第7話 はじめましての日⑦



「王女宮だ。侍女用の馬車を。」

 白い近衛騎士の隊服で、車寄せで告げると直ぐに金具に王家の紋の小さく入った馬車が周ってきた。リード家の馬車は先程入れ違いで出ていったところで、私とマリウス様はそのまま馬車で追いかけることになった。


 ホールのある広場と木々を抜け、葉を落としたメタセコイアの並木の石畳が引かれた馬車道に出た。王立学院に通うほとんどのものは帰り道に徒歩か馬車でこの道を通る。

 春から夏にかけて濃い緑の葉が風を呼び、秋は細かな毛並の黄色い絨毯を作る。並木の隙間から、ホールや寮の庭に季節の木々を見つけることがあった。

 四年間で、王都にいても街中に下りることのない私は、十四歳の歳に城を出てからは、タウンハウスの庭と、馬車の窓にゆっくりと流れるこの道をみて季節を感じた。私と同じように、卒業しても学院といえばこの風景を思い出すものも多いだろう。

 

 その並木道の真ん中辺り、歩道のベンチに寄せて、一台の馬車が停まっていた。道の途中で人を乗せて、御者が扉を閉めようとしていた。

「二人だな。」

 マリウス様の言葉に頷く。

 同じように侍女用の馬車を歩道に寄せて停めた。


「お嬢様、王家の使用人用の馬車のようです。」

 ロックを掛けていた御者が、馬車の中に声をかけていた。

 この馬車は、婚約者候補で妃教育を受けていたプリシラ様のもので間違いなさそうだ。車止めまで何度も通われた、信頼できる御者だろう。

 侍女用の馬車の近衛騎士の姿の御者も動きが早く、マリウス様が閂を外されると直ぐに、馬車の扉が開かれた。騎士はそのまま、二つの馬車の後方や側面から近づくものを見張るようだ。先に降りたマリウス様の右手を取り、石畳に降り立つ。

 ホールの方からは楽団の音楽が風に乗って聞こえ、賑やかな雰囲気が感じられ、まだ多くの人が残っているようだった。


 私は閉まった扉の前に進み出た。後ろ側はカーテンが引かれ、中は見えない。卒業夜会のため準備した張りのあるドレスを、少し重く感じながら礼をした。

「お声掛けもせず、お停めして申し訳ございません。王女殿下付き侍女、ソフェーリア・パトランと申します。プリシラ・リード様の馬車とお見受けいたします。少しだけお話と、お渡ししたいものがございますので、よろしければ窓をお開けください。」


 馬車からの返答は直ぐになく、思案されているだろう様子だ。やがてマリウス様が声を出そうとされる前、窓際に男性が顔を出した。

「お嬢様はお疲れです。王家のご関係の方は、特に配慮いただきお引取り願いたい。」

 従者の体裁を取られ、やはりと思い顔を上げ声を出す。

「不躾な事で申し訳ございません。ヴォルフター・ロジュール様でいらっしゃいますね。今一度、プリシラ様にお取次ぎいただきたく存じます。」

 今度はロジュール様の窓が開き、見下ろすようにされた後口を開かれた。

「君はソフィアメーラ殿下の。」

 私の礼装の白いドレスと青い髪に気付いたようだ。

「はい。学院内でもソフィアメーラ殿下に側仕えさせていただきました。お見知り置きいただきましてありがとうございます。」

 どうやら本当のようだと、告げる声が聞こえる。

 やがてカーテンが引かれ、窓越しにいかにも高位令嬢といった上品なお姿が、口元を扇子で隠され現れた。


「お引き留めして申し訳ございません。ソフェーリア・パトランと申します。」

 改めて馬車の中のお二方に向けて腰を折る。

「先ずは、こちらをお渡ししたく存じます。」

 ロジュール様の開かれた窓に近寄り、絹の袋を手渡した。エミリア様から、半分ほどになったものを、受け取ったものだ。

「これは。」

 ロジュール様は受け取る時に気がついたようだった。

「お二方で王都を出られるおつもりであれば、お渡ししていないからと。」

 

 噂を立てたのは王家ではないが、王子妃教育を受け、候補者のまま時間を過ごすだけでも、大変な思いをされただろう。本来ならそこで出るはずだった慰謝料にも相場がある。

 それに従者と行方不明になったとの噂を流されたときも。ロジュール様の学院生活も辛いものだったかもしれない。

「王女殿下よりの心付けです。元々廃棄するつもりだったもののため、如何様にもしてよいと仰せです。」

「廃棄とは。」

 ロジュール様が、袋の中身をプリシラ様に見せられた。侯爵令嬢の目が驚きで見開かれる。

「ご不快かもしれませんが、ご兄弟がお捨てになったもので、すでに王家では処分されていて所有するものがおりません。万が一の貨幣替わり、そのようにお使いいただいてよろしいかと。」


 馬車の二人に沈黙がおりる。

 元の所有者など言わずともの事柄で、廃棄された宝石など嫌悪感を抱くかもしれないが、今は台座のないただの石達だ。ロジュール様にはお伝えして良かったようだ。私はさらに封筒を手渡した。


