【27】バニーガールのハイヒールは君の眼を潰す為にある。

 加速、疾走、疾風。その全てがメイドから徐々に削ぎ落とされていく。

 仕事衣装が破られ、生傷が絶え間なく産まれる。

 守る、守りたい、いや守り抜くんだ。それには敵を翻弄し、隙を突く他ない。

 そんなちゃちな寸法しか思いつかぬのは彼が戦闘はおろか、まともな喧嘩も経験したことが無いからにあたる。

 本来、安珍・清姫伝説の血から成る身体補助は、『追跡による加速』と『炎の無条件使用』であり、敵から逃げ回っていては本来の速度を出すことはできない。

 自己の特性にすら気づけぬ無知も、経験不足によるもの。


 対して黒服ら。

 奴らも奴らで戦闘経験があまりないのだろう。こんな形で反撃されたことなど殆どなさそうだ。

 あの行動パターンだと錬金術か、それとは違う別の術式によって造られた質量を持つ魔物だろう。

 確かに、魔物に店をやらせれば人件費浮きまくりだし言うことはちゃんと聞くし、新人教育に時間かからなくて万々歳。これがインテリ革命か。

 いや、此奴こいつらはヒトじゃないから、人件費という言葉自体おかしい。 


 一つは、アイリの前に回り込もうとしている。

 二つは、足元ばかり狙っているが掠りもしていない。しかし、それも時間の問題と考えた方がいい。

 三つは、一歩も動かずに作り上げた武器をアイリへ投げつけている。かれこれ三発は当てている大戦犯。

 『三つ』が一番イラつくし最初に行きたいところだが、先ずは一番距離的に近い『一つ』から順番に潰していこう。

 算段を決め動き出そうと二歩前へ出た瞬間、ふとテーブルの上で火を灯し続けていたキャンドルに視線が移り、そういえば、と手に取ってみた。

 このキャンドルは、ここ一帯の座席を防音且つ閉鎖空間にする物だと思っていたが実際は違ったようだ。

 防音にするというだけで出入りは可能。その証拠にアイリは座席外で戦っている。


「はあん、もっと勝った」


 新たな算段──否、“嫌がらせ”を思い付き、頬が緩みだす。

 店側がすごく迷惑になるの、一度やってみたかったんだ。

 こんな良い気分な時には酒が欲しいけど、四の五の言ってられないので早速行動に移す。

 体を音に変えて駆けつけるから一秒弱待っててね、アイリ。


 薄暗く狭い店内を清姫伝説の仔が駆ける。

 が、慣れない疾走。更には真面目さが仇となり攻撃を受け続け、クラシック音楽に狂いそうになっていた。

 黒服らは先から言葉を発さない。アイリの声を聞き取ろうが、ただ異分子お客様を狙い続けている。

 そんな余裕無き最中さなか、『先に逃げてって言えば良かった』と奥歯を噛み締めながらバニーのいるテーブルを一瞥すると、驚きのあまり眼を瞠った。

 あの人がいない? 安全な所へ逃げてくれたのだろうか、それとも誰かの手でまた操られて……。

 焦りのあまり辺りを見渡そうとした次──突如飛んできたナイフにより左足を負傷し、その場に倒れ込んでしまった。

 全身の痛みに耐えつつ足元を確認すると、靴の裏側にまでナイフが貫通し刃先からは血がこぼれている。

 異物が入っている今の状態で治癒をしても、体がナイフに刺さったまま直してしまい、最悪今後に異常をきたす。

 しかし、そんな惨状にありながらも、アイリはその状態のまま三体の黒服らを眼で追い始めた。

 全員、こっちに来ている。バニーさんは……どこにもいないみたい。

 そう思った瞬間、まるで自分が救われたような気持ちになった。

 彼女が助かるかもしれない、その可能性に安心すら覚えてしまう。

 一体の黒服がナイフを手に回ってこちらへと近づいてくる。もう、それすらどうでもよくなるくらい安堵していた。


「お元気で、バニーさん」


 小さな声で、この場にいない彼女へと呟く。

 さよなら、不思議な人。


「──いろんな意味で喰い殺すぞ」


 ドスの効いた兎聲とせいは、メイドへと吐かれたもの。

 されど、残念ながらその言葉は耳に届いてはいなかった。


 メイドは「安心」と共に「死」を悟った、次に『一驚』と共に『生』を実感する。


 お元気で? 阿保か。

 女の為に自分勝手に死んでいい気になるのは、ダサい男のすることだよアイリ。

 お前は可愛いんだよ、そこら辺の女みんなが、子供を産む袋を持っただけの肉ゆりかごに見えるくらい、あんたは美しいんだよ。

 可愛い奴は最後まで生きろよ。バカ、アホ。

 私が辛いんだよ。こんな気持ち抱いて人喰い続けるなら、自分から精肉工場で解体して貰って売り捌かれた方がマシだ。

 兎は、……寂しいと死ぬらしいんだぞ?

