いてしまったようだ。また、昼休みに勝手にプールに入ったため、教師からも怒られた。


 んだりったりであるが、その怒りの矛先は当然、俺に向く。

 可愛そうなので決闘を受けることにした。


 季節外れのプールでの対決。

 八つ当たりされている気もしなくはない。


 足のつかない場所ならかく、プール程度の深さでは、水泳部が有利とは言えないだろう。


 武器にビート板を選んだ俺は早々にプールから上がった。

 そして、追い掛けてきた水中の先輩目掛け、飛びりを見舞う。


 結果、からくも勝利を収めることに成功した。

 また、風邪が治ったばかりなのに、プールで勝負したからだろう。


 先輩は再び熱を出したそうだ。

 可哀想なことをしてしまったかな?――と思わなくもない。

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