第22話 WPC発電所建設の進捗

 真中信一郎は、T大の講義室で聞いた内容に興奮していた。集中講義の1日目の今日は、WPC発電システムの講義であり、最初にT電力中研究所に設置されている5万㎾の実験機の構造図の説明がされている。彼とて、火力、水力、原子力の発電システムのことは理解している。


 そして、5万㎾の実用化された実機としては、規模的にタービンを火力で蒸気を発して回転させる方式と水力によって回転させる方式で、いずれも誘導発電機の中で発電コイルを回して誘導電流を発して電力を起こすものである。それが、WPC方式では目の前に本体部分の図と写真がある直径30㎝長さ2mの銅の棒だ。


 これに、WPCを2枚取り付けて電力を供給するだけで、供給した電力の10倍もの電力を生じるのだ。このWPCは電子を発生させるEE-WPCと、電子を引き出して流すCW-WPCの2つのセットである。その2つの回路が目の前に示されて説明される。


 この発電機の本体は、5万㎾の発電機の軸の大きさ程度しかない。あのちっぽけさで、この大電力を生むのが信じがたい。火力発電に比べても、本体の小ささに加えて、大出力ボイラが必要なく、燃料供給システムも不要となればコンパクトであることも頷ける。


 水力発電は水力タービンと発電機だけを見ればコンパクトであるが、ダムを含む高圧水の給水部は極めて巨大だ。また原子力は原子炉や蒸気タービン設備は火力より規模が大きく、その危険性のために安全システムに多くの施設と莫大な費用を要する。


 従って、圧倒的にコンパクトかつ単純ということで、極めて建設費が低く、運転費は実質的に人件費にメンテナンス費のみであり、劇的にコストは低い、たぶん電力あたりの直接経費は従来の一桁以上下だろう。


 このシステムの肝はWPCであるが、WPCは良導体の金属に回路をエッチングで刻む。そしてその活性化のためには、WPに覚醒した術者が回路の各部分について理解した上で、その機能を発揮するように念じながらWPを流し込むことによってWPCは活性化される。


 その活性化のためには、回路の十分な理解と術者のWPの一定の強度が必要である。その壁が20人に一人というEE-WPCとCW-WPCを活性化できるWP能力者の割合である。真中は回路の理解はできるが、残念ながらWPの強度が足りない。


 しかし、自分の処方をしてくれた少女、浅香さつきはこれらを活性化できると言う。そして、彼女の弟の修は最も難しいという医療用のWPCを活性化できる唯一の人物だと言うのだ。ただ、彼もまだ活性化できないものがあるというが、それは異空間ポケットであるマジックバッグであるらしい。


 しかし、そんなものが出来ること自体が信じられないが、確かに回路自体はできているらしい。そして、彼女も弟の修君もまだWP能力は伸びているので、修君はマジックバッグ、彼女は医療用のWPCを活性化できると信じていると言う。


 信一郎は、メカトロニクスを専門としている。それは機械と電気・電子の融合したシステムであり、情報化が極めて重要だ。その意味では回路を刻み電力で稼働するWPCは概念的に自分の専門に近いが、人が介在するWPを使う点と、WPCが物質の分子・電子に働きかける点は大きく異なる。


 そもそも、地球で発達した科学は、WPの存在とそれが物質に直に働きかけられることは知らなかったし、目の前で実証されていないと信じることはできないだろう。その点について、T大の浅香準教授が物理学とWPを含む“意心”を融合させた科学の世界を理論的に構築しつつある。


 講義の最初での浅香準教授による彼の理論の説明は、非常に示唆に富んだものだった。浅香准教授が、浅香修君とあのさつき嬢の父親というのも非常に印象深いものがある。

 さつきは(彼女は“さつき”と呼んで欲しいと言って彼もそうしている)、最初に処方してくれる相手として会ったとき、高校2年生だったのだが、なんて愛らしい少女だと思ったものだ。


 僕は、女の子である年上のいとこにいつも弄られていて、女の子は苦手だった。女は表面はお淑やかにふるまっているけど、裏ではけたたましく容赦がない。だから、ずっと避けていたんだけど、“処方”という、ある意味かなり親密になる処置を受けていると、必然的に相手の人間性が解る。


 それで、彼女がきっぱりしているが、本質的に優しい人であること、また自分にとって好ましい人であることが判った。さらには彼女が僕に好意を持ったことも判ってしまうのだ。だから、学校を出る際に会った時、女性には臆病な自分が思わず声をかけてしまって、アドレスまで交換してしまった。


 メアド交換は彼女の方が積極的だったと思うけど、彼女は僕のどこに興味というか好意をもったのかな?それから、ちょくちょくSNSやメールのやり取りをしていたのだが、また会いたいと思って東京に用事を作って、声を掛けたら出てきてくれた。


