第6話 僕のWP能力発現!

 “いのちの喜び”の発売前後、母は帰ってはくるが、家事をする余裕がなくなってしまった。そこで、近所のおばちゃんに給料を払って家事をしてもらうことになった。


 もともと母は、家の家事が出来る程度ということで、会社の役員であっても給料も抑えめにしていたのだが、会社の趨勢を担う今回のプロジェクトに関しては前面に出ている。どうも、社長の祖父は母を後継者にということも考えているようだ。


 祖父には1男2女がいるが、伯父は大手メーカーのエンジニアで会社を継ぐ気はないし、母の妹に当たる叔母は結婚して九州に住んでいて、帰るつもりはない。母は、半ば手伝いという感じで会社に関係していたようだが、いろいろな提案が実現して会社の業績の改善に貢献してきたと言う。


 祖父にしてみれば、田舎の少し大きめの地場産業であった自分の会社が、どうもとんでもないことになりそうで、それに関してまともなことを言って行動しているのは娘であるということだ。みどり野製菓の役員は社長以下常務2人と取締役が母を入れて3人いる。


 しかし、世界どころか日本全国ですら打って出ようというセンスの者は、見渡すと母しかいないし、それでいいと思ってきた。ただ、“いのちの喜び”というとんでもない製品を売り出してしまった。当面の考えられる需要に応じる生産体制を無理やり作ろうとしているが、その後が描けない。


 娘は、“いのちの喜び”は会社には大きすぎると言っているが、確かに自分もそうだと思う。自分は世界的大企業のトップなんぞにはなりたくはない。田舎の中小企業の親父でいいと思う。ただ、若いころよくあった資金繰りの苦労はしたくはないとは思うけど。


 祖父健太郎は会社の行く末は娘に考えさせようと思うのだ。そもそもが、“いのちの喜び”のノウハウは佐紀の息子の修に宿った存在のものだ。だから、“いのちの喜び”によって変わる会社については、佐紀とその家族に任せるのが正解だ。そのように、自分を正当化する健太郎だった。


 そのころ、母の干渉が薄くなったのをいいことに、父が暗躍を始めていた。まず、僕が面白がって“召喚の儀”と呼んでいる、父とバーラムの討論会の2回目は自分の研究室の院生を2人連れてきた。


 一人は博士課程1年のやせっぽちで小柄だけど、目は鋭い山田健吾、もう一人は中肉・中背で美人だけど、ぼさぼさ髪で化粧っけのない修士課程2年の矢吹真理である。2人とも見るからに変人であることが判るけど、父も十分変人なので類は友を呼ぶということなのだろう。


「先生、この子がそのバーラム大賢者が宿っているという息子さんですか?あまり知的には見えませんね」


 会ってのっけから失礼なことを言ったのは山田である。確かに僕はそのころ外での運動の甲斐あって、日に焼けて体は引き締まってスポーツマン体形になってきていた。だから、彼の知的とはイメージが違うのだろうと、さほどかちんとは来なかったが、そこに矢吹嬢が、山田に失礼なことを言って口を挟む。


 「山田さん、失礼よ。運動音痴のあなたと違うだけでしょう。でも、浅香先生、息子さんは同じタイプと言っておられましたよね。どうもスポーツマンタイプに見えますけど?」


「うん、同じタイプだったんだ。だけど、バーラムから身体強化に必要と言われて鍛えたんだ」


「キタ―、身体強化!本当にあるんだ。それは何時できるの?」

 山田が矢吹の言うことなど気にせずに、目を輝かせて僕に迫る。まあ、そういう出会いで、僕は彼らが見かけ通りの変人2人であることを確認したのだ。


 この2人は、父が研究生の中でも最も興味を示すであろうことを見込んで連れてきたそうで、父の目には狂いはなく、2人とも今日の我が家への同行には熱狂してついてきたそうだ。


 そうして、その土曜日の午後、目を閉じた3時間ほど後に、僕は眠りは足りているけど、脳は疲れているという状態で目を覚ました。父、山田、さらに矢吹も目を輝かせている。多分意義深い話ができたのだろう。だが、僕は、内容を後でバーラムから聞くしかないこの状態は、少々不公平だと思い始めたのは事実だ。


 その日、僕はバーラムの力を借りて山田と矢吹の処方を行った。確かに今後WPの存在を世に知らしめるには、それを振るえる人が必要だから、そうして処方を済ませる人を増やす必要がある。バーラムともこの点は議論したんだよね。

 彼はこのように俺に問うたよ。紳士的だよね。


『この力を、自分だけのために使うという選択肢もあるぞ。その場合にはオサム、お前は権力・金・地位を望むままに得られる可能性が高い。それを公開して世に広め、しかも能力者を増やせば、相対的にお前の存在価値は小さくなる。それでも良いのか?』


