第4話 父とバーラムの出会い

 父は、異世界の大賢者というバーラムに大いに興味を持った。ちなみに“大”賢者というのは名誉ある称号らしく、決して賢者とは呼ばないようにとバーラムからきつく言われている。


 父は、本人曰く博士論文以来の大作という論文を最近書き上げて、その要約に当たる部分を世界的に権威のある科学雑誌であるフューチャーに送ったそうだ。今後、数人の委員による審査を経て掲載に足りるかどうか判定されるのだが、掲載されるだけでのそれなりの権威になるレベルの雑誌だ。


 父曰く、空間に関する秘密の一端を解き明かすものになるそうで、掲載されることに関して心配はしていないようだ。その論文を書き上げたので、ようやく息子に起きた事案に関心を持つことが出来るようになったということになる。


「なに、そのバーラムという人物、いや元人物か。彼は、………彼か?」

 なかなか物事の定義にうるさい父は、僕が頷くのを見て話を続ける。


「彼はそのお前の頭脳の中にダブって存在しているわけだ。それで、修、お前が精神的に追い詰められるとか、その……、乗っ取られるとかはないのかな。そんな恐れは感じないか?」


 そう言うということは、父は僕を案じてくれているんだ。母はそういうことを少し言っていたが、姉はその点は無関心だったね。まあ、言ってみれば姉の想像力の欠如ということかな。だけど、僕は精神を乗っ取られるというような恐怖を感じたことはない。


 その意味では、僕はバーラムの道徳性を信じているということかな。僕は、父が僕を案じていてくれたことにほっこりしながら、バーラムを信じているし、信じられる根拠を説明したよ。


「結局僕は、浅香おさむでもあり、バーラムでもあるんだ。だから、彼が僕に害意を抱けば僕もわかるし、彼の性格というかその人格は判るんだ。彼はその気になれば、僕の行動を僕に代わってコントリロールすることが出来るけど、今に至るまでそうしようとはしなかった。だから、僕は彼を信じていいと思っている」


「うん、解った。それは有難いことだね。そして、彼は自分の持っているというか、持っていた知識とスキルをお前に分け与えようとしている。それは、お前にとっては有難いことだな」


「ううーん。そうなんだけど……、父さんも知っているように僕は本質的には怠け者で、のんびりしたい方なんだ。それが、バーラムが頭に同居してから、朝の運動でしょう。それから文献・インターネットの読みこなし、情報収取、その上に寸暇を惜しんで魔力の循環で寝る間も十分ないくらいなんだ。そこのところは辛いかな」


 そう言うと父からジト目で見られて、慌てて話を続ける。

「いや解ってはいるよ。どんなに恵まれているか。願ったって叶えられない幸運に恵まれたことは。だけど、考えていたんだけど、たぶんバーラムの知識とスキルは世界を変えるよね。その時に窓口は僕一人なんだ。大変だと思わない?父さん」


「ああ、大変だと思う。僕の考えが正しければ、多分お前が考えているよりずっと大変なことになる。その際には僕が防波堤になりたいと思っているよ。だから、そのためにもバーラムとその知識・スキルを把握する必要があるんだ。

 だから、そのために、協力をしてもらわなくてはね」


 父はそう言うが、その目を見れば知りたい要求の方が強いようだ。だけど、心配してくれていることも事実だしね。


「うん、もちろん協力はするけど、具体的にはどうしたらいいのかな。処方はしたから、魔力の循環はしているんだろう?」


「ああ、それはやっているよ。それで、バーラムは魔法を主体とする産業・社会体制の世界に住んでいたと……。そしてその世界の魔法を、様々なことに活用する技術に関しての最高の権威であったということかな?」


「そうだね。そういうことになるよ。だけど、こっちに来て地球の物理学とか化学……、化けるほうね、それらの自然科学の一種、そっちの発達にとりわけ関心を持っているよ。今まで原理が解らないまま使っていた魔法技術のメカニズムと原理が解き明かされてきたんだってさ」


「そ、そうか……、なあ修、そのバーラム氏と父さんが直接話はできないかな?」

 父が期待に満ちた目で僕を見る。そうだろうなとは思うよ。科学者として、魔法科学という未知の科学を知りたいと思うのは当然だろうな。そして、わくわくした気分で乗り出してきている存在が僕の中に居る。


「うん、できるよ。それは僕が、言ってみれば活性を落として半ば眠った状態になって、体の機能をバーラムに渡せばいいんだ。そのまま、乗っ取るようなことはしないと信じているよ。ね、バーラム?」


バーラムはそれに返す。『もちろんじゃ。わしは大賢者バーラム、そのような不道徳なことはしないぞ!』


「うん、解ったよ。じゃあ、バーラム頼む」


 僕は座っていた応接間のソファに深く腰掛けて、目を閉じて力を抜き意識を手放す。それからは、夢うつつの状態であり、最初は自分が座り直して、自分の口がしゃべっているのを意識し、相対した父が応対しているのを感じていたが、そのうちに完全に眠った状態になった。


