騎士のナイト

ふたりの情事が終わった後。

しばらく二人は呆然としていた丸今後どうするかとオールドは考えていた。

すぐ近くには自分のノスフェラトゥがいる。

彼女さえいれば後はもうどうでもいい。

自分の命は彼女のためにあるとそう思っていた。

しかし彼女が危険な目に遭うのだけはどうしても許せない。

だからオールドは彼女のためにどうするかを考える。

そうして考えた結果オールドが導き出した結果が。


「王都へ行こう」


とそういう話になった。

すでにオールドの住処である村は悪魔によって焼き払われてしまった。

だからオールドが村に留まる理由がなかった。

悪魔に襲われたという話を王都の騎士団に話せば悪魔狩りが行われるかもしれないと一縷の希望を抱いたためだった。


「ぅぅ…」


ノスフェラトゥはオールドの言葉に対して何とも否定的だったがしかしオールドにそれを言うことはなかった。

彼女もまた悪魔である。

人間に近しい見た目をしているために滅多に彼女が悪魔だとバレることはなかった。

だからといって油断することなどできないが。


それでも王都へと足を運ぶのはいい考えだと彼女自身も思った。

王都に行けばより多くの人たちがいるだろう。

人がいればいるほどに彼女を狙う悪魔たちも攻め込むような真似はしないと考えたのだ。


そうして二人は王都へと行くことに決まった。

荷物などはなかった業界でふたりは衣装に身を包むとその場から離れる。

オールドがノスフェラトゥを離さないように手を握りしめて、王都への道へと歩き出した。


「止まれ、貴様ら」


声のする方に、オールドたちは目を向ける。

白金の甲冑に身を包む、騎士たちの姿があった。

その先頭には、自分たちが何者であるかを示す旗が握られている。

十字架に、二振りの剣を差し込んだ紋章。

それは聖典教騎士団のエンブレムである。

そして、そのエンブレムの下には、番号が割り振られていた。

番号は17番。王都キングダムを守護する聖典教騎士団は、10番から下が王都の守護をする王属騎士団であり、それ以外の番号は王都周囲の散策と、最寄りの村付近の護衛を行う郊外騎士団である。

