第23話 WPCの活用方法の拡大1

 僕は、さつき姉さんから言われて、人に会うために作業小屋で待っている。と言っても、医療用のWPCを作っているわけだからいつもの通りだ。今日、土曜日の16時の訪問ということだが、姉さんは東京に行ってその人に会って連れてくるらしい。


 帰ってくる時間の割に早く出かけて行ったなあ。相手はK大のマスターの院生らしいが、姉さんが処方をしたことで出会ったそうで、その後もいろいろ接触があるという。姉さんにも春が来たのかな?だけど、マスターの学生と言えば、年は少なくとも5つ以上歳上になる。でも、まあ範囲内か。


 どうも来る目的が、研究の相談に乗って欲しいということだが、さてどういうことか。姉さんから言われる以上、断るという選択肢はない。でも姉さんは、その真中という人が僕に会いたいということで機嫌が悪かった。自分だけに会うべきなのに、僕にも会いたいということに怒っているのかな?


 しかし、最近の姉さんは前みたいに僕の頭を殴らなくなったから、恋を知った乙女はしおらしくなったのかな。乙女ねえ(笑)。ちなみに、後に親しくなった真中さんが、最初に出会った姉さんが“愛らしい”と思ったと言ったので、思わず吹き出した僕は悪くないと思うよ。


 16時を少し過ぎて、門の前に人が来たというチャイムが鳴って、映像が室内のスクリーンに映っている。人が門に接近してくると、センサーが家の人にチャイムで知らせて、カメラがそっちを向いて映像を送ってくるのだ。映像は姉さんと背が高く逞しい男性だ。


 我が家の周りには、高さ2mのワイヤーフェンスが張っていて、きっちりセンサーを巡らせていて、テレビカメラが4台で見張っており死角はない。出入りは玄関前と、意心館に繋がる裏口になって、中から自動開閉を行うか、出入りするメンバーに家族の者がいる時は自動で開く。ただし、脅されている時など、任意で開けないようにすることが出来る。


 その上に、WPCによる検知装置で、悪意のある者の検知が出来るようになっていて、その警報はWP能力者である家族全員に響く。

 WPC技術がT大を中心として拡散したことから、相対的に僕の重要性が減じて危険性も薄れたという判断から、我が家のガード体制は少し緩んできた。そのため市内に駐屯していた専用部隊は解散され、村山警察署内に専任2人が配置されて、直行できる機材が与えられている。


 2人で足りない場合は他の警官がサポートするのだ。そのために、村山警察署の人員は増強されている。だから、我が家のカメラの映像はその警察署でも共有されているし、フェンスを破るまたは登ろうとすれば、我が家と警察署で警報が鳴り渡る。


 また、我が家に隣接して意心館道場があって、そこには夜間でも5人以上の猛者がいる、というより住んでいる。そして、そこの猛者、またはみどり野製菓の警備部の者が、我が家の住民が出かける時はそれぞれに護衛に着くことになっている。我が家の警備体制は、結構厳重でしょう?


 今日は母さんが家にいるので、お手伝いの綾部さんは来ていない。だから、同じ映像は母も見ているはずだ。姉がいるのでゲートが開き、2人が入ってくる。姉さんは、少し華やいだワンピースに、上着を羽織り、少し化粧をしている。


 横の男性は、身長が160㎝を少し切る姉さんより20㎝以上は高く、肩幅もあって逞しく精悍な顔立ちではあるが、今風のイケメンでなく僕が親近感をもつレベルだ。姉さんがT大で処方をしていたのは、もう1年近く前だから、相手もすでにWP能力は発現しているはずだ。


 2人は玄関に向けて歩いていく。姉さんのボーイフレンド?たる者、まずは母さんの面接を潜り抜ける必要がある。僕は、姉に作業小屋にいると伝えているので、あえて関知しないというか、火中の栗を拾うことはしない。


 しばらくの面談の後だろう、ノックの音に映像で姉と先ほどの男性であることを確認して、僕はロックを解く。そして、マイクで「どうぞお入りください」と丁寧に言う。ドアは基本的にはロックをかけており、確認しないと入れないようにしているのだ。姉がドアを開いて、相手を中に通してドアを閉じる。


 小屋の中の土間に立った2人の前に立ち、男性に僕は頭を下げて挨拶する。

「初めまして、姉さつきの弟の修です。どうぞ、散らかっていますけど、靴を脱いで上がって下さい」


 作業小屋はフローリングの板の間になっていて、スリッパを履くようになっている。

「やあ、始めまして、真中信一郎です。今K大のマスターの2年ですが、今日までT大での集中講義に参加していたんですよ」

 真中さんはおおらかに言って、スリッパに履き替える。


 僕は、姉と真中さんを、入口に近い方の作業台に向かって椅子に座ってもらい、向かいに座る。

「修は、朝からWPCの活性化?」

 姉が先に口を開くのに応じる。


「うん、ウズベキ行きの後遺症でね、ノルマを満たせていないんだ」

「へえ、修君は医療用のWPCを活性化しているんだ。他の誰もできないことが出来るとは羨ましい」


「うーん、そうなんでしょうが、本音としてはノルマがきつくて大変なんですよ。なにしろ、常々人の命が掛かっていると言われていますからね」


「うわ!それは確かに大変だ。まあ、そのような状況に時間を取らせては申し訳ない。率直にお願いするけど、僕はメカトロニクスが専門なんだけど、ドクターコースでの研究テーマに悩んでいるだ。

