死のデス

戦禍のウォーが、オールドたちの気配を感じ取っていた。


「やはり、人間とは醜い存在だ、自分の命欲しさに、逃げる事しか出来ないのだからな」


戦禍のウォーが手を振るう。

彼の腕は変形して、武器となった。

それは、薄く細長い針の様な刃だ。

何処までも伸びて、森林地帯に向けて振るうと共に、薄い刃は森林地帯を超える程に伸びていき、刃が樹木を切断して、森林が全て伐採された。

倒れる樹木、予め、座っていたオールドとノスフェラトゥは、戦禍のウォーが振るった刃の軌道線より下に居た為に肉体を真っ二つにされる事は無かった。


「っ、大丈夫、か…ルイン」


オールドはそう言って、ノスフェラトゥの方を見る。

彼女はオールドが体を使って抱き締めていたので、無傷には等しい状態であった。

ノスフェラトゥは顔を上げて、彼の顔を見た。

自分の事よりも、他人を心配する彼の表情に、ノスフェラトゥは呆然と見つめている。

羨ましいと思っているらしい。

誰かの為にここまで自分を犠牲にしてくれる人間が居るなんて、それは素晴らしい事なのだろうと、彼女は思っていた。


逃げようとするオールドに対して、早々と脚を踏み出して跳躍しながらノスフェラトゥの方へと向かう戦禍のウォーが、オールドの方へと移動した。


そして逃げ場を潰すように、オールドの前に立つ戦禍のウォー。


「貴様が抱くそれは、返して貰う、我らが魔王に必要な存在だ」


魔王という言葉。

それよりも、オールドが反応して立ち上がる。


「…返してもらう?…俺の、ルインを、悪魔が、俺の、宝物を奪うというのか…?」


立ち上がるオールドに対して、戦禍のウォーは真面な表情で見据えている。


「ふざけるな、俺の、宝物は、奪わせない」


悪魔に対する恐怖よりも、二度と、大切な存在を失ってしまうという恐怖が打ち勝つ。

彼女を奪われるくらいならば、ここで死んだ方がましだと思える程に。


「奪わせない、ならば立ち向かえ…それが出来ぬから、奪われるのだろうが」


戦禍のウォーは、オールドには期待していない。

オールドをほかの人間と同じように殺そうと考えていた。


「くっ…ルイン、っ」


オールドは、彼女を抱き締める。

最後まで、彼女を離さない様に体を強く、彼女の命を優先するように、戦禍のウォーの盾となる。


「所詮愚者…死ぬが良い」


戦禍のウォーの手に握り締められた斧が、腕から垂れる金属質の体液に絡まり増長していく。

そして両手斧に変わると共に、オールド共々、ノスフェラトゥを切り裂いた。

体が真っ二つになる二人。


「がはっ…」


オールドは下半身がちぎれて倒れる。

ノスフェラトゥは顔を苦痛に歪ませるが、それだけだった。

彼女にとって痛みとは慣れたものだったからだ。

痛みを阻害するように、彼女は、オールドの方を見ている。

何処までも、オールドはノスフェラトゥの方に手を伸ばしていた。

自分の命よりも、ノスフェラトゥの事を思っている様子に、彼女は心打たれた。

この人間は、自分のために尽くしてくれると、そう思ったのだ。


「さあ、魔王の元へ行くとしよう」


体が半分になったノスフェラトゥの髪を掴んで、四足歩行で移動する戦禍のウォー。

嘆息を残して、オールドの死体に視線を移す事なく歩き出した。


森林地帯を抜ける。

空は雲のまま、しかし、何処か明るい。

薄暗い朝が終わり、昼前になっていた。

戦禍のウォーは、真っ二つにされたノスフェラトゥの髪を掴みながら歩いている。

彼女の体は下半身が消え失せていたが、血液が傷口に覆われていて、じゅぐじゅぐと腐った果実の様に、ぶよぶよとした肉体が形成されている。

不死という名がつく以上、ノスフェラトゥは死ぬことができない悪魔だ。

粉微塵になっても、彼女は再生してしまうだろう。

だから、彼女を杜撰に扱っても良いのだと、戦禍のウォーはそう思っていた。


このまま、森賢のプラントが居る拠点へと向かい、合流すれば、後は戦禍のウォーの仕事は終わりである。

今回の仕事は、まったく気骨のある人間とは出会えなかったと、戦禍のウォーは思った。


近く、辺境に近しい場所であるのに、教会が見えた。

悪魔は決して入れぬ神聖な場所、しかし、すでに神が見放した場所なのだろう。

建物は所々破損しており、風化していた。廃となっていた。

その証拠に、戦禍のウォーが近づいても、教会は悪魔を拒絶しない。