 護衛の女性を連れてきたので驚いたけど、聞いてみると仕方がない。弟の修君はWPとWPCのすべてのノウハウを持ち込んだ人だというからね。それに医療用のWPCを活性化できる唯一の人物でもあるし。彼自身暴漢に襲われたことがあるらしいし、大事な肉親として彼女に護衛が必要なのは理解できる。


 また、2か月前には彼女が日帰りで京都に来てくれて会った。やはり護衛付きで、良くここまで来ることが出来たなと感心したけど、護衛の人を説得してのことだったそうだ。商店街をぶらついて、清水寺、嵐山など定番のところに行って、食べておしゃべりしたけど楽しかったな。


 その話の中で、彼女の頭が良くてさらに良く勉強していることも判った。彼女の話では、中学まではそれなりにいい成績ではあったらしいけど、トップクラスというわけではなかったらしい。それが変わったのは、弟さんから処方を受けてのことだそうだ。


 それで、理解力・記憶力が増すと、勉強という物事を理解して覚える作業が楽になって、次に何があるのかと、調べ理解していくのがむしろ楽しくなってきたという。僕も処方を受けて以来、明らかに理解力が増したのを感じていたから、彼女の言うことが良くわかる。


「それで、さつきは大学をどうするの?僕のいるK大学に来てくれると嬉しいな。京都は夏が暑く、冬は寒いという面があるけど、住むのと学ぶにはいい所だと思うよ」 

 僕は思い切って言ってみた。


「そうねえ。信一郎さんは今マスターの2年ですよね。ドクターはどうするの?」

 マスターと言われる修士課程は2年、ドクター(博士)課程はそれから3年なのだ。


「もちろん、いくよ。僕は研究者を目指しているからね。将来は大学に残りたいと思っている」

「ふーん。だったらK大にするかなあ。この街は素敵ね、歴史と緑と水に包まれているわ」


 その後、彼女の住む村山市の高校生の成績が突出していることが問題になって、少し心配したけど文科省が仲に入ってはっきりした対応が決まって安心した。教えられた彼女の成績なら、日本のどこの大学でも平均点以上は取れることは間違いない。


 それにしても、帰る前になって、僕に抱き着いて頬にキスをする彼女の大胆な行動には驚いた。護衛の山根さんが見ている前だよ。でも悪い気はしなかったな。それより、気になることを聞いたのが印象に残っている。


 僕のマスターの論文はもうできているけど、WPCとは関係ないその研究と違って、次の研究はWPCの関係のものとしたいと思っている。彼女が言ったのは弟さんが、WPC実用化したいものがいくつかあるのに、時間が無くて取り掛かれないということだ。だから、なにかヒントを貰えないかと、とっさに思ったのだ。


 信一郎は、午前の講義の後に、受講者と共にまずT電力中央研究所に行って、実用実験をしている試験機の見学に参加した。メンバーはT大の集中講義に出席している102人に、付き添いのT大の院生2人である。


 それは、10m四方のコンクリートベースに乗っている、最大の高さが5mほどの3つの鋼製のケースだが、これから5万㎾の電力を実際に電力網に供給している。それは、ケースはあちこち切り開かれて溶接でふさがれた跡が見えるもので、あまり完成されたようとは思えない代物である。しかし、その実体は画期的なものだ。


 最近は、マスコミにも発表されて。一躍世界的な注目の的になっている。その点を案内してくれた研究所の職員である片平が苦笑して言っている。

「まあ、注目されるのは有難いのですが、ちょっと度が外れているのですよね。断れるものは断っているのですがね」


 その言葉に、見学者の一人のO大学の講師が気を使って応じる。

「すみませんね。我々もそれに割り込んだ形で」


「いえ、いえ。大学の方々は結局、研究成果・人材の育成として返してくれるから、我々も歓迎なのですよ。先生のO大の卒業生は、この研究所にも何人もいますからね」

 案内の片平はネームプレートを見て愛想よく言う。


「でも、本当に5万5千㎾ですね。このコンパクトさで信じられない。それも、外部電力が2つのWPCで合計4千8百㎾ですか。実質5万㎾を越えていますよね。他にはコストは掛かっていないのですか?」

 見学者が実験機の前のメータを見て感嘆して言う。


「ええ、ご承知のように今は外部電力の価格が12円/㎾時程度ですが、実機では無論場内での発電で賄います。だから、電力費は不要です。ただ、発電の媒体である銅のシリンダーの質量が失われていくと言われていて、ある程度の期間でシリンダーは取り出して交換する必要があると考えています。

 ただ、その銅はまた溶かして再生できるはずですから、それほどのコストになりません」


「ほう、それは講義でもあった物質のエネルギーへの変換によるというものですね。その交換というのは、どの程度の頻度か想定できていますか?」

 見学者の一人が聞くのに片平が応える。


「いえ、それを掴むのもこの実証運転の役割です。基本的には出力の減少になって表れると考えているので、それを追っています。運転開始後3か月の今のところ、まったく出力の変動はありません。ただ、ある時点から急激に出力が落ちることも考えられるので、今のところは何とも言えません」


