第3章 別れた道

第7話 新たな道~バサラの場合~

 朝起きてから顔を洗い、汗をかいた洋服を脱いで用意されていた和装に着替える。はなだ色のはかまと白い直垂ひたたれを身に着けた。それらを着るのは初めてだったため、バサラと武士たけしは互いに教え合いながら見様見真似で服を身に着けた。

 朝食は白飯と漬物、そして菜っ葉のおひたしに味噌汁だ。パリポリという音をさせ、大根の漬物をおいしそうにご飯と共に食べる武士たけしを見ながら、バサラは具だくさんの味噌汁をすすった。

 武士たけしの服装も、バサラとよく似ている。違うのは、袴の色が縹色ではなく浅葱あさぎ色であることくらいだ。


「バサラ、今日から克一さんのところで戦い方を学ぶんだろう?」

「ああ。詳しいことは、たぶん現地で説明されるだろうからいいけど。武士たけしは?」

「おれは、光明さんのところに行ってみようと思う。……自ら先陣を切る覚悟はまだないけど、じっとしてても始まらないしな」

「そっか」


 食事を終え、膳を下げる。侍女には置いていけと言われたが、台所までは持っていかせてもらった。

 一度部屋に戻るという武士たけしと別れ、バサラは昨日のうちに聞いておいた克一がいる鍛練場へと向かう。


「広……いな」


 克一たちの勇ましい声が聞こえ始め、バサラはふと立ち止まる。

 鍛練場は、館を出て少し歩いた山中にある。木々を切り開いて造られた広い空間の中に、数十人の男たちが二人一組で木刀を打ち合っていた。

 カンカンカンッという木刀同士があたる音と、汗と土のにおいが混ざり合う。

 バサラが克一の姿を探せば、鍛練場の端に仁王立ちしている姿を見付けた。


「克一さん!」

「ん? おお、バサラ。来てくれたか」

「招いてもらって、ありがとうございます」


 大きく手を振り駆けて来たバサラに、克一は豪快な笑顔を見せた。自分よりも小柄なバサラの頭をわしゃわしゃと撫で回し、バサラに「止めてください」と悲鳴をあげられる。

 ギャーギャー叫ぶバサラの反応が楽しいらしく、克一はバサラの束ねた髪がほどけそうな程構い倒す。

 しかしそんな克一の手を、横から掴んだ者がいた。彼は溜め息をつくと、克一を睨み付ける。


「嫌がってるでしょ、将軍」

小四郎こしろうか。これはだな、歓迎の意を示すための儀式で……」

「ありがた迷惑ですよ。……っと、突然すまなかったね」

「い、いえ」


 克一を黙らせた青年に謝られ、バサラはブンブンと首を横に振った。

 小四郎と呼ばれた青年は、武士たけしと同じくらいの背丈で、つり目がちな目は涼やかだ。これはモテるだろうなとバサラが考えていると、小四郎は克一の手首を離してからバサラと目を合わせた。


「僕は小四郎。克一様の側近を務めさせて頂いてるんだ。きみが噂のバサラ?」

「噂の?」

「そう。お館様の命を救い、今度は僕らと共にこの国のために戦う武士になろうとしている少年だって、昨日から噂されているんだ。知らなかったのかい?」

「昨日は必死だった……でしたし、武士たけしと一緒でしたから」

「ああ、きみの幼馴染だそうだね。武士と同じ字を書く名を持ちながら、戦うことを好まないとか。……この烏和里が最も今欲しいのは一人でも多くの武士だろうに、姫様は一体何をお考えなんだろうか?」


 小四郎は腕組みをして少し考える様子を見せたが、自分がバサラに見詰められていることに気付いて我に返った。バサラの眉間にしわが寄っていることに気付き、肩を竦める。


「怒ったのか?」

「オレの幼馴染を侮辱しないで下さい。確かにオレとは向いている方向が違うかも知れません。だけどきっと、何処かで道は交わります」

「僕は幼い頃からずっと、克一様のもとで鍛錬を続けて来た。だから、戦う以外のことをほとんど知らない。だから……お前が克一様に認められるくらい強くなったら、お前の幼馴染のことも認めてやるよ!」

「……武士たけしはあんたのことなんて関係ないだろうけどな」


 自ら脳筋なのだと暴露し、小四郎はバサラに対して指を差す。

 バサラは今頃別の場所で頑張っているであろう幼馴染にことを思い出し、彼は小四郎の承認など求めないと思い付く。ふと口に出た言葉は小四郎には聞こえていない。


「バサラ」

「はい。――おっと」


 自分を呼ぶ声に振り返ると、克一が一本の真新しい木刀を手にして立っていた。振り返ったバサラが返事をすると、克一はひょいっと軽々しく木刀をバサラに向かって放り投げる。

 取り落とすことなく木刀を掴んだバサラを満足げに見て、克一はすっと彼が投げた木刀を見詰めた。


「あの、これは?」

「今日からお前が使いこなさなければならない木刀だ。いつ戦が始まるかわからないからこそ、普段から使い方に慣れていることが重要だ」

「使いこなす……」

「ま、戦で使うのは真剣だがな。それに、我は戦に出ることは叶わぬから、ここでの指導のみになるが」


 昔、戦で怪我をして左腕を思うように動かせないのだと克一は笑った。だからこそ館の管理を任され、後輩の指導を買って出ている。

 バサラは腕に収まった木刀を正眼に構え、かるく素振りをしてみた。まだ木刀にもてあそばれるような危うさを持ちながら、バサラは毎日のように刀を振る鍛錬を始めることになる。

 初陣はまだ先だと誰もが思っていた。しかし、時は全く容赦しない。


「まずは小四郎を倒せ。こいつは口ばかり達者だから、弱いと思われやすい。だが、本質は誰よりも強さを追い求める武士だ」

「――はい。手合わせお願い致します」

「こちらこそ」


 周りには、新入りの力量を見定めようと多くの若手武士が集まり始めている。克一は彼らに鍛練に戻れとは言わず、少し離れた所で成り行きを見守った。

 ザワザワと耳障りな言葉や会話が聞こえる中、バサラは目を閉じて深呼吸する。雑音を排除し、ただ目の前の青年に意識を集中させた。

 ニヤリと笑った小四郎の胸を借りるつもりで、バサラは使い慣れない木刀を真っ直ぐ振り下ろした。



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