「天の川の火曜日」(第30回)

小椋夏己

天の川の火曜日

「約束しよう、これから今日と同じ毎週火曜日の夜、天の川を見上げるって」


 女は男の言葉を黙って聞いていた。


「それは星ではいけないのかしら」

「星は見える場所と見えない場所があったりするからね。もしも南半球に行ってしまったら北極星は見えなくて困るじゃないか」

「まあ、そうね」

 

 ちょっとふざけたような男の言い方に、女はくすりと笑って答えた。


「でも天の川なら北半球でも南半球でも見えるんだ」

「そうなの?」

「うん、そうなんだ。だから、天の川なら世界のどこにいても一緒の空を見上げることができる」


 明日、男は出征する。

 

 戦況はかなり悪くなっていて、今、この時になって招集されるということは、もう生きては帰れないかも知れないということだ。


「分かったわ、火曜日の夜、天の川を見上げるわ」

「うん。世界のどこにいても日本での火曜日の夜の時間に僕も天の川を見上げるよ。そしてその地の夜、もう一度空を見上げる。この先が君につながっているのだなと思うよ」

「分かったわ。きっとあなたが元気で見上げてくれていますように、そう祈りながら見上げるわ」

「ありがとう」


 そうして二人で一緒に天の川を見上げた。

 それが二人にとって最後の夜となった。


「今日は火曜日だね」


 女は今も火曜日の夜になると一人で空を見上げる。

 雨の日も雪の日もどんな天気でも見えても見えなくても天の川を。


 時は21世紀、日本の御代は令和となった。昭和は遠くなってしまった。

 でもやはり、遠い地で自分たちと同じような約束をする人がいるのかも知れない。


「もう誰も天の川を見上げて泣くことがありませんように」


 今、女が祈るのは男の無事ではない。

 自分と同じ思いをする人が一人でも減りますように。

 みんなが笑顔で天の川を見上げられますように。

 そしていつか、今度は天の川の上から、二人並んで川を見下ろせますように。

 

 たった一人でその日まで、毎週毎週、約束したように空を見上げてそう祈っている。


 

 


 

 


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「天の川の火曜日」(第30回) 小椋夏己 @oguranatuki

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