『いいんだよ。僕ははっきり言って、のんびり快適に過ごしたいんだ。だけど、周りに沢山のみじめな人がいたら、僕の気分として“快適”にはならない。それに、今の日本というか地球にはいろんな問題があって、将来は大変なことになりそうだ。それは、バーラムと一緒に学んできたことで、良く分かったから。

 だから、仕方がないから当面は頑張るよ。だけど、WPを使える優秀な人を増やして、僕が楽をできるようにしたいじゃないか。だから処方を進めることには大いに賛成。でも僕とバーラムが係わらなくても、処方ができるように早くしようよ』


『はは、お前は欲がないな。処方については、魔道具でなんとかなるが、お前しか能力者がいないのでは無理だ。だから当面はできないな』


 父のネットワークはだんだん広がってきて、そのうちに大学に行って“召喚の儀”を行うことになった。それも土日両方とか、祝日も含むとか、夜間短時間とか頻度もどんどん上がってきた。


 そのなかで、僕はバーラムと工夫して、彼が大事だと考える討論のやり取りについては、僕を半覚醒状態にするようになった。ただ、これは討論が終わって覚醒した時に疲れがひどくなるので、多用はできないので、今のところは1/3程度の議論に限っている。


 そして、僕は2年生になる前の休み中に、ようやくWP能力が発現したよ。バーラムから処方を受けて、実に10か月強の時間を要したことになる。魔力(WP)を、ようやく脳のその部分から心臓までスムーズに循環できるようになって、それを体の外に出せるようになったのだ。


『で、できたよ、バーラム。ようやくWPを体外に出せた』


『うむ、なるほど。出来たな。お前のWPは重いから時間がかかったな』


『ええ!重いとか軽いとかあるの?』


『ああ、あるぞ。重い方がパワーつまり力がある。だから、その方が身体強化などは効果が高いし、WPの発現も大きな力が振るえる。ただ、地球はWPによって操れるマナの濃度が低いから大した現象は起こせないかもしれない。ただ、魔道具を使えばその点は補えるな』


『その僕のWPが重いというのは、身体強化の他のメリットはないの?』


『あるぞ、最も重要なメリットは、WPCに回路を刻むのに大いに有利だ。時間が短縮できるし、効果が高い。魔道具も回路を刻んだ者による出来によって性能に差があったものだ』


『ほう、ほう、それはうれしいね。だけど、早速だけど母さんに頼まれていたWPCを作らなくては。でもまずは使ってみなくちゃあ、魔法!いやWPか』

 バーラムは、仕方がないとばかりに同意する。


 その進級前の休日の朝、僕はいそいそと運動着に着かえて、いつも運動をする市民公園に走っていく。すこし肌寒い日だったためか、公園に人は少ない。僕は、あまり人が来ない生い茂った木に囲まれた空き地に行く。


「さーて、まずは風魔法だ!」


 思わず声を出して言ったが、どうしても魔法と言ってしまう。だが、この際だ構わないとしよう。いずれにせよ、木に囲まれた場所で火魔法は危ない。

 ちなみに魔法というかWPは無から有は生じないので、何もない所に火すなわち燃焼を生じさせることはできない。だから、火魔法というのは、空気や物の分子の振動数を上げて熱を生じさせるもので、正確には熱魔法である。


 近くに可燃物がある場合は、それから可燃性ガスを発生させて炎をだすことはできるので、火魔法というのはそのイメージで言われているのだ。

 ただ、熱魔法による発生熱は空気が対象とする場合、千度を超える場合があり、その温度を持った空気を投げつけられれば、一瞬で大やけどを負う。ただ投げつけるには風魔法で空気塊を動かす必要があるので、戦闘に使おうというのなら、風魔法との組み合わせが必須である。


 バートラムに教わったようにイメージを固める。バートラムの教授では言葉と共にイメージを伝えてくるので、より効果的である。これは彼が僕の中に住んでいるおかげであるが、そのために僕のイメージの良し悪しについて、その改善についても的確に指導されている。


『旋風!』心の中で渦巻きをイメージし、自分の魔力で渦を作ろうとする。


『渦、渦、渦、渦、渦、渦………』

 魔力を感じながら、手を差し伸べて渦をつくる。目の前の地面からホコリが舞い上がり、差し出した手の先にホコリによる渦がはっきり見えるようになってきた。だんだんとヒュンヒュンという音が聞こえてきて、10mほど離れた低木が渦に煽られて葉っぱがちぎれて舞い上がっている。


 2~3分ほどそうしていただろうか。これ以上威力があがらないのを感じて、魔力を注ぎ込むのを止めた。


『バートラム!あんなものなの。ねえ、魔法ってあんなにしょぼいの?僕の能力が低いから?』

 僕は悲しくてバーラムに訴えた。彼はくすくす笑っているようだ。ひどいよね。


『魔法じゃないぞ、WPだ。ああ、地球ではあんなものだ。ピートランでは、だいぶ増しになるとは思うが、オサムはそもそもピートランでは術者と言われる者に比べるとWPの量が少なすぎる。だけど、熱魔法と同じように空気分子に働きかければ別の結果になるはずだ。このようにな!』


