【31】鬼が出て蛇が出て、勝ち帰宅

 ハイヒールとパンプスの靴音が階段を上がり、かれこれ5分は交差し続けている。

 私たちに会話はない。ただ黙々と暗闇から逃げるため一歩一歩と歩くのみ。

 ようやく外の明かりが見え、扉を開けた。

 一時間ぶりの地上は、相も変わらず良い子は寝静まり、悪い子は飲酒暴力殺害性交に泥酔している。

 ここも心地悪ここちわるいけど、さっきの店ほどじゃないな。

 後ろを振り返ると、お見送りをしてくれた赤黒い触手が暗闇の中へそそくさと消えていき、同時に店の扉が「二度と来るな」と言いたげに勢いよく閉まった。


 とつぜん、右手から驚いた反応が伝わる。

 私の手を繋いでいるのは小さなメイドさん。

 黒髪ロングで円らな赤眼、歩く姿は生きた人形ドール

 それが私の初恋相手、私の好きな男の人。


 すると、アイリは手を繋いだまま静かに前へと歩き出した。

 私は彼の足音に気付くことができず、一歩遅く歩いて行った。

 人や異怪の入り混じる道を美少年女に誘導されていく。

 アイリの右手に持つ即効性身体再生薬8本が入った袋から、瓶同士のぶつかる音がけたたましく鳴っている。


 それにしても、さっきからなんで私の前に出ようと……。

 あぁ、そうか、彼はきっと私をしているつもりなんだ。

 そうか、そうか、このイケメン美少年女め。

 だがしかし──


「アイリ────どっか、行く当てでもあるの?」


 私の問いに彼の小さな躰が停止する。

 それに伴い、エスコートされていた私も停止した。

 数秒の無言、聞こえてくるのは話声と奇声のみ。

 すると、ゆっくりと上目遣いでこちらを向き、少々おろおろとした表情を見せる。


「な、何も考えてませんでした……」


 盲点だった、と言わんばかりに聲が震え、焦りが伝わる。

 こうきたらほぐしてあげるのが私の仕事だ。


「そうか……んじゃぁ、あそこのホテルで休憩するか坊ちゃん」

「し、しししししししししいしししし、しません‼」


 アイリの大声に、多くの者たちが一瞥しては過ぎ去っていく。

 やはりこの反応だ、可愛すぎてたまらない。


「け、結婚も、ましてや、お、お付き合いもしていない、二人がい、行く場所じゃないです!」

「私、アイリのこと好きだから一緒に寝ても良いんだが?」

「え……あ、あ、ぅ……」


 弱りつつ赤面する様子を見て、愛らしく思いつつ私は上のある方角へと指差し、


「あそこだよ! あの、ビ・ジ・ネ・ス・ホ・テ・ルですよ~!」


 兎の如く幾度も飛び跳ねつつ、小馬鹿にするかのように私は喋った。

 そして、その今の顔色を伺うべく体を急速にしゃがみこませ、彼の背に合わせる。


「何を想像していたのかな~……エロメイド」


 私が見たのは、想像以上のあか

 熟した林檎を内側から焼いて破裂寸前まで追い込んだようにふつふつとさせ、涙を浮かべる見事な赤面。


 ……だが、ちとやりすぎか。反省。


「まぁ、なんでも良いけど……じゃあアイリの部屋に送──アイリ⁉」


 赤くなった小さなメイドはとつぜん筋肉を切り落とされたかのようにして、私の方へと凭れ込む

 手の力が抜け、再生薬が入った袋が腕の中からすり落ちていき地面へ付く。

 案の定一つも割れてなかったが、私は袋を持ち彼の華奢な躰を支える。


「ご、ごめんなさい……か、体がなんかいきなり、力が抜けたみたいになって……」


 そうか、今のでずっと貼り続けていた緊張が風船のように抜けてしまったんだ。

 証拠に、体も小刻みに震えている。

 まだ子供だな、と安堵しつつも彼を支えつつ歩きだした。


「どっか、休めるとこ……座るとこでも探すか」


 ここを2、3分歩いたところに公園があって、二人くらいが並んで座れるベンチがあったはずだ。


「……すみません」


 小さな謝罪を「良いって」と流しつつ、私たちは公園へと向かう。


 ※


 ベンチに座り、寄り添わせるとアイリは深い呼吸を繰り返し始めた。

 どうやら少しは落ち着いたようで、半目で下を見つめている。

 それにしても……と自分たちの姿を再確認し、絶句する。

 腹も右腕も塞がり、負傷は完治した──が、問題は服の方だった。

 バニーガール衣装にはダメージが残ったままで、血痕も付着したまま。アイリのメイド服も更に目立った形になっている。

 体は治っても、衣装はそのままなのは納得できるがそれでも怒りが湧いてくる。

 こんなことなら、クリーニング代と弁償代貰っとくべきだった。これあと二着しかないのに。


「…………ごめん、なさい、本当に今日はごめんなさい」


 静寂を過ぎていく中、何度も聞いた言葉をアイリは投げかける。


「アイリ、私はアイリを喰おうとしたよ。そして、死ねるとこを教えてあげたけど、やっぱ死んでほしくなくて……う~ん、自分でも何言いたいかよくわかんないや。ようは矛盾しすぎてる奴に謝らなくて良いよ」

「僕が一番矛盾してますよ……」

「んじゃあ私たちは矛盾姉妹だ、可愛いじゃん」

「姉妹じゃないです……」

「はいはい」


 二人の世界には、月とかいうスポットライトしかない。

 アイツはあまり好かない、高い所で見下しているかのようでどうも気に入らないのだ。

 今日の夜は少々肌寒いが、あまり気にならない。


「アイリ……今日、楽しかったね」


 彼は何も言わず、黙って耳を傾けている。


「レストランで男って知った時は驚いたけど、一緒に肉喰って、そんで食べようとしたけど返り討ちに合って、そしてあの店での血肉祭り。──濃厚すぎる5時間だったね」


 そう、本当に奇妙な時だった。一生経験できないであろう不思議な時間だった。


「正直、アイリが殺人未遂をした化け物でも何でも良いよ。可愛いから、可愛いは正義ってね。…………?」


 白蛇の少年は動かない、静かに呼吸をしながら私の体に包まれている。

 前髪をどかし、美々な顔を拝見する。


「……寝た」


 健やかに寝ているその姿は、まるで夢見るお姫様そのもの。

 私はアイリの体をこちらへと寄せさせ、首元にキスをしつつ優しく抱きしめる。

 何時いつぞやか、母様にしてもらったものだ。


『おやすみなさい──■■■■■■■』


「おやすみなさい──アイリ」


 あの時言われた言葉をこの子へ、好きな男へ投げ──私は月を睨みつけた。

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