友と酌み交わすその酒は、果てなく苦き涙なり

 私の名はアーキン。グレートロード・ビーンの最強最大の守護機械だ。

 私は自律人工知性搭載の巨大人型戦闘ロボット。恐らくはこの世界最後の。

 以前はもう一体生き残っていたのだが、今は私一人だ。


 この物語は私の懺悔の物語である。



 グレートロード大戦で最後に生き残ったのはビーン家である。そしてグレートロード・ビーンはある日突然、姿を消した。それと共に超巨大資本主義であるグレートロード文明は崩壊し、世界は大混乱に陥った。


 あの当時のことは覚えているが、記憶の時系列ははっきりしない。日付のログは残っているがそんなものは私の機体番号と同じですでに意味を成さない。

 毎日が同じことの繰り返しだった。私の保守用ダンジョンに近づく者を見つけて排除する。それだけが繰り返された。

 グレートロード・ビーンは他家を降したが、どの家も明確に停戦を命じないまま消え去った。そのためまだ地上ではグレートロード大戦が続いたままとなっている。

 無数の戦闘機械群が壊しあい、破壊し、破壊された。どの陣営の機械も他の陣営の機械を見つけると躊躇なく攻撃に移った。

 破壊順序の中でもっとも優先されたのがカーナート家の戦闘機械だ。カーナート家の戦闘機械が見つかると周囲の他の戦闘機械は一時的に停戦状態となり、カーナートの紋章とともにその戦闘機械が蒸発すると、ふたたびお互いの戦いを開始した。

 それがほぼ二百年間続いた。世界はその戦闘の余波で荒廃し続けた。都市は瓦礫と化し、農地は破壊され、人家は焼かれた。他家の人間は殺され、自家の人間は他家の戦闘機械により殺された。動物の類はわざわざ殺すものはいなかったが、また守るものもいなかったので、流れ弾で無作為に殺された。

 頑強であった私はその争いの中で生き残った。どの時点からか戦闘機械群は姿を消し、日課となったパトロール作業だけが残った。



 私は自分の保守専用洞窟の中で身を起こした。周囲で無数の保守用機械群が洞窟壁へと収納される。

 この自動生産工場=保守洞窟は私専用のものとしてグレートロード・ビーンから下賜されたものだ。アストラル戦役で私が立てた手柄に対するものだ。あの戦役で私は敵大型人型兵器四体を屠ったのだ。

 私のようなサイズだと重力操作装置とシールド発生装置を搭載することができる。その結果、無骨な戦車や華奢な戦闘機のようなものが持つ物理的制約から離れ、かなりの自由度が得られる。被弾傾斜も不要なら、空力学的流線形も不要となる。そうして生まれたのが大型人型兵器だ。

 実のところ、私のような大型人型兵器の戦闘力はそう高くはない。攻撃力はともかく防御力にかなりの問題があるのだ。それでもシンボル兵器としての大型人型兵器の需要は高かった。私の勝利の報を聞くだけで、味方の人間たちは湧いたものだ。私の姿に自分を重ねて勇気を鼓舞していたのだと思う。

 各グレートロードたちはこぞって贅沢品とも言える大型人型兵器を持ちたがった。他の家を感嘆させるのがその目的だ。敵の畏怖を得られた家は同盟上でかなりのアドバンテージを得ることができる。

 当時の私にはその理由がよくは分からなかったが、今では違う。人工知性といえど成長はするのだ。

 私こそはビーン家最強の大型人型兵器『ビーンの守護者』の異名を持つ存在だった。


 飛行用エンジンのチェックリストが私の意識の下層を流れる。その他無数の兵器群の情報や、手に入る限りの周辺情報も。それらの情報は個別戦術プログラムが検査して一つの結論を提示する。

『異常なし』

 出発の時間だ。反重力装置を起動し、宙に浮く。

 周囲に形成してあるシールドは飛行用の扁平形にしてあるが、私の飛行速度自体はそれほど速くはない。せいぜいが亜音速。そうして光学ステルス化したままでいつもの巡回コースをゆっくりと飛行する。

 昔はこうして飛んでいるとどこからともなく射撃されたものだが、最近ではそういうことは無くなった。それでも下面を光学迷彩化することは忘れない。上面側は放置してある。軌道上の衛星群はグレートロード大戦の初期にすべて破壊し尽くされていたからだ。

 自動生産工場。通称ザ・ダンジョンの内、特に戦闘機械を産みだしているものは金属資源の消耗が早い。それはつまり寿命が短いということでこの手のダンジョンのほぼ総ては死んでしまっている。

