第29話 僕への非難の後始末

 実のところ様々な慈善団体などに寄付をしていたのは母の提案で、実は僕は少し不満だったが結果的には良かったと思ったよ。そもそも、みどり野製菓から“いのちの喜び”の権利料として年に1千万円入っているし、また、今開発中のWPCの権利料も入っているから金には困っていないからね。


 結果的に言えば、僕は無欲な優しい少年ということになって、ネットの評価でも文句を言う奴はいなくなった。WPC製造㈱の記者会見を受けて、日本政府も官房長官からのB社と永豊議員への非難声明を出した。


 政府は随分週刊Bには煮え湯を飲まされてきたから嬉しかったようだね。B社からは、親会社の社長から母に面会の打診があったけどすげなく断った。2回目だもんね。世界中からの非難、それも雑誌社への廃刊要求、議員への辞任要求という最も重いペナルティの要求を伴ったものは結構応えるよね。


 むろん、記者会見の様子はUチューブを通じてネットにアップされたが、新聞、テレビのニュースとしても大きく扱われた。それは必ず、雑誌社への廃刊要求、議員への辞任要求が入っている。


 弱り目に祟り目というけど、そうなるとうまくいかないもので、雑誌社に対しては切られたライターなどから内部告発が出始め、それを同業他社が書くという状況が起き始めた。ネタを集める段階で、かなりひどいことをやっていたらしく、刑事告発もありうる案件がいくつか浮かび上がってきた。


 永豊議員にはむろん支持者はいるが、彼女を非常に嫌うものも多く、本人もそれを承知で目立つ立場を買って出ている面があった。それが、マスコミのあおりにうっかり乗ったのが裏目になった形である。


 いずれにせよ、アメリカ大使からの公の場での辞任要求というのは穏やかでないが、抗議しようにも世界中から押し寄せる辞任要求の前に押しつぶされてしまった。

 所属する民主党も、永豊議員個人にこれらの非難が向いている間に、庇うか党として謝罪するかで割れていたが、どちらもリスクが大きすぎ、結局個人の問題として静観することになってしまった。


 そして、最大の問題は医療用のWPCの供給停止という異常事態の責任がこの2者にあるという認識になり、この事態を解決するには2者が動く必要があるということだ。

 結局、記者会見でWPC製造㈱が求めているのが、『お前らが謝って供給を再開してもらうしかないよ』ということだし、海外からも早く何とかしろということだ。


 早めに結論を出して動いたのは、週刊Bであり、まず親会社の文集社の社長が、編集長と共に僕と母に会って謝って勘弁してもらおうと動いたが会うのをあっさり断られた。そこで、まずは一方的に謝罪の公表である。


 これは、プライオリティを誤っていた。ごめんなさい、2度としませんと述べたものだ。さらに日本の企業お得意の第3者委員会を立ち上げて、他に吹き出した問題を含めて原因を探りだして再発防止に努めます、との公表を行った。だから、早くWPCの生産を開始してね。そして廃刊は勘弁してくださいということだ。


 永豊議員は悩んだ。何かで謝罪することは彼女のスタイルにはない。それに、彼女にしてみれば、今回の件は週刊Bと僕にはめられたようなものだ、という思いがある。そもそも、彼女が非難しようがどうしようが、やっていることを止める、止めないは本人の問題だ。だから、自分のせいにするのは明らかにおかしい。


 さらには、彼女もあっさり僕が製作を止めると宣言して、もらった金を返すとは思いもよらなかった。それだけの収入を諦められるとは思っていなかったのだ。さらに、最大の読み違いは医療用WPCの重さである。その供給が止まることが、世界にどれほどのインパクトを与えるかに気付けなかった。


 事実、彼女を『人殺し』と非難する声が海外からは数多く上がっている。まさにプライオリティを解っていなかったと言われても仕方がないと深いため息をついた。かつては派手なパフォーマンスで絶大な人気を誇った彼女であるが、その人気は大きく陰っているのは承知している。


 さらに党内でも、国会で強硬な論陣を張って強面で押してきたが、人望がないことにも気付いている。結局党として、彼女を庇ってこの問題を扱うつもりがないというのもその表れである。彼女に取れる道は、僕に謝ることしかありえない。現に党からはそれはきつく念を押されている。


 ただ、それが辞任を伴うものか、どうかというだけであるが、辞任すると言っても引き留めるものはいないだろうと思う。そして、1年後の次回の選挙において自分の当選は怪しいと思っている。


 彼女は決意して、党幹部と協議して了解をもらった。考えていたように、惜しむようなことを口では言っているがほっとしているが見え見えだ。そして忌々しい思いを堪えて記者会見を行った。