 それで、WPC絡みでなにかヒントが無いかなと思って、さつきさんにお願いして会わせてもらったんだ」


 真中さんは僕の目をまっすぐ見て言う。僕はなるほどと思った。確かにいくつか実現したいけど、時間に追われてやれていないものがある。


「そうですね。当面やりたいと思ってやれていないテーマが2つありますけど、メカトロニクスらしいと言えばこっちかな。それは、今実用しているWPCはすべて電気をエネルギー源に使っています。でも、WPCは本来熱を吸収して機能していたんですよね」


「え!熱を?じゃあ、エアコンに……」

「そうです。だから、夏は熱を吸収するようにしたB-WPCでEXバッテリーに電気として貯める。そして、冬は逆にEXバッテリーまたは外からの電力を使って、そのB-WPCから熱を吐き出させ暖房する。

 出来ることは間違いないのですけど、自動化やら含めて装置化が面倒くさい。メカトロニクスというのとは少し違うけど、どうです。実現すればそこそこ需要の高いものになりますよ」 


「うん、なるなる。それは面白いと思うよ。是非やってみたいな」

「そうね。あまりT大ばっかりも問題だものね。僕が今までやってきたことのデータを渡すのでやって下さいよ。いいでしょう、それは。姉さん?」


「うん、真中さんが良いと言うのなら、私もぜひお願いしたいわ。ちなみに、私もK大に行くつもりよ」

「へえ、姉さんがK大か。京都だね、いいな、京都。姉さんが居れば行き易くなるものね。それに真中さんも口実を作って下さいね」


「ええ、それはもちろん。でも、さっき言った熱吸収で電気に変換するシステムについて、今までやってきたと言ったね。出来たら出来たところまで、見せて欲しいな」 

 真中さんが言うが、まあ当然だ。


「そうですね。あたり前だな。どんなものかは早く知りたいよね。じゃあ、説明するけど時間はいいですか?」

「ええ、その点は東京の友達のアパートに転がり込むので大丈夫ですよ」

 

「じゃあ、隣の格闘技道場“意心館”の上に空きがあるから、泊まればいいわ」

 今度は姉、さつきが言う。


「ああ、さつきが言っていた道場か。上に道場生と館長が住んでいるという」

 おお!何と、呼び捨てだ。


「ええ、2人は泊まれるようになっているのよ。家では気を遣うでしょうから」

「じゃあ、申し訳ないけどお願いしましょうか」 

 姉の誘いに乗る真中であるが、そのあたりは学生の気楽さだ。その後、僕はまとめていた回路をコンピュータから打ち出し、試作のWPCなどを見せて説明した。


 要は、家庭を想定して、その屋内の熱を吸収して小型のB-WPCによってEXバッテリーで電気に変換することはできる。そのバッテリーを使う方法としては、単にバッテリーに貯めるか、あるいは引き込み電力と並行して家庭の消費電力に当てるか、熱と電力の収支を考えてそこをどうするか。


 また、電力をWPCで逆に熱に変えて暖房とすることはできるが、これはヒーターなどより遥かに効率のよいものになるものの、入力の10倍の電力を生み出すB-WPCほどにはならない。いずれにしろ、バッテリーを組み合わせて夏は電力を生み出し、冬はその生み出した電力または外部電力で暖房するシステムを考えている。


 まあ、エアコンみたいなもので、家庭内の温度コントロールを外部電力に頼ることなくやるということだ。そのあたりで、熱から電力への変換効率、電力からWPCを使った熱の発生量など、効率の見極めと売電との関係、温度の自動調節など結構ややこしいので、自分ではやりたくても時間がないということだ。


 ただ、実用化できれば、全ての家庭向けに、夏は電力消費無しで電力を生み出すという、エアコンの代わりになりかつ発電機になるもので、巨大なマーケットになる。とりわけ常に暑い熱帯とかでは極めてメリットが大きい。


 必要なWPCの回路は大体できているので、それを提供して回路の説明をする。幸い真中さんは回路学の基本は出来ているので、それを十分理解できた。また、今作っている小規模なWPCは彼も活性化できるようだから、研究を進めるには問題はないだろう。


 回路の説明をしていると、夜も8時を過ぎて、姉さんが食事を持ってくる。なかなか、甲斐甲斐しくて僕に対する態度と大違いで、微笑ましい思いで僕は見ていたよ。


 結局、僕としてのシステムの構想も説明して、一通りの話を終わった時には夜10時を過ぎていた。姉は出たり入ったりしていた。そこで、コーヒーを飲んで一息を入れた時に真中さんが聞いた。