この騎士団は、王都周辺を散策しながら、悪魔の姿を探しているらしい。


オールドは泥の前で膝を突いた。

階級が上である騎士団に無礼な真似をすれば、如何に納税をする村人であろうとも不敬として処罰されてしまう。


「騎士の皆様、私は決して、怪しいものではありません」


オールドはそう言って、騎士たちに敬服する。

オールドの行動を見てか、ノスフェラトゥも腰を下ろして屈んだ。


「貴様は、何処の村のものだ?」


騎士は訝し気に聞いた。

その言葉に、オールドは記憶を巡らせて、苦しい表情をしながら、騎士にいう。


「私は、廃教会近くの村の出でです。村は、悪魔によって殺されました、私たちは、悪魔から逃げてきたのです。今では、私と、妹のルインのみです」


そう告げると、騎士たちはどよめいた。

まさか、悪魔が村を滅ぼしたなど、と、そう恐れおののいている様子だ。

その恐れを抱いている騎士たちに、オールドは首を傾げる。

聖典教騎士団は、対悪魔の為に結成され、神の恩恵を受けた武器を扱う。

その実力は悪魔に匹敵すると聞くが、そんな彼らが、なぜ其処まで驚き、恐れているのかと、頭を下げながら不思議そうに思っていた。


「それが本当であれば、我々は審議を確かめる必要がある、村に案内せよ」


騎士の軍の中心から、身なりの綺麗な騎士が出てくる。

どうやら、その騎士団の団長であるらしい。


爽やかな笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。

その表情に、ノスフェラトゥは身を震わせる、何処か恐怖のようなものを、その男から感じ取ったらしい。


「分かりました」


オールドは頷いて、ノスフェラトゥをおぶさろうとした。

彼女は足腰が弱いから、馬に乗る騎士たちの速度には付いてこれないだろうと思った。

すると、騎士団の団長がノスフェラトゥを見ながらオールドにいう。


「その娘は私の馬に乗せよう、そうすれば、貴様も気苦労が無いだろう」


と、一見優しそうに聞こえる言葉、しかし、その裏には何か含みがあるように思えた。

ノスフェラトゥはじっと、オールドの方を見ていたが、オールドは頷いた。


「騎士団の馬に乗らせてもらえるなんて、名誉な事だ、ルイン、乗せてもらいなさい」


オールドは、ノスフェラトゥに対してそういうと、渋々と、騎士団長の方へ向かう。

そして、オールドはノスフェラトゥの脇に手を掛けると、彼女を持ち上げて、騎士団長の馬に乗せた。


「では、駆けよ」


騎士団長がそう告げるとともに、馬が速足に動き出す。

それと同時に、オールドも走り出した。

騎士たちは、オールドを見ながら笑みを浮かべている。

常人ならば、馬の動きに対して足を合わせるなどという事は出来ない。


騎士たちは、農民であるオールドの苦悶の表情を見てバカにしようとしていたらしい。

それは、周囲の散策という時間、騎士たちにとっては暇なものだった。

その暇つぶしとして、村人をバカにする事があった。

そうする事で、彼らの心は充足に満ちる事が出来るからだろう。

しかし、オールドは走り続ける。

騎士たちについていき、息ひとつ欠く事なく、むしろ、騎士たちの先頭に立って、こちらだと命令するのだ。

常人が、馬の速度に合わせて走れるはずがなく、馬の持久と同じであるはずもない。


明らかな超人体質、それを見た騎士たちは信じられないと、そう思っていた。


そしてオールドたちは数時間かけて自らの村へと舞い戻った。

そこは見るも無残な状況であった。

建物は崩壊し炎によって焼き崩れていた。

燃えクズとなったその物質は人間によるものか建物によるものか分からない。

それほどまでに炭化していた。


その光景は人が見れば目を覆いたくなるものになってしまうがそれ以上にその村から発する異臭に対して騎士団の連中は鼻を思わず抑えたくなった。


「これは本当に悪魔がやったことなのか…」


騎士の一人がそう言って周囲を見回す。

ビクビクとしている騎士はどうやら悪魔がこの近くにいないのか怯えている様子だった。

騎士団長が馬を走らせながらその周囲を見回した。


「…どうやら悪魔はそばにはいないらしい」


そう言って騎士たちを落ち着かせるように言う。

その言葉を聞いた義姉たちは一瞬の安堵の表情を浮かべた。


「なんと言う事だろうか…よりにもよって…こんな」


そういって騎士団長は哀れ悔やむような表情を浮かべる。

そしてその他の騎士たちの方へと歩み寄ると小声で喋りだした。


「迷惑な事だ…」「我々にこんな事件を…」「面倒だな…」


それは決してオールドには聞こえないほどの小さな声だった。

すぐ近くにいたノスフェラトゥは馬から降ろされるとトコトコとオールドの方へと歩み寄る。

そしてノスフェラトゥはオールドの体を強く抱きしめた。


「あぅ…」


まるで気色の悪いものでもずっと触れられていたかのような怖気を浮かばせる表情をオールドは感じ取った。


「あの騎士団長に何かされたのか?」


ノスフェラトゥに伺うようにオールドはそういうが、彼女はあまり言語が上手くないのでただ首を縦にうなずくほかなかった。


「俺のルインに何をしたんだ…?」


ノスフェラトゥが一体何をされたのかオールドには到底分からないことだったがそれでも騎士団長が何かしたという事実だけは理解できた。

一体何をされたのだろうか。

オールドはそう思いながら段々と騎士団に向けて疑心の目を向けるようにしていた。

それと同じように騎士団もオールドの方に目を向ける。

それは何やら厄介事に巻き込んでしまったな、という苛立ちも合わせ持つような視線だった。


しかしお互いにその不満を口にするような真似はしなかった。

なんともつまらなそうな表情をしながら騎士団長は自らの騎士団に向けて命令をする。


「悪魔が出ないかこの辺で見張りを行う、今夜は村の近くで野宿をするぞ」


その命令に対して騎士団たちは萎縮していた。

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