 その夕食後に始まった話は、3時間近くに渡り、母に怒られて止めたそうだが、はっと目を覚ますと午後11時過ぎになっていた。僕の前に立って父を睨んでいる母を横目に少し後ろめたそうにはしているが、興奮も覚めやらぬ様子で父が僕に言った。


「修、お前のおかげでバーラムとはすごく興味深いというか、大事な話が出来た。おかげで新しい学問の分野が生まれそうだ。物質と空間に関して我々の認識は修正する必要がありそうだ。

 詳しくは理解できないかもしれないが、概要についてはバーラムから聞いてもらった方が理解しやすいだろう。それでね……」


 父は母の方を見てすこし遠慮しながら僕に言う。

「今後、このようバーラムとの話し合いの場が定期的ほしい。週に1回か2回か、土日の昼間がいいかな?」


「うん、僕はいいよ。僕自身もそんな新しい学問とか言われると興味があるもの」


「私も休日の昼間ならいいと思うわ」

 母も賛成して話は決まったが、母としては本当は止めたかったようだ。しかし愛する夫の真剣な表情を見て、さらに事の重大性を察して折れたということらしい。


 その、バーラムと父との会話は白熱したのだと思う。結局バーラムは、その会話の間に大いに頭を使ったので、僕の脳細胞を使ったわけだ。だから自分としての意識はなくても、頭脳は疲れていた。

 そのため、夜にも関わらず、頭脳が欲しがる栄養分としての糖分を強請って、うんと甘い飲み物を飲みバタンキューで寝てしまった。


 翌日、バーラムから話の概要を聞いたよ。その内容自体はすでにバーラムから魔法の授業を受けていたのでほとんどの内容は知ってはいた。でも、自分ではその重大さを十分に理解していなかったということだ。


 なにせ、中学1年生の僕だからね。つまり、両者の会話でクローズアップされたのは以下のようなことだ。

 ピートランにおいては、元々魔力の強いものは少数現れていて、彼らは強力な魔力で様々な力を振るい社会のエリートになっていった。しかし、強力な魔法を使えるものでなくても、自然の力を効率よく取り出せる魔道具が開発され、汎用的に使えるようになると、強力な魔力はそれほど意味をなさなくなってきた。


 とは言え、魔道具を作って活性化するため、かつ使うためには弱くても魔力は必要であり、そのために全ての人に魔力を発現させるために、僕らがやったような“処方”の手法が確立されたのだ。


 バーラムに言わせると地球での工学、特に機械工学については甚だ非効率なやりかただそうだ。とりわけエンジンについては極めて効率が悪く、可燃物を爆発させてその勢いを回転に変えるなど、とんでもない非効率さだという。なにしろ、回転を起こす魔道具があるのだから、確かにそう言われても仕方がない。


 ちなみに魔道具は魔法陣を良導体の金属に刻んで、魔力によって起動する道具であるが、ある活動を起こし続けるためにはエネルギーが必要になる。

 そのエネルギーの基は基本的には熱であり、通常は魔道具の働きによって、熱が吸収されて周りの気温が下がる。

 ピートランは地球と比べると平均的な気温は変わらないが、熱帯に属する地方の陸地面積が大きく、熱を吸い取る魔道具の働きは都合が良い。


 とは言え、魔道具が大きなエネルギーを必要とする場合には、周辺から熱を吸い取るには効率が悪く、環境にも問題があるので電力を供給することになる。電力は魔法と相性がよくピートランでは盛んに使われている。なんと言っても、照明などは電気式が最も優れているし、魔法具の熱源として利用が多い。


 そこで発電であるが、バーラムが地球方式を最も軽蔑しているのが、発電の仕組みである。つまり、電池は別として発電機は磁石の回転によって電気の流れを作っているが、ピートランでは銅のシリンダーを魔道具で励起することで、電気を取り出せるようになるという。


 その取り出せる量は、最大で5万kwhくらいのものがあると言う。父はそれを聞いて、『銅の中の電子を魔道具で条件付けして、取り出せる状態にしたものだろう』と言ったという。電子が電気の元になることを地球に来て理解した、バーラムもその考えに同意しており、もっと効率の良いやり方があると張り切っているようだ。


 ピートランでは暖房の必要はあまりない。しかし、それが必要な地方では熱を出す魔道具で室内に熱気を入れ、そのエネルギーは外から吸収するので、外の周りはさらに寒くなる。これはあたかも地球において、エアコンを使って室内を冷やし、外に熱気を排出して余計辺りを暑くするようなものだ。


 このように、ピートランでは物を燃やして熱を得る必要がないので、あまり歴史的に物を燃やしていない。これは、このピートランも魔道具が生み出されるまでは、燃やして煮炊きをして、蒸気機関までは使っていたのだが、地球のように化石燃料がほとんどないために樹木を使うしかなかった。