「ところで、考えるテーマが2つあると言っていたけど、もう一つは何かな?」

「いえ、この前ウズベキスタンに行った時に、ヒ素中毒の原因になった井戸があったのです。でもその井戸はいい水源がないところで、水量の豊富な井戸だったのではあったのですよ。

 それで、ヒ素を分離するWPCを作ったのですけど、後処理も必要で、さらに考えたら人が飲む水ですから、安全性を確認する必要があるけど、それも面倒で……」


「ヒ素を分離、それはまた。水に溶けている有害物質は取るのが難しいのですよ。僕のアパートの住民2人が同じ大学の衛生工学のマスターで同級なんです。それで、飲む席でいつも彼と彼女の口舌を聞かされているので、僕もある程度は知っているんです。だけど、結構面倒なんですよね、そんな類の除去は。どんなやり方ですか?」


「ええとね。パイプや水路の中にこんな風に網を付けて、それにWPCを繋ぐと特定の物質は通さないというものです。だから、こっちには安全な水が出来るけど、その分離した物質はその手前に残ってしまうのよね」

 僕は紙に簡単な絵を描いて説明する。


「ふーん。でも使い方次第かなあ。どんな物質でも行けるんですかね?」

「活性化するときに、その物質をそれなりにクリヤーにイメージする必要があるから、単純な分子なんかじゃないとね。だから複雑で分子量の大きい奴は無理だと思う。それと、浮遊物が多いとだめだと思うな」


「ふーん。でも使い方次第では面白いと思うし、水で困っているところは多いから、すごく有用なものになりそうだな。でも活性化のやり方なんかもあるし、専門の奴を来させるけど、いいかな?」

「うん、まあ。水は大事だよね。いいですよ、でもその人はWPを発現している?」


「ええ、それは、大丈夫だよ」

 ということで、その夜の話は終わった。だけど、翌日11時にはその人達がやってきたのだ。


 真中氏は、意心館で風呂に浸かり、ゆっくり寝たようだが、朝飯を我が家で食っている。まだ、姉さんは彼女以下だと思うのだけど、なかなか物おじしないいい神経をしている。まあ、少なくとも朴訥ではあるし、姉さん本人が気にしてしないようだからいいのだけど。


 そして、その朝食時に、今日そのK大の衛生工学の院生が来ると言ったのだが、昨晩の今日で、流石の行動力だと思ったよ。彼はその院生が待つ間に、作業小屋で姉と僕がWPCを活性化するのを見ていた。僕は相変わらず医療用のWPCの活性化で、姉さんは発電用のWPCの活性化である。


 姉さんのやっている活性化は、大出力のEE-WPCとCW-WPCであり、B-WPCより適性のあるものが少ないらしい。だから、それが出来る者は、すでにWP能力者の数は100万人を超えているのに、まだ30人台であるために、1台の活性化でお手当て5万円なので良い稼ぎになってはいる。


 また、この活性化も、人により所要時間には差があり、姉さんで1時間位だけど、普通は3時間の必死の作業らしい。僕だと15分だけどね。まあ、その時間で5万円と言えば良い稼ぎであるが、その価値からすれば安いものだろう。姉さんのノルマは月に5台だから、僕からすれば楽で羨ましいよ。


 11時ごろ、2人の若者がやって来たのをスクリーンで真中さんが確認して、姉と彼が門のところに迎えに行く。家には行かずに作業小屋に直接来るのだ。それは、長身で髪がぼさぼさの痩せた色黒の男と、小柄でぽっちゃりの色白の女のカップルで実際に恋人同士らしい。


「こちらは黒田茂樹で、私は諸屋かずみ、共に衛生工学研究室のマスターの2年です。うちら2人ともめぼしいテーマが無くて焦っているんですわ。そこに、この真中君から浅香君の話を聞いて是非!と思って朝1番の新幹線に乗って来たんですわ」


 こてこての大阪弁で、諸田嬢が滑らかに自己紹介をする。彼女は言葉の訛りからわかるように大阪で、黒田は福岡らしい。


 彼等は、WPの処方については、有力大学の大学院生と研究者に優先的かつ計画的に処方をされた割に早い時期の一員であったらしい。彼らのWP能力発現後は、彼等も政府の決めたスケジュールで、多くの人の処方を行っているとのことである。


 WPCの回路学については、学ぶ対象に相当に制限があるらしく、学んではいても全面的な開示はないということだ。要は海外に向けては情報が漏れることを相当に警戒しているようだが、自由な研究者はできないとなると、発展もないと真中を始め皆怒っている。


 その意味で、本家本元と噂される浅香家と接触できることはラッキーらしいのだよね。僕は若い研究者の彼等の言うことを聞いて、前に情報が無くて困っていたH自動車の人たちのことも考えて、この国は大丈夫かなと心配したよ。

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