鬼ごっこは終わらない

「結局、犯人は捕まったてさ」


 放課後のファミレス。注文したパフェを待ちながら、冬花とうか宗太郎そうたろうの話を聞いた。冬花は帰宅部、宗太郎は今日は部活がオフの日である。


「へえ、そうなんだぁ。良かった」


 にっこり微笑む冬花。


「ホント、この町の警察が優秀でよかったよ」


 今朝のニュースで、刀を盗んだ窃盗グループが逮捕されたということが報道された。彼らは、海外のマニアたちに日本の美術品を売り飛ばす商売をしており、今回も刀を海外に売り飛ばすつもりだったという。しかし、監視カメラと目撃者のよる情報から、彼らの身元が判明し、逮捕に至ったのだ。


「宗くんも大変だったね~ 警察の人にあんなに質問攻めにされて」

「それは仕方ないよ、それが警察の仕事だもん」


 宗太郎は手元のコップを手に持ち、水を一口含んだ。


「それにしても、見つかってよかったね。宗くんの刀」

「あれはぼくの刀じゃないよ」

「まあ、それはそうだけどさ」

「だけど、本当に良かった。あの刀はなかなか手触りが良かったから、気に入ってたんだ」

「ふうん」

「それにしても、寺から賽銭だけじゃなくて刀を盗もうだなんて、罰当たりにもほどがある奴らだよ」

「そうだね~」


 放課後のファミレスには穏やかな時間が流れていた。宗太郎の周りにも学生たちがおり、彼らは明日のテストや部活の大会についてわいわいと話している。


「あ、せっかくだし、宗くんの袴姿の写真撮れば良かったな~」

「ごめん、僕ちょっと写真撮られるのは苦手だから」


 宗太郎は困ったように苦笑する。


「え? そうなの?」


 冬花は意外だと言いたげな顔で、目を見開く。

 文武両道、容姿端麗なクラスメイト。どんなときも背筋を伸ばしており、堂々としている。そんな宗太郎の意外な一面を見て、冬花はどこか嬉しそうに微笑んだ。一見、隙の無いように見える男子の弱みを自分だけが知れたような嬉しさがある。


「でも、部活の写真撮影とかどうしてるの?」

「全神経を注いで笑顔を作ってるよ。正直、剣道の試合よりも神経使ってるね」

「そ、そうなんだ」

「ちなみに同じ剣道部の安海ってやつがSNSに僕の写真挙げていいか?って聞いてきたときは、全力で拒否ったね。それでも撮ろうとしたから写真がブレるように顔を全力でカメラからそらしたよ」

「そんなに嫌なの?」

「うん、なんていうか……レンズを向けられるのが嫌なんだよね」


 そんな話をしていると、横から若いウェイトレスが「お待たせしました。アップルパイと唐揚げになります」と言って、料理を持ってきた。


「唐揚げは僕で、アップルパイは彼女です」


 宗太郎は手を挙げて言うと、ウェイトレスは料理を宗太郎と冬花の前に置いて去っていった。ウェイトレスが宗太郎をチラチラと見ていたのが


「いただきます」


 宗太郎につられて冬花も手を合わせた。その瞬間、スマホの呼び出し音が宗太郎のズボンのポケットから鳴り響く。宗太郎はごめんと一言添えて立ち上がるとファミレスの外に出た。ファミレス入り口の前で、宗太郎はポケットからスマホを取り出し、通話ボタンを押した。


「もしもし」

「もしもし、俺だ」

「哲司。なんの用?」


 電話の向こうにいるのは、織田おだ哲司てつじ。宗太郎と同じ、剣道部の2年だ。鉾山高校剣道部2年のまとめ役のような存在である。


「良いニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」


 電話越しの哲司の声には、どこかからかうような笑みが含まれている。


「悪いニュースからお願い」

「悪いニュースは2つある。お前、モデルの白川冬花と交際してるって噂が流れている」

「は?」

「ネットに記事が出てるぞ『モデルの白川冬花がお寺でお忍びデート?』だってさ」

「あとで冬花に言っとくよ……もう一つは?」

「剣道部の竹刀が盗まれた」

「大問題じゃん! そっち先に言ってよ!」


 宗太郎は叫ぶ。普段剣道の練習で声を出しているおかげでその声はかなり響く。近くを通りかかった子供たちがびくりとしながら宗太郎のほうを振り返る。


「良いニュースは?」

「俺に彼女ができた」


 心底嬉しそうな哲司の声。


「よし、竹刀を盗んだ犯人を捕まえに行こう。明日学校で」


 真剣な顔で話す宗太郎。


「おい、スルーするな」


 宗太郎は通話終了ボタンを押すと冬花に事情を説明するためにファミレスの中に戻った。


 夕焼けが空をオレンジ色に照らしていた。

 雲一つない空は、明日の天気は晴れになることを予感させる。


「冬花、僕たちが付き合ってるってネットのニュースになってる」


「うん、知ってるよ。ごめんね~。ちゃんと事務所のほうにも言っといたから大丈夫だよ。『まだ付き合ってません』って」


「うん、ありがとう」


 のほほんとした声でいう冬花。そんな彼女の言葉に一瞬引っ掛かりを覚えながらも、宗太郎は目の前にある山盛りの唐揚げを箸で食べ始めた。


 このあと、冬花と付き合っているという噂が学校にも流れて、氷高アンナと命がけの鬼ごっこをすることになるとは予想だにしない宗太郎であった。


 






 


 

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