 バートラが僕の魔力を使って、目の前の空気分子を縦の円筒状として意識に捕え、バラバラに動いているそれらの分子を一方向に揃えるように働きかける。先ほどの僕のように力づくでなく、柔らかに場で包んで働きかけるイメージだ。


 一瞬で分子の方向の大部分が地面に向けて揃うや、巨大な運動量が生じてキリのように空気の円筒が地中深く突き刺さる。ゴオ!という強烈な風が、高速で動いた空気の塊を埋めようと吹いて僕は転ばないように足を踏ん張った。


 その地面に打ち付けられた空気の塊は、質量としては小さいが、速度が巨大なので運動量として大きいために、そのような衝撃を与えられるのだ。人間がターゲットであれば完全につぶされるだろう。


『すごい!』僕は呆然としてそれを見た。流石に大賢者だ。ただ彼は、その方法は地球に来て物理学の知識を得て編み出したものだと言う。

 彼によって僕のWPを使われて実施された過程は完全に僕にも理解できたので、もはや自分で使えるものになった。僕はそれを手本に、分子に働きかけることを念頭に、熱、土、水に働きかけて様々な事象を起こした。


 熱では木切れを燃やし、土を溶かした。土では風によって空けた穴を埋めて、穴を掘りまた埋めた。水では池の水を波だたせ、細い水流を高く舞い上げた。

 このようなことで、概ねバートラから聞いていた、各種のWPによる、操作を出来ることを確認した。


 そして、それはマナの濃度が低い環境で、かつ僕のように比較的WPが弱くても大きな力を出せる点で、画期的なものであるらしい。その第一人者であるバートラが言うのだから確かなのだろう。


 それから、身体強化を試した。この使用に関しては、強力な力を使うことで、筋骨を痛めないように慎重に行うように細かい指導が入った。


 まずは直立した状態で、魔力を全身に行きわたらせる。その状態では、体の状態が普段と違っているのが確かに解る。一つには、地球の重力がかかって立っていることを普段は意識していないが、自分の筋力が増すことで、その重さに打ち勝って、体が軽くなっていることが判る。


 バーラムの指導に従って歩き、体の軽さを意識しながら軽く走る。この時は林間の広場から抜けて、公園内の外周を走る。毎日走っているのですでに走るのに慣れてはいるが、その感じと今は全く異なる。少し蹴りを強くしてストライドを伸ばすと、普段の歩幅の倍くらいになる。


 再度林間の人影のない広場に帰ってくると、バーラムが強化を解くように言う。深呼吸をして魔力を体から抜いていく。やがて、完全に強化を解いた状態で、普段通りになると、いっぺんに体が重くなったことを意識する。


『どうだ、すこしストライドを伸ばす形で普段とは違う動きをしたが、体の痛みはないか?』


『うーん、足の付け根に痛いほどではないが、違和感がある。ただ、体がひどく重く感じるよ』


『ふむ、普段しないところまで、股を開いた形になったからな。簡単にできてしまうので、ついそのようにやってしまうが、普段では無理な姿勢とかの動きをすると痛みがでるぞ。

 まあ、その程度だったら問題はないようだな。もう一度強化をかけてみようか。この強化を掛けて解くという操作は、繰り返して早くスムーズにできるようになっておいた方が良い』


 僕は言われる通り、10回ほど強化を掛けて解き、掛けて解きを繰り返した。なるほど、だんだんスムーズに強化への入りと出ができるようになってきた。そして、バーラムの指示で、伸ばした手の上1.5mほどのところにある木の枝に向けて跳んでみた。普通だったら絶対に届かない高さだ。


 無理をしないように8割ほどの力で跳ぶと、ちょうど到達点はその枝であり、直径5㎝ほどのそれに捕まることが出来た。幹から3mほど突き出しているその枝は、僕の体重で30㎝程も撓んで下がる。なるほど、運動をきちんとやっている僕の垂直跳びは65㎝くらいだったから、垂直跳びは2倍以上に伸びるわけだ。


 走るのに半分以下の時間というわけにいかないだろうが、筋力が大幅にあがることは事実のようだ。あとは動きの速さと持久力がどうなるかだが、バーラムの話によると、強化の効果が最も出るのは筋力であり、大体2倍から3倍だが、速さは2割ほどの上昇、持久力は個人のPWの総量次第ということだ。


 結局、改めて体を痛めないように鍛えて、後で測ったところでは、僕の場合で筋力は2.5倍あがった。また、50m走の記録は7.3秒から5.5秒に短縮でき、強化を続けて運動することに関しては50分ほどは持続できた。


 だから、1万mを世界記録より早い27分を切って走ることができた。これは父とその一党がその気になって、大学のグランウンドでこっそり僕を走らせて測ったものだ。

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