第18話 大丈夫でーす☆ 先生も見てませーん!


「ヴァイオレット様! ご所望の『週刊腐女子ザッパーン』でございます!」


 アセンブルヒロイン社が誇る日本最大の腐女子向けの週刊漫画雑誌だ。

 わおーん!――三つ編みのヲタク女子がえる。


 それに対抗するように、


「それよりも、この『週刊美少女マンガ人』をどうぞでゴザル!」


 リーゼントの男子がライバルとも言える、断交社の発行する週刊漫画雑誌を差し出す。休み時間の出来事だった。


 クラスメイトの二人が突然、スライディング土下座をしてきたかと思うと、同時に週刊誌を差し出してきたのだ。


 三つ編みとリーゼント、二人がお互いにバチバチと火花を散らす中、それを尻目しりめに、


「おいおい、それよりも『月刊コミックデッドリードライブ』だろ!」


 そう言って、1メートルを超える厚さの月刊誌(最早、鈍器にしか見えない)を持参する強者が現れる。筋骨隆々の男子生徒だ。コナーリバー社推しらしい。


 彼は分厚ぶあつい月刊誌を読むためだけに、日夜身体をきたえ続けていた。


「馬鹿野郎、分厚ぶあつすぎるんだよ!」


 書店員さんも腰痛で困ってるだろうが!――とヲタク女子が喧嘩を始める。


「はぁ? そっちだって、どうせカップリングのお仕着せだろう!」


 そういうの止めてもらえませんか?――と筋肉が言い返す。その一方で、


「やはり、時代は美少女漫画でゴザルよ」


 そう言って、リーゼントが『美少女マンガ人』を差し出そうとしたが、


「はぁ? 可愛い女子が出て来るだけのハーレム物じゃねぇーか!」


 そんな女子いねぇーよ!――とヲタク女子に襟首をつかまれてしまった。


びた絵を描いてないで、もっと男同士の熱い展開とか描けよ!」


 ヲタク女子に胸倉むなぐらつかまれ、ガクガクされるリーゼント。

 彼は涙目になりながら、


「こ、こっちは……そっちみたく優秀な漫画家が集まらないのでゴザル!」


 問題児を育てるしかないのでゴザル――と言い出した。

 そう言えば、人気漫画家が絵の練習をネタにしていたような気がする。


 トレパクで炎上した作家もいた。


「だ、だから、可愛い女の子が描ける少女漫画家なのでゴザル!」


 とうとうリーゼントは泣きながら、身もふたもないことを言い出した。


「フッフッフゥーッ! やはり、週刊誌はダメですな」


 時代は月刊誌ですよ――と筋肉が分厚い本をかかげる。

 俺は危ないと思い、ヴィオを後ろから抱くと、その場から離れた。


 案の定、本の重みに耐えられなかったようだ。


「バカっ、止めろ!」「倒れるでゴザル」「頑張れ、オレの筋肉っ!」


 それを最後に、三人は本の下敷きになってしまった。

 恐るべき『月刊コミックデッドリードライブ』。


 やはり、コナーリバー社が最凶さいきょうだということが証明されてしまったようだ。

 しかし、勝利とは時にむなしい。


「やはり、人類は戦争を避けられない生き物でーす?」


 とヴィオ。悲しそうな瞳で三人の亡骸なきがらを見詰めた。


「ああ、漫画が、そのことを教えてくれた……」


 そんな俺の言葉と同時に、休み時間が終わる。

 いや、終わってもらっては困るのだが――


 この分では、落ち落ちトイレにも行けやしない。

 すぐに教師が来て、授業が始まる。


 最早、休めるのは授業中だけのようだ。

 けれど、その考えが甘かったとこに、俺はすぐに気が付かされる。


 自称『謎の美少女』であり、ロボットのパイロットであり、転校生のヴィオ。

 お約束のように、俺の隣の席を陣取っていた。


 うの昔に俺は孤立していたことに気付くべきだったのだ。

 彼女はシャープペンシルのノックカバーで俺をつついたかと思うと、


「クロム、チューしてくださーい♡」


 授業中にも関わらず、突然、ヴィオが話し掛けてきた。

 なにを言っているのだろうか?


「実は地球の環境に適応するたーめに……」


 現地の人間と接触キスする必要があるのでーす☆――と笑顔で説明する。

 どう考えても――今、思い付いただろう――と口から出掛かったが、


「今は授業中だ……」


 ふざけないでくれ――と注意することにとどめた。

 ちなみに、教科書は本になっていた。


 一時期はタブレットやディスプレイを使用していたのだが、目が疲れるし、集中力を欠くため、結局は紙に戻ったのだ。


 勿論もちろん、生徒の自由なのでタブレットを使う生徒もいるが――結局は紙の方が覚えられる――という結論に至った生徒が多いようだ。


「大丈夫でーす☆ 先生も見てませーん!」


 ねぇ、先生?――とヴィオが尋ねると、


「はい、先生はなにも見ていません」


 と眼鏡を外した。若くて生徒との距離も近く、友達のような付き合い方ができる人気の女性教師だったが、権力には勝てないようだ。


「ああ、段々と苦しくなってきまーした……」


 ギブ・ミー・キッス♡――とヴィオ。戦後のチョコレートみたく言われても困る。

 机にし、苦しそうな演技をした。


勘弁かんべんして欲しい……)


「ああ、吸血鬼なーのに、日光を我慢して学校にきたでーす……」


 それが、この仕打ちでーすか?――と言った後、動かなくなった。

 クラスメイトから――早く、キスしてやれよ――という威圧プレッシャーを感じる。


(そんなことを言われも、俺だって恥ずかしいのだが……)


 やがて、先生は溜息をくと肩をすくませ、一人の生徒に教科書を読むように指示した。


天海あまみくんは地球が、どうなってもいいんだね、ガッカリだよ……」


「オレたちは天海のせいで、絶滅するのか……」


「キスぐらいしてやれよ! はっきり言って、うらやましいんじゃ、ボケッ!」


 と出席番号順にクラスメイトたちが教科書を読み上げて行く。

 いったい、どこの世界の教科書だろうか?


 授業が終わるまで、これが続くのかと思うとウンザリする。

 俺がヴィオの様子をうかがうと――チラッ!――と見ていた彼女と目が合った。


 仕方なく、俺は立ち上がると、ヴィオを席から立たせる。

 そして、見詰め合った後、目をつぶった彼女のひたいに優しくキスをした。


「ひゃんっ♡」


 とヴィオ。満足してくれたようで、頬に両手を添え、悦に入る。

 幸せそうなのはいいのだが――


「おいっ! お前ら、止めろ!」


 嫉妬しっとに狂った男子たちが俺に消しゴムやら教科書を投げ付けてきた。

 まったく、ヴィオに当たったらどうするんだ。


 取りえず、すべての攻撃を教科書で防御ガードする。

 やはり、紙の方が便利だ。

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