終話 ただ前だけを見据え

 まず、バサラが先陣を切る。

 抜き身の刀を大きく振りかぶり、背の高い男の体を袈裟懸けに斬ろうとした。しかし当然の如く、男の刀によって弾かれる。

 カンッという金属音が響き、滑らせるように空を斬った男の刃がバサラの衣を斬り裂く。幸いにも肌には届かなかったが、バサラは背中から冷や汗が噴き出すのを感じた。


「バサラ!」

「オレは大丈夫! それよりもっ」

「くっ」


 バサラの心配をした武士たけしの前進を阻む小太りの男は、変わらず無言で小太刀を引き抜いた。体格に似合わず素早い動きの男に懐へと入られそうになった武士たけしは、すんでのところで抜いた太刀によって難を逃れる。

 傷を負うことはなかったが、武士たけしは生まれて初めて死を実感した。顔を青くする武士たけしを見て、小太りの男はニヤリと気味悪く嗤う。


「お前、怖がってる。戦ったことも真面まともにない、小姓無勢か? 噂は噂、というわけか」

「怖がってなんて、いられるか!」


 ケタケタと嗤う男に腹が立ち、武士たけしは無茶苦茶に太刀を振り回すが一向に男には当たらない。それどころか、余裕を持った男が振るった刀の切っ先が腕を傷付け、鮮血が舞う。


「つっ!」

「お前、弱いな。木織田の陣にいる子ども、強いと聞いていたが。お前ではなく、あっちか」

「ま、待て!」


 武士たけしの制止を無視し、男が向かったのはバサラの方。当のバサラはもう一人の背の高い男との斬り合いに必死で、更なる敵の存在には気付けない。


「バサラ! ……っくそ!」


 歯噛みし、武士たけしはどうすべきかを懸命に考える。信功たちを呼びに行くことも頭をよぎったが、そんなことをしている間に敵に背後を取られるに違いない。


(どうする?!)


 決めるまで、一秒もない。武士たけしは半ば無意識のうちに、背中の矢筒から矢を取り出した。それを弓につがえ、狙いを定める。

 狙うのは、こちらを弱者として全く意識していない小太りの男の背中。音もなく息を吸い、武士たけしは弓を目一杯引いた。


 同じ時、バサラはもう一人と交戦していた。背丈の差もあり、どうしても押される。

 男は背丈を活かし、刀を高速で振り下ろす。バサラはそれを躱すのに手一杯だ。もししくじれば、片腕や悪くすれば半身が飛ぶ。


「ほら、木織田の子どもは所詮子どもか? 最近入った新入りだろうが、もう虫の息ではないか」

「ふざ、けんなよ! オレはまだ諦めちゃいない!」

「そのようだが……俺の刀を弾き返してみろ。そうすれば、我が主、蒙利もうりの小姓くらいにはしてやろうか」

「誰がっ」


 蒙利の手の者だと言う彼らは、現在木織田の領地を狙う者たちだ。

 列島の西側に広大な支配領域を持つ蒙利が今回狙いを定めたのが、目と鼻の先にある小国・烏和里であったという顛末である。広大な領地のわりに金山や銀山など金属採掘場を持たないため、他国との交易によってそれを得ているのが現状なのだ。