「しかし、少なくとも3か月は全く問題ないわけですよね。3か月ごとに交換するとしても5万㎾の出力の発電のハード的なコストが、銅シリンダーの交換だけというのは信じがたい話です。電力会社は大喜びですね」


 見学者の一人のW大の講師が言うと、片平は笑って応じる。

「はい、今や全ての電力会社はこの発電ユニットの大量注文を出しています。わが社は、大森の発電所跡に建屋を作って、さらに送電設備を改修・拡大して100万㎾のWPC発電所を作っていますが、社内でも非難ゴウゴウですよ。1年で稼働までもっていくのに遅いってね。


 つまり、そんなことをするより、既存の発電所に屋外でいいので、この実験機のような設備を作ればいいってね。つまり、既存の発電所だったら送電設備はあるわけですよ。だから、発電機だけ場内の空き地に作ればすぐに運転できるわけです。


 実際に当社の管内でも8個所で着工していますが、その出力合計が250万㎾で、1ケ月後には運転に入る予定です。そして、とりあえず動かしておいて、その間に既設を壊して代替または増設するわけです。築後10年経った発電所は全てこれをやる勢いですよ。


 他の電力会社でも全てがその方向で動いています。なにしろ、WPC発電システムは火力に比べてイニシャルで1/10、人件費・点検費などを除いたハード面のランニングコストに至っては1/100以下と言われています。つまり導入が遅れるだけ大きく損をするということです。今全ての電力会社の営繕関係の人はなかなか家に帰れない状態だと思いますよ。


 少し遅れていますが、他の電力会社でも、すでにさっき言った既存の発電所での工事は始まっています。そして、銅シリンダーとEEとCWの2つのWPCの製作は大急ぎで始まっています。活性化できる能力者は、1週間前の段階で32人いますから、彼等は他のことをする余裕はないのではないでしょうか」


 見学者は、学者あるいはその卵であり、エンジニアリングには少々疎いが、それでもその熱気を理解はできた。


「へえ、日本に必要な発電出力は5億㎾程度と聞いたけど、これが1万基要るわけだ。その活性化にはやってもらったWP能力者に費用を払っているのだろうけど、どの位なんでしょうね?それと活性の寿命というのはあるのでしょうか?」

 見学者が聞くのに、片平は少し微妙な顔で応える。


「ええ、基本的にはWPC製造㈱が個人と契約しているのですが、金額は公開していません。その部分の収入が丸裸になってしまいますからね。でも、WPC製造は私どもみたいに公益性の高い会社ですから、そんなにべら棒な金額ではないでしょうね。


 活性の寿命というのはあるとされていて、発電機のように出力が高く、連続運転のものは大体1年位と言われています。この残存の能力はWP能力者が検査するということで、その検査体制を構築しつつあります。ただ、この寿命はWP能力者の能力によってかなり差が出ると言われています。

 この実験機のWPCは、今のところの最高の能力者によって活性化されていますので、このWPCの活性化の寿命は参考にならないかも知れませんね」


「ほお、最高の能力者というと、あの浅香准教授の息子さんですか?」


「それは、あまりそのことははっきり言わないのがルールですので……」


「ああ、そうですね。これは失礼」

 質問者はそれで引っ込んだが、信一郎は『なるほど、この実験機の活性化は修君がやったのか』思うと同時に、彼のことは知る人ぞ知るという存在であることを改めて思った。


 研究所の見学はそれで終わって、見学者たちは、乗ってきた2台のバスで、続いて大森の発電所の建設現場に向かった。これには、研究所の案内者の片平氏が同行している。片側を運河に接して、残りの周囲を工場の囲まれている現場には、多くのクレーンが林立して動いていて、工事の真っ最中であることを伺わせる。


 ただ、片平氏が見学者を案内したのは、片隅に仮設めいた施設が、ごちゃごちゃと設置されている一角である。そこには太い電線が何本も場内の変電所に伸びている。

「「「ああ、これは!」」」

 多くから期せずして声があがった。


 振り返った片平氏がニヤリと笑って、それらの設備に向かって手を振って言った。

「どうです。これが、大森仮設発電所、出力50万㎾です。今やっている建屋工事と並行して、仮設でWPC発電設備14セットを設置したのですよ。無論供給電力は、すべてここで生まれたものを使っていますし、変電・送電設備は全て既存に手を入れて使っています。

 研究所の設備が動き始めるや、役員会の決定で急遽始められました。幸い、すでに発電機本体と付属機器はすでに製造にかかっていて、在庫があったので驚くほど速く工事が進みました。運転を始めたのは2週間前ですが、今のところ外部には発表していません」


 真一郎は、ごちゃごちゃはしているが、太い電線周りはきちんと接続、スペースが取られているのを見て、流石にいい加減なことはやっていないと思った。

 しかし、わずかに50m×50mほどの平面スペースに、カバーを被った状態で50万㎾の発電設備の本体が収まっているのは驚異的であり、今後の急速な発展を予感させるものと痛感した。

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