「先日、私が浅香修氏に対して、医療用WPCの製作にあたりWPC製造㈱より報酬を受け取ることを非難した形になったことをお詫び申します。その重大さ、大事さに気づけなかった私の認識の誤りでした」


 そう言って、カメラに向かって深々と頭を下げた。

「そして、そのように判断を誤った私は議員の資格がないと思うに至りました。従って、私は参議院議員の職を辞すこととして、先ほど大矢議長に辞表を提出して参りました」


 そこで一旦言葉を切ってカメラを見つめてはっきりと言った。

「そのことで、浅香修氏には私の謝罪を受け入れて、医療用WPCの生産を開始していただくことをお願いします」

 彼女は、再度深々と頭を下げた。


 次は儀式として、WPC製造㈱の野上社長が僕のところを訪れて、改めて情報流出のお詫びと、再発防止策の説明を行って、僕がそれを受け入れたところで、社長がWPC供給再開のお願いをするということになる。


 まあ、人の命を人質にはできないよね。だから、僕はWPCの製作は続けていたよ。当然野上社長も素材が変わらず僕の家に届いているので、生産が続いていることは承知している。


「いや、ご迷惑をおかけしました。今回の発端はわが社の管理の甘さにありますので、改めてお詫びします」


 わが家の母屋の応接室で、ソファーに座る前に野上社長が改めて頭を下げた。こういうのが苦手な僕は、それに手を前に出して振って言葉を返した。アジャーラも横に立っている。


「いやまあ、頭を上げて座ってください。今回のことは気分は良くなかったですが、まあある意味禊にはなったですね」


 それからソファーに座ったところに、お手伝いで働いている近所のおばちゃんである山中さんが紅茶を持ってくる。一口飲んだところで、野上社長が口を開く。

「いやあ、肝を冷やしましたよ。まさかお金まで返してくるとは思わなかったですから」


「いや、本気であることを示さないとね。産業としてのWPCの製造には、活性化する人の人件費がきちんと費用にならないと困りますからね。ただ、どうしても才能によって極端な収入の差が出ますから、専業では無理な人も出てきますよね。そこが問題ですね。


 僕も医療用WPCの活性化ができる人がいないか、随分いろんなところを回って調べましたが、中々いないですね。姉が間もなくのところですが、1年経っても活性化できる数は僕1/3~1/5というレベルだと思います。その点ではアジャーラが1年経てば僕と同等になる可能性があります」


「本当ですか!それは有難い。なにしろ、海外からの要望が強くて弱っているんですよ。命に係わるだけに無下にはできないですからね。姉さんのさつきさんができるようになると、これも有難いですなあ。年に200とか300台とかやっていただければ随分違います」


「ところで、処方の進行はどうですか?日本を一通り終えて、海外ということですが、海外をシャットアウトしていることで、だいぶ風当たりが強いいようですが、どんなものですか?」


「うん。日本人の50%を終えた程度の進度です。処方の計画が公になり本格的に始まって1年強ですから、もはや世界に情報は広まっています。だから、ちょっと処方をこれ以上は日本に限定するのは無理ですね。

 だから、今文科省と外務省で海外への処方の計画を組んでいます。でも、押しかけてきている者が多いのも現状です。特に近くて情報も入りやすく日本に自国民が多い、韓国、中国、ベトナム、フィリピンというあたりから続々と来ています。


 それにアメリカからも欧州からもアフリカ、南米も皆ですよ。最近では、そうしたアジアに限らず日本に来る便はほとんど満席です。今年の来日者の人数は7千万人位行くんじゃないでしょうかね。

 まあ、わが国ではWPCの導入である程度失業者もいますが、この処方で食っている人も多いようです。大体、一人5万円くらい取っているようですねえ。でも、WP能力の有用性はともかく、知力の増強の効果は知られていますので、インテリ層にとってはそれが魅力のようです。


 大体は観光がてらで、処方自体は1日あれば終わりますから、2~3日滞在して帰るのが普通みたいです。処方されてもWP発現までの期間短縮はやはり皆求めていて、循環促進のために循環飴と当社で作っている循環棒が必要です。まあ飴が1個100円で最低で150個、循環棒が1万円ですか。

 日本に来る人にとってはそれほどの負担ではないですね。ただ、彼らが他の人に処方をするには、これも当社で作っている処方促進のWPCが必要です。これが10万円ですから、ちょっと大きいですけど、半数ほどが買って帰っているようです。自国で稼げますからね。それに我が国も手が省ける」