聖典教騎士団や、悪性除去病棟へと足を踏み入れて暴れてみようかと、戦禍のウォーはそんな事を考えながら歩いていた矢先、ふと足を止めて振り向いた。


何気なく、気配を感じた。

弱弱しい、今にでも死んでしまいそうな気配、しかし、そこから放たれる気迫は、死を迎えようとする者の眼光ではない。

振り向き、そこに立つ人間の姿を目にしたとき、戦禍のウォーは目を見開いた。


「…バカな、人間、貴様は確かに我が殺した筈だ」


目の前に立つ男。

体中から血を流しながらも、オールドの体は、分裂していながらも確かに繋がっている。


「かえ、せ…かえせ…おれ、の…俺の…」


瞳孔は開いている。

ゆっくりと歩きながら、オールドは戦禍のウォーへと近づいていく。


「…血、それがお前を生かしている…そうか」


戦禍のウォーは、不死のノスフェラトゥを見る。

オールドの肉体を活動させているのは、彼女の肉体から乖離した血液が、オールドの肉体に循環している為だ。

体を真っ二つにされたオールドだったが、傷によるショック死ではなく、気絶で済んだ。そのまま、出血死になるはずだったオールドの体だが、不死のノスフェラトゥの体から流れた血液が、意思を持つ生物の様にオールドの血管へと入り込んで心臓を無理やり活動させて、血液を操作して手足を繋げたのだろう。

これによって、オールドは住んでのところで死ぬ事はなく、ノスフェラトゥによって生き返らされた。

その後、彼女の血が入った彼の体は、自然に彼女の場所へと追ってきたらしい。


「成る程、死して尚、立ち向かうと言う意思…その気概は見直してやる…貴様は他の人間とは違うらしい」


戦禍のウォーは、不死のノスフェラトゥを投げ捨てる。

地面に体を叩きつけた彼女は、ゆっくりとオールドの方に目を向けた。


「俺、おれの、大切な、ルインを、ぞんざいに、扱うな、お前、おま、ぇっ」


体から吹き出る血液。

前進すると共に、戦禍のウォーもオールドの方へと向かう。

髪を掴まれたノスフェラトゥも、目を覚ますと共に、其処にオールドが居る事を確認した。


「ルイン、たすける、からなぁ…俺、が、っ」


息を吐きながら走り出す。

悪魔である戦禍のウォーを倒そうとする気概が伺えた。

戦禍のウォーはそこで初めて、オールドという人間、その個体を認識する。

これはただの人間ではない、目的のために自分の命を擲つ事の出来る勇者であると。


「良い、良いだろう、人間よ、貴様は我と戦う資格を得たり、来るが良い、目的のためならば、我を超えてみせろっ!」


そう叫ぶ戦禍のウォーなど、どうでも良かった。

しかし、彼女を、不死のノスフェラトゥを救うためには、戦禍のウォーが邪魔だった。

だから、オールドは力の限り地面を蹴った。

邪魔な存在は倒す、そして、彼女を守る為に。


「素手でやるか、勝てるか、それで我にっ!」


素手、そう戦禍のウォーは言う。

だが違う、オールドは素手ではない。

戦禍のウォーは其処を見誤っていた。


オールドの体は、不死のノスフェラトゥの血液によって結合されている。

しかし、それでは肉体の重さによって傷口が塞がらず崩れやすくなる。

だから、ノスフェラトゥの血は、ある物質を素材にして彼の肉体を強化した。


「俺の、ルインを、離せ、ぇ!!」


オールドの手、皮膚が千切れて血が舞う。

骨を破壊して神経を千切り、そこから生えるのは、黒色に濁る体液。

それは、戦禍のウォーが、オールドの体を切り裂いた両手斧の残骸。

元々、オールドが所持していた手斧を返す様に、戦禍のウォーがオールドに残した武器。

手斧から両手斧へと強化した際の、戦禍のウォーが流す体液を媒介に、ノスフェラトゥの血が戦禍のウォーの体液を支配し、オールドの体に補強として使用したのだ。


腕から生える巨大な斧の刃。

戦禍のウォーはその刃に対して完全に油断していた。

人間如きが、その様な悪魔の如き権能を持つはずがないと高を括っていた。

勇者など、人間を認めていたわりに、彼の心底にはやはり、たかが人間だと、バカにしていたのだろう。

体を縦に真っ二つにする一撃。

戦禍のウォーは、その一撃を受けて膝を突く。


「お、おぉぉお…」


自分が死ぬとは思わなかったのかも知れない。

オールドは荒々しく息を吐きながら、戦禍のウォーから、ノスフェラトゥを奪い返した。


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