夢のドリーム

彼は、つらい現実から目をそむける様に、幸せな夢を見ていた。

一面の花畑、そこでは、オールドと、ルイン、そしてリィフが居た。

ルインは花畑の真ん中で、楽しそうに花冠を作っていた。

草原に敷かれた布の上に座る、リィフの姿、彼女の腹部は、丸く膨らんでいて、オールドとの子供を孕んでいた。


『兄さん、冠』


ルインの言葉に、オールドは首を垂れてルインの花冠を受け取る。


『オールド、ルイン、ごはんにしましょう?』


バスケットの中から取り出して来たのは、パンだった。

色んな具材を詰め込んだ、一生に一度は食べてみたい、柔らかなサンドウィッチ。

それを受け取って、オールドは頬張る。

三人、楽しく、いつまでもずっと、共に暮らせると、オールドは思っていた。

けど、何故だか、オールドは胸騒ぎを起こしている。

こんな日常が、いつまでも続くはずがないと、自分がそう思っているようで。

そして、これが現実ではなく、夢であると、そう思った。


『…ああ』


こんなにも、おいしいと思えるサンドウィッチが、彼の舌には、味がしなかった。

一度も食べた事のないサンドウィッチの味、体験した事がない彼が、その味を知っているわけがない。

そして目の前にサンドウィッチがあったとしても…現実であるのならば、味がある筈なのだ。

しかし、これにはその味がない、つまり、これは夢であるのだ。


「…あ、ぁあ」


建物が燃えている。

戦禍のウォーが噴き出した炎によって、この建物にも引火したらしい。


「…ルイ、ン、リ、ィフ…」


体には、壁を突き破った際に木片が体に突き刺さっていた。

頭部を強く強打していて、彼の頭部からは、血が流れている。

体の痛みを手で抑えながら、建物から脱出する。

外は冷たい空気で満ちていた、それはどうやら、雨が降っているらしい。


それでも、建物に引火した炎は消える事なく、燻るように燃えていた。

オールドは、手斧を掴みながら歩き出す。

先ほど、狼男が居た場所に向かうと、血の海が出来ていた。

その周囲には、人間の破片が散らばっている。

この中に、ルインの姿もあるのだろうが…オールドは見て見ぬフリをした。


「違う…ルイン、は、生きている…逃げた、逃げる事が、出来たんだ…」


そう呟きながら彼女たちを探す。

彼の視界には、ルインが着ていたであろう衣服が散らばっていたが、それを現実として受け入れたく無かった。


リィフの元へと戻り、オールドは一点に集中しながら歩き続ける。

近くには、人間がプラントに栄養素を吸収されて骨と皮だけになった干物が転がっている。

オールドは発狂しそうになっていた。


「違う、リィフは、あそこに、居ない、居ないんだっ…きっと、どこか、何処か、にっ!」


オールドは否定する。

本当ならば分かっているのだろう。

ルインは狼男に殺されて、リィフはプラントによって殺された。

もう二人はこの世界には存在しないという事実。

オールドの大切なものは全て居なくなった、という事に。


「違う、違うぅ!るぃんっ!りぃ、ィふ…ぁあああ!!」


叫びながら、オールドは手斧を握り締めて周囲を見回す。

雨が弾幕の様に人の姿を遮る。


「生き残りが居たか」


オールドに声を変える偉丈夫の声色。

その声に反応する様に、オールドは後ろを振り向くと。

そこには、この村を焼き払った戦犯、『戦禍』のウォーが立っていた。


「さあ、戦え、人間よ、その勇姿を我に見せつけよ」


姿を視認したオールドは、恐怖など覚えなかった。

その戦禍のウォーの腕には、一人の少女が捕まっていた。


「ルイン…リィフ…きっと、そうだ、どっちか、だ」


一筋の希望を抱くオールドは、戦禍のウォーに向けて手斧を振るう。

戦禍のウォーは手斧を顔面で受け止めた。兜が割れて手斧が食い込むと、ウォーは手を少女を手放して手斧を掴む。


「ふ、ははっ、向かうか、勇者よ、素晴らしい、勇気あるものを我は待ち望んでいた、来るがいい、勇者よ」