 

 彼の大きな双眸に広がる景色は異様。

 バニーガールが他の客を土台にし、片手にキャンドルを持って黒服へと突っ込んできたのだ。

 土台相手は凌辱の快楽に歪んでいる、それまた美系な女。その顔を容赦なく踏みつけ、跳躍する。

 彼女の行動を予想だにしなかった黒服の顔面に、キャンドルは見事命中。

 灯が押し込まれていき、兎の首をも小指で折るバニーガールの腕でキャンドルを壊しつつも更に捻じ込んでいく。

 破片が黒い貌の至る所へ刺さっていく。それが鼻か眼か口かは分からない。声も上げないので、少々つまらない。

 ので。

 黒服の後ろ脚に自分の脚を勢いよくかけ、仰向けに転倒させる。

 

 硝子の破片にまみれた黒貌こくがんを見下ろし、脚を勢いよく天井へと上げた。

 刹那、彼女の長い脚は直ぐに振り下ろされ、重力を纏いつつ黒服の貌を踏みつける。

 奇妙な音、アイリの人間的日常では縁のない音が木霊する。

 罅が入るなんて、生易しいものではない。

 壊れる、殺そうとしている、これが正しいもの。

 バニーはそれでも微動だにしない黒服を見て、突き刺したハイヒールをつまらなそうに抜こうとした瞬間、粘性のある感触が脚に伝わってきた。

 ああ、これは──。

 当たりを引き、またも場違いな微笑を無意識に浮かべてしまう。

 しかし、と。上半身を起こしつつ唖然とした様子を浮かべているアイリに話しかけた。


「アイリー、今からやることさ、ちょっとエグいからさ、アイリのとこで言うところの『あーるじゅうはちじー』ってやつだからさ、……眼を瞑るか見てるかは自己責任で頼むわー」


 平然とした態度で安心させようと話しかけてみたけど、アイリはそれでもポカンとしている。

 うーん、んじゃ最後に、ウインク入りの笑顔を送って──


 ハイヒールを“左眼”に再度刺し込んだ。


 光すら反射しないから何もわからなかったけど、頭蓋骨がある。ということは目の周りの骨を利用すれば掻き混ぜ袋になるのは簡単なこと。

 握り潰すなんて生温い、何度も刺し出しを繰り返して最終的には──嗚呼、楽しきかな我が人生。

 きっとこれはアレだ、生命が産まれる下準備もこうやって摩擦と粘度で繰り返されるのだ。

 ああ良い、良い、良い、良い。

 どんどん入るようになってきた、先が、ヒールの先が到達する先。


 嗚呼、どうしよう。ヤバイ。今、言葉に出すのは滅茶苦茶嫌だけど。

 私のヒールの先端と黒服の脳みそが、口づけしちゃっている。

 思考や判断に触れていく、押され考えも記憶も何もかも壊していく。

 精神的にではなく物理、無理やりにでも会いに行こう。


「私のアイリを殺そうとした莫迦脳みそはここか~~~~~⁉」

 

 興奮のあまり声が出る。無論、無意識で。

 ──されど、ここまで。

 自分の脳をフリーズさせつつ、汚血や脳漿がこびりついてしまったハイヒールをそっと引き抜く。

 黒服をやっと殺した、そんな実感に唾を吐きかけながら黒い頭部を蹴とばすと、アイリの方を見つめ直した。


 彼は、私の殺しをずっと観察していたようだった。

 教育上良くないが、見てくれた、というのが今はなんだか嬉しくて仕方ない。


 すると、ラズベリーの唇がもぞもぞと動き出す。


「どうして……来たんですか?」


 可愛い子にそんなことを問われ、顎に手を当て考える素振りをみせながら答えたのは──


「アイリを食い殺していいのは、…………私だけだから」


 という、ただ一択だった。

 ん、なに、その意外そうな顔は。

 腹の傷口を食器で隠したバニーガールが、初恋メイドを救いに来ただけじゃん。

 それくらいでビビらないでよ。男の子でしょ?

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