「さらに、万が一のことで、差し出がましいようですが、もし東部の領地に戻られないのならば、西部に来ていただければと。ダバルシャン城は、いつでも薬師を丁重にお迎えいたします。」

 お渡ししたのは、薬師としての西部の関所からダバルシャン城への派遣証のような手紙だ。日付はなく、紹介する私のサインをいれた。これがあれば、護衛の兵もつくはずだ。

 王女殿下も私も、お二方が何処かへ駆け落ちする可能性を考えていた。そうでなくとも、宛もなくプリシラ様がリード家のダイヤモンドを手放されるよりは、故郷の東部から離れてなら、隠れる場所が提供できると伝えたかった。


「リリアーネ様よりお聞きいたしました。プリシラ様は優れた魔法薬の作り手であったことを。学院時代並んで魔法薬をつくられて、いつも誰かのお役に立ちたいと言われていたと。」



 驚いたプリシラ様が、ご自身で窓を引き上げられた。

「リ、リリアーネが、そう。その話をするとき、苦しそうではありませんでしたか。」

 ――やはり。プリシラ様とリリアーネ様は同じような傷を抱えられていた。

「いいえ。プリシラ様の魔法は本当にきれいだと。作られる魔法薬はプリシラ様のように澄んでいると仰られていました。」 

 一つ上のヒヨコ頭より、は余計な言葉だろう。


「ふふふ、リリアーネが。そんな風にあの頃を思い出すなんて。それも王女殿下のお力かしら。」

 眉は寄せたままだが、少し微笑まれた。

「リリアーネ様は、学院を出られてから一度プリシラ様とお会いしたときに、『また回復薬でも作ろうかしら。』と、言われていたことを覚えていらっしゃいました。『引きこもりにもできると思うの。』と、だからまだ腕は落ちていないはずよ。と胸をはられていました。」

 笑っていたプリシラ様のお顔が、微かに曇る。

「あの頃は、毎日家を出て修道女になることばかりを考えていたの。でも、家の見張りが強くて抜け出せなくて。裁縫替わりにさせてもらった回復薬作りも、修道院や教会で役に立つと思いながら作っていたわ。」

 お陰で少しレパートリーが増えたのは確かよ。と微笑まれる。こんなに上品で美しい薬師はいらっしゃらないだろう。

 

 しかし、プリシラ様の微笑みを見て気づいてしまった。

「領地に帰られるのですね。」

 プリシラ様とロジュール様が顔を見合わせる。

「侯爵閣下を説き伏せることができるかはわからないが、今日は機会を与えられたので。少しだけ期待はしているのです。」

 領地を接する古い家柄同士の両家は行来がある。だからこそ、プリシラ様に流された醜聞から時間が経ち、本来の形に戻ったといえる。

「吉報をお待ちしております。末永くお幸せになられますようお祈り申しあげます。」


 プリシラ様はもう一度優雅に微笑まれる。

「ふふふ、ソフェーリア様は、きっと一途で可愛い方ね。リリアーネが心を許すのが分かる気がするわ。」

 ヴォルフは引き留めるかもしれないけれど、と前置きされた。

「私が元気でいるときに、本当に回復薬が必要な事態になれば、一度だけこの封筒を使い、ダバルシャン城へ行かせてもらうことをお約束するわ。」

「プリシラ様。それはあまりにも危険だ。それならば、落ち着くことができれば、ロジュール領から定期的に魔法薬をお送りいたします。私や家のものにも、傷を治す程度のものなら作ることができる。この石はその準備費用に。ちょうどそのための部屋を作ろうとは考えていたのです。」

 多分その宝石が全部あれば、部屋どころか屋敷を建てても余るのではないだろうか。


 流通されている回復薬には、瓶の形状に規格がありランクが見分けられるようになっている。

「最初から高ランクの魔力耐性のある設備を作ることができる。プリシラ様が回復薬を作り、教会や病院のある修道院へ、密かに寄付されていると人伝にきいていました。」

 ロジュール様は絞りだすように話した。


「いつプリシラ様をお迎えできてもよいように、ロジュール家で採れるハーブで、回復薬を作る準備はしてあったのですが、他の特殊薬の材料にも心あたりがあるので調べてみます。」

 プリシラ様は、驚きで顔を染められたようだ。


 高ランクの魔法薬が安定供給すれば、プリシラ様の薬に市場価値ができる。リード侯爵からの援助も受けやすいのではないだろうか。

 その薬を魔物討伐の前線にもなる領地の城で手に入れることができれば、兵も少し安心するだろう。

「ご無理をされることはありませんように。ご連絡をお待ち申しあげます。きっとリリアーネ様も楽しみにされることと思います。」

「そうね。リリアーネと昔に話していたことを私も思い出しました。びっくりさせたいわ。」

 その頃には、私は王宮に出仕して領地にもタウンハウスにもいない。でも楽しみなことが増えた。

 新しいルートで高ランクの回復薬が作られることでリード侯爵家やロジュール伯爵家の評判もあがることを期待したい。まさか、プリシラ様自身が作られているとは、思われないだろうが。

 

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