南国少女の想い

 小倉彩音おぐらあやねは沖縄の海沿いにある街で育った。

 幼いころから強い日差しの照りつける砂浜で遊ぶ。それが彼女の楽しみだった。

 子供たちと鬼ごっこすることもあれば、大人に混じってビーチバレーやビーチフラッグをすることもあった。

 この頃の彼女は挫折とは無縁である。

 勉強も運動も人並み以上にできた。友達も多かった。

 学校で剣道を教えている父の勧めもあり、小学校1年から剣道を始めた。

 もともと運動神経も良かった彼女は、地元では負け知らずだった。

 挫折とは無縁だった人生も、いつかは終わりがくるものであった。


 全国総合体育大会、通称全中。彩音は多少なりとも苦戦しながらも、優勝を果たすことができた。

 そのときが彼女の剣道人生で一番の幸福な瞬間だったと言えるだろう。

 しかし、そんな幸せはいつまでも続かない。


 彩音は中学を卒業後、京都の豹宮女子学園に入学した。京都府の中では一番の強豪校と言えるだろう。

 偏差値の高いお嬢様学校。世間ではそんな評価を得ていた。スポーツと学業の両方に力を入れており設備も充実している。

 しかし、この学園。偏差値は高いのだが、何かと癖の強い生徒が多い。

 イケメンに目のない風紀委員、かわいい顔をして男をいじめるのが好きな飼育委員、彼女と同じ1年の剣道部員にはこんなメンツがいる。

 別に高校デビューを狙ったキャラ付けとかではない。むしろ猫をかぶってその本性を隠しているのだから恐ろしい。

 彩音はこの癖の強い生徒たちに困惑しつつも剣道部に入部することとなる。


「そんじゃ、練習前に一人ずつウチと稽古してくれや」


 優しそうに京都弁で話すのはキラキラと輝く金髪の女だった。

 色白でシミ一つない肌、出るべきところは出ていて、引っ込んでいるべきところは引っ込んでいる、まるで高貴な女神像のような体形。空のように青い瞳。


 大和撫子とは対極の美しさを持つ女だ。


 この金髪美女は自分たちの1個上の先輩だ。顔だけ見れば剣道部というよりもバレー部やバスケ部といったイメージがある。

 剣道も立派な体育会系、ましてや入部したばかりの新入生に、先輩に逆らうという選択肢はない。

 新入部員たちは一瞬困惑したがすぐに好戦的な笑みを浮かべた。彼女たちも強豪出身というだけあってか自分の実力に自信をもっている。このお高くとまった女優顔負けの美女への嫉妬も若干あったのだろう。