 野上社長の言葉に僕が応じる。

「うん、循環棒は繰り返し使えるから、その国にあるものを使そうので、そのうち売れる数は落ちるだろうけど、飴は処方を受ける人毎に必要ですよね。また、海外から人が入ってきているのもあって、“いのちの喜び”は海外でも売れ始めたらしいですね。みどり野製菓の生産は月1千万枚で変わりませんけど、日本製菓の生産は月間7億枚を超えて、今や2億枚以上が輸出だそうです」


「ふーん。1枚400円として月間2800億円か、すごいですね。ところで、アジャーラさん。日本の居心地はいかがですか?私としては早く慣れてもらって沢山医療用のWPCを作ってもらいたいものです」


 そう言って野上は笑う。

「ええ、快適ですよ。学校も楽しいし、家での生活が何より快適ですね。家は奇麗だし、清潔だし電化製品がそろっているから本当に家事が楽です。とりわけ毎日風呂にはいれるのがすごくいいです」


「学校が楽しい?そうだろうね。日本語が達者だものね。日本語は読み・書くのが大変と言うけれど、その辺はどうかな?」


「ええ、ひらがな、カタカナ、漢字とあって大変です。でも、読むのにそれほど苦労はしなくなりましたが、書くのはまだ駄目ですね」


「でも、凄く進歩が速いよね。それで、CR-WPCとIC-WPCの活性化はどうかな?」

「これは、日々少しずつ進歩しているのを感じます。大体1台を1時間位で活性化できるようになりました。でも、オサムみたいに連続してできませんので、1日に3台が限度ですね」

 そこで僕も口を出す。


「アジャーラのいいところは一発で刻めることです。まだ遅いですけど、最初に比べれば倍くらいの速さになっています。あと1年すれば随分違うと思いますよ」

 そこで、野上が話題を変える。


「ところで、修君はK大技術研究所に関わっているよね?というか研究所は君主導でできたらしいじゃないか?」

「まあ、そう言えばそうですね。それで?」


「ああ、開発ができたWPCについてはわが社を通してくれているので、それはいいのだけど、それらの開発の段階を把握していないのは問題だと思ってね。わが社も積極的に開発をするべきだと思うのだよ。それで、研修の意味も含めて研究所に人を送りこみたいのだけど、可能かな?」


「むろん、一定のセキュリティ資格を持った人なら、全く隠していませんからいいですよ。ただ、お守りをしなきゃならない人は勘弁してください」


「ああ、それは大丈夫だよ、うちの技術部は優秀な人材が揃っているから。中でも開発志向の最優秀な人材を送り込むよ。ちなみに、建物内のWPCを使った熱利用システムはほぼ完成したようだけど、水処理の方はどうなったのかな?海外から海水淡水化で話があったんだけどね」


「うん、特定の有害物質を除去するWPCには除去した物質の処分で苦戦していますが、海水淡水化の場合、塩は海中なりに戻して、淡水だけを取り出せばいいのであまり難しくはないですよ。というより、そのWPCは出来ていてもうありますよ」


「ええ!それは大変なことだよ。僕は、今後世界は水問題で揉めると思っているんだ。特に中東とかでね。それが、海水の淡水化ができれば、話が全く変わってくる。いや、先日ね、日本に来たサウジア国の人と話をしていて、その話が出たんだ」


「ええ?産油国?でも、彼らは発電WPCを開発した日本を敵視しているのじゃないですか?」


「うん、それはそういう面もあるけど、彼らはすでにそういう状態であることを受け入れている。それに我が国も、完全にWPC方式に変るまでの過渡期をやはり石油でしのぐ必要がある。だから無下にもできないのさ。彼らも近い将来の大きな問題としてコストを掛けない水の確保を急ぎたいのだ。


 それで、WPCで何とかならんかということだ。そして、それができれば、おそらく世界でそのWPCの需要は莫大にあるし、どうせコストも最小だろうから何といっても恩を売れる。

 日本だって、離島とか沖縄、それに福岡かな、これらでは莫大な費用をかけて、膜方式の海水の淡水化を行っている。だから、有害物質の除去も必要だと思うが、海水淡水化の方が需要は大きいと思いますよ」


「ふーむ、なるほど。海水の淡水化ねえ。考えようによれば、海水中の有価物の採取も考えに入れる必要があるなあ。特に肥料として必要なカリウムとか」

 僕は言われて考えて、少しお留守になっていた水処理に少し注力することを考えた。ちなみに、WPC製造㈱からは一旦返還した金はまた払ってもらったよ。

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