手斧を取り除くと、戦禍のウォーに出来た傷口が修復されていく。

そしてすぐさま元に戻った所で、戦禍のウォーが周囲を見回すと、そこにはオールドも、戦禍のウォーが捕まえていた少女すら消えていた。


「どこにいった?」


すでに、村から離れていき、オールドは全力疾走をしながら少女を抱き寄せる。

そして森林の中へと逃げると共に、オールドは息を吐いて少女を確認する。


「ルイン、リィフ…俺、だ。俺っ…」


少女は目を覚ます。

その少女の姿は、ルインでもリィフでも無かった。

灰色の髪に黒色の瞳を持つ少女。

光を失った視線が、ゆっくりとオールドの方に向けられた。


「…」


その姿を確認したオールドは、そこで完全に心が折れてしまった。

自分が助けたのは、赤の他人であり、ルインでもリィフでもない。

そして、その二人はおそらく、すでにあの村で殺されたのだと、再確認した所で、オールドは笑う。


「は…はは、ははは」


そして、オールドは再び、少女に向けて手を伸ばして、髪を軽くなでる。

雨に濡れた髪を、自分の手で水気を拭い、そして再び笑う。


「ほら、やっぱり…生きてた、はは…良かった、ルイン…」


優しく、オールドは少女を愛を以て抱き締めた。

オールドは壊れてしまった、ルインでも、リィフでもない彼女を、自らの妹、ルインとして認識してしまったのだ。


「…」


ノスフェラトゥはゆっくりと目を開ける。

目の前には、知らない人間の顔が其処にあった。

ノスフェラトゥは、恐怖に怯えた。

彼女の生き続けた歴史、人間に迫害を受けた悪魔の記憶を思い出して恐れた。

その場から逃げようとしても、彼女の力ではオールドの手から逃れる事は出来ない。

それもそうだろう。彼女は『不死』のノスフェラトゥ。

恐らく、ほかの悪魔よりも長く生き続けた生物であり、彼女の能力、全知全能が不死に特化している。

そして、その不死の力以外は、彼女は平均以下の力しか所持していない。

幼年期の子供と押し合いをすれば確実に負ける。

駆けっこであれば、全力で走っても数十歩程度で息が切れるだろうし、あまりにも遅いから早々に彼女を抜き去る事も可能だ。

それほどまでに弱い、ノスフェラトゥとは、弱者の頂点に君臨する女王だった。


「ぅ、ぁ」


オールドから逃れようとしていたノスフェラトゥ。

しかし、彼の表情を見て、次第に彼女は逃走意欲が削がれていく。

オールドは涙を流していた、安堵する様に、彼女の存在を心から望んでいる。

顔を見るだけで、ノスフェラトゥは察した。

この人間は依存しても良い存在なのだと。


ノスフェラトゥは弱い。

誰かが守らなければ、彼女は一人で満足に生きる事も出来ない。

だから必然的に、ノスフェラトゥは誰かの傍に居る事が当たり前になりつつあった。


「ん、ぅ」


甘えるように、オールドの胸に顔を埋める仕草をするノスフェラトゥ。

オールドがどれほど自分を許容してくれるのかを確認する。

すると、オールドは手を伸ばして、ノスフェラトゥの頭を撫でる。


「怖かったか?…そうだよな、悪魔が来たんだ、震えてしまうのも無理はないよ…でも大丈夫だ、ルイン、俺が傍に居る、ずっとお前を守る…俺の命を捨てても、な」


オールドの言葉に、ノスフェラトゥは頷いた。

どうやら、オールドという男は自分を何者かと勘違いしているらしい。

そして、オールドは、その誰かの為に命を捨てるのだと。

そう聞いて、ノスフェラトゥは羨ましく思った。

その誰かの為に自分の命を捨ててくれる存在がここにいる。

もしも、自分がその誰かではなく、ノスフェラトゥという悪魔である事が知れ渡れば…オールドは自分を否定するかも知れない。


誰かに捨てられる、それは肉体よりも精神的に痛みを覚える行為。

ノスフェラトゥは、出来る事ならば、…捨てられたくないと、そう思っていた。


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