第8話 はじめましての日⑧

 扉越しに礼をしてプリシラ様の馬車が出て行かれるのを見送ると、静けさの中にまたホールから夜会の賑やかさが戻ってきた。今日の卒業夜会は、夜通し続くのだろうかと少し不安になるほどだ。

「戻りましょう。」

 侍女用の馬車に向け、差し出された掌を取る。マリウス様に少し急かされるようにして馬車へと誘導された。


 先程までは馬車も人通りもなく、見えていた馬車道だが、疎らだが帰る人もいるようだ。木の並木の道の歩道を歩いて来る人影があった。 


「レンブランド先生。」

 歩道のランタンに照らされて歩いているのは、魔道具や魔法石の研究をされている魔法講師だ。老齢というには少し早く、魔法石の着いたステッキを愛用されている。グレイの礼服に白いストールを長く垂らし馬車の手前にステッキを突いて立ち止まった。

「パトラン君、卒業おめでとう。」


 元は宮廷魔法士だった方が引退され王立学院の研究科の講師になられている。学院では四年生のみ履修可能な授業は、魔法剣技の授業を選ぶものも選択することがある。教えて貰えるのは、主に魔法石の使用についてだった。


 王女殿下のお側で覚えられていたのか、レンブランド先生には四年生になるころから時折声をかけられるようになり、研究室で一度だけお見せしたものがあった。

「そういえば、パトラン君は今日もお持ちなのかな。」

 ダバルシャン家に伝わる古い魔道具がある。それは娘が他家に嫁ぐまでの護身刀でもあり、入学の際に密かに王立学院から許可を得ていた。一度も学院内で使用する機会はなかったが。

「はい。」

「王女殿下を守るために使われるか。」

 短めにきれいにきりそろえられた顎髭を人指し指で整えながら、先生に瞳を覗き込まれる。並木の近くと膝の高さほどの魔導灯は、表情を見るには十分だった。

「はい。ですが、イスペルに殿下が嫁がれる際には、領地に置いていくものです。」


 宝剣の存在を知っていたレンブランド先生は研究室に呼んでくださり、魔道具の専門家としてとしてというよりも、私の護身刀としての魔法剣のレプリカを作れないかと言ってきてくださった。国外や嫁ぎ先で使えない宝剣より身を護る方に特化したものができるかもしれないと。

 そのためにか研究室入りを打診されていたが、私はもう、ソフィアメーラ殿下に添ってイスペル皇国に随伴する覚悟を決めていた。


 レンブランド先生は、少し考えながらふと改めてマリウス様や警護で御者役の騎士がいることに気づく。

「隣はグランベル君か、それとハンター君かな。」

 名を呼ばれ、胸の前に手を置く簡易的な騎士の礼を返す二人に、レンブランド先生は唸るように言う。 

「なるほど。ソフィアメーラ王女宮には、王妃候補を逃れた乙女が集められているという噂は本当らしい。いやこれは失言だったか。」

 私は宮廷からは引退したじいさんだからな、とニヤリと笑われる。

 

「グランベル君、ペギィアスの乙女は健在かね。」

 レンブランド先生は突然、マリウス様に話を向けられる。ペギィアスといえば北部の都市の一つで東部の境に近く、教会もあり王家の立ち寄りの多い町だ。

 マリウス様は先生と同じように、口角を少しあげられる。

「はい。本日も卒業夜会のため、学院に来ております。控えから出ることはありませんが。」

「それはお会いできれば良かったな。彼女も研究室に誘ったことがあるが、最速で断られたよ。虫けらを殺すような目で、一息だったな。」

 先生は思い出し笑いをされる。

 先輩侍女が思い当たるのは、どうも気の所為ではなさそうだ。魔力が高く回復薬作りが得意な令嬢は、プリシラ様一人ではなかったようだ。あるいは回復魔法そのものか。


 魔導灯に照らされた道の奥からガラガラと音が聞こえてくる、馬車が近づいて来るようだ。

「さあ、王女殿下の元に戻るんだろう。数日以内に卒業祝いを届けよう。実は作ってみたものがあってね。何にしても、少しは役に立つだろう。」

 もしや声をかけられる前から見られていたのだろうか。孫を見るような目で、私を馬車に追い立てられ、マリウス様と乗り込むと歩道側から呼びかけられる。

「夜会で声をかけようとも思ったが、叶わず帰るつもりでね。いつでも手紙を書きなさい。」

 出発は手を振って送り出してくれた。御者役の近衛騎士がいなければ、通る馬車には、恩師に手を振られる卒業生に見えたかもしれない。


「ありがとうございます。大変お世話になりました。」

 思わず気持ちが籠もる。

 今日は朝から忙しくしていて、心からのお礼を言えたのはレンブランド先生だけかも知れなかった。馬車が動き出すのを感じながら、改めてまたも卒業の思いが込み上げてくる。門を曲がるときは、さらに淋しさを覚えた。

「先生にお礼が言えて良かったです。」

 正面に座るマリウス様に、つい一人言のようにつぶやいた。マリウス様は、プリシラ様のときも、レンブランド先生のときも、何も言わず側で見ていてくれたのが、とても心強く感じられた。一人のときよりも、少し自信を持って動けたかも知れなかった。

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