 そのために、大部分の樹木が消えてしまって、洪水、土砂崩れなどが頻発するようになってしまった。そのこともあって魔道具の開発が促進されたのだが、今は物を燃やすのは不道徳なことと位置づけられているのだ。ちなみに、失われた森林は大変な努力で今も回復されつつあるという。


『うーん、改めて聞くと、バーラムの知識を地球に普及させるのは絶対に必要なことだなあ』


『ああ、お前の父もそう言っていたな。地球温暖化か?ピートランでは化石燃料がなかったから、そこまでの事は起こらなかった。ふふ、私もこの地球の人々の一助になるなら、嬉しいことだ』


『ああ、ところでさ。バーラムは何で僕に取り憑いたのさ?誰でも良かったわけではないだろうけど』


『わしは、わしの存在を受け入れる先を探して思いを放った。それはわしの残った力を振り絞ってのことだ。はっきり唱えたわけではないが、思いに描く条件というものはあった。

 まず若さだの。まだ考えが固まらないいわば未熟な精神、また健康で柔軟な肉体だ。さらには、頭脳をよりよく使う素質と、考えの柔軟さだな。さらに言えば、正しくあろうという心だな。

 まあ、結果的に言えばわしが探した条件は適えられたと思っておるよ』


『ははは、そうかな』


『しかし、それを十全に適えるにはお前の未熟さを今後克服する必要があるがのう。ところで、お前の父、正(ただし)殿は一つ大事なことを言った』


『大事なこと?』


『ああ、名前だ。お前が魔法、魔道具と呼んでいる技術並びに事象と道具のことだ。今後世に発表するには魔法、魔道具では世に与える印象が悪すぎるということじゃ』


『ええー!魔法は若者に受けると思うけどなあ』


『それは、しかし世の多くからは受け入れに難いという正殿の意見だ。彼はこれらを学会で発表することを考えている。その場合、その名前だけで忌避感を持たれるのを恐れている。

 それに、そもそもピートランの言葉を正式に翻訳すると、お前が魔法と呼んでいる言葉は“意志の力”、魔法陣は“意志の力実現の回路”になる。

 だから、正殿は英語を使って、意志の力を“Will Power”で略してWP、意志の力実現の回路は簡単に“Will Power Circuit”略してWPCとしたいと言う。わしもそれで良いと思う。おぬし等は外来語を有難がるらしいからのう』


 僕は、自分らは外来語を有難がるなんてことはないと反論したかったが、考えたらラノベの魔法の術の名前はだいたい英語だ。別段ラノベの物語は英語圏から来たわけでないのにね。まあ、日本語で言うのも格好がつかないからだろうな。だから、それに対しては別に何も言わなかったよ。


 そのように、バーラムと考えを交わしながらゆるゆる歩いて教室に入った。入ったのは始業の5分前だから、立ったり自分の席に座ったりしているが皆揃っているようだ。ぎりぎりに来るのは近場の者の特権だ。


「みんなおはよう!」と僕は大きな声で挨拶する。

 これはバーラムから言われて始めたんだけど、最初は恥ずかしかったけれど今はやると気持ちがいい。


 半分以上のクラスメートから「おはよう」、「おはようございます」、「おお!」、「おす」とか様々な挨拶が返ってくる。前にすこし経緯のあった城田とか春日からも、挨拶はないが目で応じる形で返ってくる。


 一学期の期末考査で学年一番になった僕は、その後2学期の中間、期末も一番を続けている。ところで、2学期の期末考査では、ちょうど真ん中くらいの成績だった荒木がなんと10番に入った。


 一方で、一番がノルマの城田は、2学期の中間では僕に続いて2番だったが、期末ではなんと4番に沈んでしまった。どうも、気持ちが乱れて集中できないというのだが、まあ未熟な中学生、そういうこともあるよね。


 それに、学年で5番以内に入っていれば立派なものじゃないの。でも、本人にとってはそれでは済まないらしい。なんと彼は、僕に教えを請いに来た。彼は荒木の成績爆上げを知っており、その裏に僕がいることを察したのだ。


 荒木の成績が知られたのは、サッカー仲間に自分でアナウンスして、自慢しまくったんだ。「馬鹿たれ!」って文句は言ったけど、後の祭りで無駄だよね。

 僕の成績もインチキと言えばインチキなので、胸を張って自慢できるものではないし、有力者のおぼちゃんも何かの役に立つだろうと城田にも処方をしてやったよ。


 彼は、家庭教師をつけているのもあるけど、本物の優等生なので、いずれ成績で抜かれるかもね。でも彼の成績があがって、僕の点数というかレベルが下がらない状態で抜かれるなら、それはそれで結構なことだ、『ワハハ』と胸を張ってみた。


 我が家は、2番になろうが10番になろうがそれほど気にはしないからね。期待される息子も大変だな、と思った事案でした。

そんなことで、我がクラスはなかなか居心地が良くなったのだよ。

 

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