 1年生たちはすぐに防具を着て先輩と向かい合った。

 甲高い声と竹刀を打ち合う音が道場に響いた。


「はい、ウチの全勝やな」


 彩音は面越しに先輩を見た。先輩も面をつけているので表情は分からない。


「ええなあ、今年の1年は豊作や」


 彩音は惨敗した。3本中1本も取れなかった。彼女の同級生たちも驚いているだろう。なんせ全中制覇の小倉彩音が1本も取れずに全負したのだから。


「小倉、アンタはちょっと運動神経に頼りすぎやな。だから返し技に弱いんよ」


 返し技とはボクシングでいうカウンターのようなものだ。剣道にも、相手の動きに合わせて繰り出す返し技がある。


「もっと慎重に攻めたほうがええよ」


「はい、ありがとうございます」


 心底不服ではあったが、剣道は礼節を重んじる武道。

 アドバイスをくれた先輩に彩音は頭を下げた。


「そういえば、名前言ってなかったな、ウチは山本カレン。よろしゅうな」


「小倉彩音ですよろしくお願いします」


──この先輩を絶対負かす。


 小倉彩音は負けずぎらいだ。

 背面服従とはまさにこのことを言うのだろう。

 彼女は絶対に次は先輩を負かすことに決めた。

 彩音はその日の夜、好物のサーターアンダギーをどか食いした。

 そのせいで体重が増え、さらにカレンを逆恨みすることになった。




 最初にひと悶着あったものの、彩音はそれなりに部員とも仲良くなり始めた。

 恋人がいないということを除けばかなり順調な高校生活といえるだろう。


「あっ宗ちゃんや」


 更衣室で着替えていると、まるで好きな俳優を見つけたような嬉しそうな声を発する女がいた。山本カレンだ。彼女はスマホを横に持ち動画を見ているようだった。


「好きな俳優の映画でも見てるんですか?」


 彩音は下着姿のまま、カレンの背後に回り込むと彼女の手に持っているスマホを見た。


「ちゃうちゃう、ウチの好きな人や」


「え?」


 彩音は驚いた。豹宮女子学園において恋愛はあまり一般的ではない。たまに他校の彼氏を作るものがいるが、それはかなりレアケースだ。

 そして、スマホに移っているのが黒髪の美少女だということにも彩音は驚いている。おそらく取材を受けているのだろう。何かの部活動の取材だ。


「先輩ってですか?」


 女子校で同性愛に目覚めるとは聞いたことあるが、身近な先輩がそうなるとは思わなかった。


「男やで、宗ちゃん」


「え?」


「ほら、男子剣道部ってタイトルにあるやろ」


 カレンはそういうと全画面モードを終了した。すると、動画のタイトルや視聴回数、関連動画などが表示される。


【体の作り方 鋒山学園高校 男子剣道部】


 動画のタイトルはこうなっている。


「マネージャーとかですかね?」


「男やって言うとるやろ……普通に上脱いでトレーニングしているところあるで」


「こんな美少女が脱ぐなんてヤバイですよ、動画削除されますよ」


「宗ちゃんは男や、ギリセーフやと思うで」


 自信なさげなカレン。

 ゆるいウェーブのかかった長い黒髪、やや垂れた大きな黒い目、バサバサにの伸びた睫毛、無駄な脂肪なんて一切ない細身の体。

 見ただけではとても男とは信じられない、こんなにかわいい顔をした男がいるのかと彩音は珍獣を見るような目で宗ちゃんを見る。


「へえ、先輩ってこういう可愛い系の子が好きなんですね」


「あっ、それって鋒山男子のやつ?」


「あそこってイケメン揃いだよね~」


 ぞろぞろと剣道部の生徒たちが集まってくる。イケメンに弱いのは女子校生ならば仕方のないことではあるが、こうもぞろぞろ集まってくると怖いものだ。


「宗太郎くんもいいけど、日野谷くんもいいよね~ モデルみたい」


「イケメンと美少年ばっかで目の保養だわ~」


「うん、てかすごいキレイな子いなかった? なんか外人っぽい子」


「あの銀髪の子だよね! 目も青いしハーフかな?」


「なんか猫みたいでカワイイ!」


 そんなふうに盛り上がっているうちに時間になったので一同は慌てて部室から出る。今日は顧問である北村から集合がかけられたのだ。これからミーティングではあるが練習に備えて防具を持っていく。

 顧問である北村結花きたむらゆいかは、現在30歳の女性教師だ。小柄で童顔なせいでよく高校生に間違えられる。性格は優しいのだが、部活に対してはかなりのスパルタで有名だ。剣道部の面々は彼女を怒らせないようにしている。


「みんな~ お疲れ様、この間の練習試合も良かったわね~」


「はい! 先生の指導のおかげです!」


 部長が代表していった。


「みんな、最近頑張ってるし私もご褒美をあげようかな~と思ってるの」


 ご褒美という単語に何人かは期待に目を光らせた。


「なんだと思う?」


「お菓子……ですか?」


「ぶっぶー、違いまーす」


「焼肉とかですか?」


「うん、肉食なウチらしいわね~ でも違いまーす」


 にこにこ笑顔の北村に生徒たちは次々と答えを言っていく。しかし、どれも不正解。生徒たちの顔には不満がにじみ出ている。


「もう降参です、正解は何ですか?」


「答えは~ あのイケメン揃いの鋒山学園男子剣道部との合コンでーす!」


「先生、一生ついていきます!!」


 剣道部全員の声がそろった。


「やったー! あの美少年と一緒に過ごせるの!?」


「私メイク見直さないと」


「あっ……建前上は合同合宿だからね~ ちゃんと真面目に剣道もするのよ~」


「夜はワンチャンありってことですか?」


「ちゃんと、合意を経てね~」


「大丈夫なのかな? この剣道部」


 小倉彩音ははしゃぐ一同を呆れたように見つつも、ミーティング後にスマホで黒華怜也くろはなれいやの記事を見るのであった。


 

 

 


 




 

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