 現蒙利の殿様は、そんな交易を煩わしく思っているらしい。過去にも何度か攻めてきた、と信功は苦い顔をしていた。

 蒙利支配下の男に抗おうと、バサラは力が入らなくなってきた足下を踏ん張り、歯を食い縛る。しかしぷるぷると震えるだけで、相手の刀を弾くことは出来ない。


「そら、これで終わりだ。逃げようとしたって無駄だぜ?」

「なっ……」


 男が指差した方向を見た時、目の前に切っ先が迫っているのを知った。武士たけしと戦っていたはずの小太りの男が、こちらにやって来たのだ。

 絶体絶命か、と思ったバサラは固く目を閉じる。


 その時だった。

 風を切る矢の音が鮮明に聞こえ、何かを突き刺す。


「ぐっ!?」


 目を開けた時、バサラの首と胴体は繋がっていた。その代わり、足下に小太りの男が転がっている。

 何が起きたのかわからず顔をしかめると、もう一度弓矢が放つパンッという音が聞こえた。


「な、んだと!?」

「バサラ、戻るぞ!」

「今の……武士たけしが!?」


 もう一人の刺客をも射倒し、武士たけしは呆然とするバサラの腕を引いた。


 泥だらけ血だらけの二人が陣へ戻った時、勝敗は決していた。

 木織田は、領地を守ることに成功したのである。勿論、信功と光明は無事だ。更に、小四郎たちも明るい顔で陣の方へとやって来る。

 戦場は血と肉のにおいに満ちていたが、確かに烏和里は守られたのだった。


 ⚔


 その夜、館ではささやかな宴会が催されていた。怪我人や死んだ者も多いが、最低限の勝ちを得られたことは大きい。館の侍女や家人たちは、いそいそと武将たちの間を抜けて行く。

 そんな中、武士たけしとバサラは和姫の部屋に通されていた。ここは喧騒からは遠く、静かだ。


「お二人が無事で、心から安堵致しました」

「オレはもうダメだって思ったけど。まさか、あそこで武士たけしに助けられるとはな」


 刺客として放たれていた男二人を倒した武士たけしを小突き、バサラは軽快に笑った。

 彼に対し、武士たけしは顔を赤くして俯く。


「おれはただ、必死だったんだ。それに、武器を取らずにに戦うっていう自分の決意を自ら破ってしまったしね」

「だとしても、オレはお前が機転を利かせてくれなかったら死んでた。……ありがとな」

「……バサラが無事で、よかったよ」


 真っ直ぐに感謝を伝えられ、武士たけしは照れた。

 昔からこうだ。バサラはいつでも真っ直ぐで、素直な少年だ。対する自分は引っ込み思案で、いつもバサラの背中を追いかけて来た。

 しかし、いつまでもそれではいけないのだと気付いたのはいつだっただろうか。武士たけしは中学生になった頃から、バサラを一つの目標としてきた。いつか、彼と肩を並べて歩けるように。

 だからこそ、自分がこの世界に来たことで変わって来ていると感じる。それが、武士たけしは嬉しく思うと共に、更に上へと願う。

 願わくは、無二の親友と共に。


 頬を掻く武士たけしと楽しそうなバサラ。二人を見守っていた和姫は、茶せんを操りながら朗らかに微笑んだ。


「……お二人をお呼びして、本当によかったです。父上から先程聞きましたが、お二人が父上と光明様のお命を救って下さったのでしょう?」

「救ったというか、あれは光明さんが」

「そうそう、言っていたよな。光明さんが警戒しろって言ったって」


 和姫に礼を言われ、武士たけしはそもそもの要因を伝える。光明が命じなければ、あの一戦は存在しなかった。もしかしたら、あの二人組に自分も殺されていたかもしれないのだと。

 武士たけしの説明に対し、和姫は首を横に振る。


「光明様は、以前兵法の書の中で同様の場所における危険を知ったそうです。ですから、予防的にお二人を送ったのだとか。怖い思いをさせた、と悔いておられたようですよ」

「そんな! おれは、そのお蔭でようやく生きるために戦う決心がついたのに」

「……光明様は、あの一件でお二人のことを信じることにしたそうですよ。明日にでも、お話しなさってみてはいかがでしょう?」

「そうしようぜ、武士たけし。オレも、兵法っていうの学んでみたい」

「ああ、そうしよう」

「では、今宵はわたくしに付き合って下さいな。お二人のことを、そしてわたくしのことを互いに知りたいのです」


 そう言って、和姫は茶をたてた椀を二人にそれぞれ差し出した。茶菓子と共に、穏やかな宴が開かれる。


 武士たけしが軍師として光明の後を継ぎ、バサラが天下無双の武将と呼ばれるようになるのはまだまだ先のこと。

 これは、彼ら二人が烏和里から列島を統一する、その第一歩に他ならない。

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婆娑羅を夢見る武士の戦記・始 ~気弱と豪胆の幼馴染二人組は、今日も戦国の世を駆ける~ 長月そら葉 @so25r-a

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