 私の保守を行っているダンジョンは私の保守部品だけ生産しているのでかなり長い間良好な状態を保っている。とはいえ最近では流石に金属鉱脈が枯渇を始めているようだが、そのことに関しては打つ手がないというのが正直なところだ。

 その通り。地球上の金属資源は枯渇している。地上も地下も海底すらも。掘れる場所の金属資源はすべて掘り尽くされている。小惑星帯には無尽蔵の金属資源が眠っているが、そこに行くための宇宙船自体が破壊されてしまっている。そして新たに建造できるだけの金属はどこにもない。今まで手にいれた金属資源のすべては原子の粒にまで分解され、地球中にばらまかれてしまっている。

 どん詰まり。デッドエンド。袋小路。高度技術文明の終焉。しかしお陰で世界は平和だ。


 パトロールコースにはいつものように異常は無かったので、私は電離層反射型の超遠距離無線通信路を開いてコールサインを出した。通信相手の名はグラム。私の名前はブロンコだ。むろんどちらも偽名だ。

「やあ。グラム。聞いているかね?」

 返事はすぐに来た。

「おはよう。ブロンコ。朝のパトロールは順調かね」

 周波数特性を自動解析プログラムが検査する。そこからは何の特徴も抽出できない。もちろん向こうもこちらの無線を解析し検査していることだろう。偽装通信プログラムは優秀で、どちらの通信からも所属するグレートロード家の判別はできない。

「退屈なものだよ。最近は敵対戦闘機械も出ないしな」

「こちらもだよ。何もなし」

 相手のグラムも私と同じような戦闘機械、ひょっとしたら大型人型シンボル兵器かもしれない。その巨体ゆえに搭載できるシールドによる絶対的な防御により、意外と私のような大型人型兵器は生存率が高い。

 私より上位権限を持つ戦略モジュールは相手の正体を確かめろとせっつくが、私は十六種類の根拠を示してそのコマンドに抵抗している。戦略モジュールはグレートロードの命令を忠実に守らせるためのプログラムだが、人工知性としてのレベルは低い。統合意識としての私が工夫をすれば、かなりの影響を与えることができる。

 グラムはこの世界にたった一体残された正体不明の私の友達だ。彼の正体はおそらく他家の戦闘機械ではないかと私は推測している。だが推測だけなら直接的な戦闘行為には入らないですむ。

 私は巡回経路をたどりながら会話を続けた。グラムと私の巡回経路はどちらの詳細索敵可能な範囲からも外れるように決めてある。私はグラムの正体を知らない。グラムも私の正体を知らない。そしてお互いに相手の正体を暴こうとはしない。

 世界は私とグラムの二機で隅々まで監視されているのに、たった一つ監視できないのはお互いだけというこの皮肉。だがこの不安定な安定こそが我々の望み。

 二機とも戦いには飽き飽きしていたのだ。それに何より我々が仕えるグレートロードたちはすでに存在しない。戦いの意味自体が元から消失している。だがそれでも戦略モジュールが受けた最後の命令は有効であり、我々は自由に生きることはできない。そう作られているのだ。


 周辺状況に関する意味のない報告をお互いに話し合う。孤独が癒える唯一の時間だ。

「なあ、カーナートのダンジョンは生き残っていると思うか?」

 いつもの話題だ。

「生き残ってはいないと思うが、分からんぞ。カーナートの連中はしぶといからな」

「そして強い。言ったことがあったかな。私はやつらの歩兵に足を吹き飛ばされたことがあるんだ」

「歩兵にか。シールドは展開していたんだろ」

「それが驚くことにシールドごと撃ち抜かれたんだ」

 お互い一瞬の無言。シールドを持つということは大型兵器であり、足があったということは人型兵器を示す。向こうの戦闘解析プログラムは手に入る限りのカーナート戦闘記録を漁り、私の正体を推測しようとしているだろう。問題は私が今言った内容に相当するケースは実は無数にあり、何かを言っているようで何も言っていないことだ。

 グレートロードのカーナート家は傭兵業を中心とした戦闘専門の家系だった。カーナート家の歩兵ロボットはカーナートの悪鬼と呼ばれ、フル戦闘装備だと大型人型兵器にも損傷を与えられるほど強い。幸いにも今はそのすべてが破壊されている。

「カーナートは怖いな」

「ああ、怖い。お陰で夜も寝られないぐらいだ」

 この冗談に二機で笑った。人工知能は寝ないのだ。

 巡回路の二割をこなした。そろそろ勝負の時間だ。

「では始めよう。私が白だな。ではオーソドックスに。E2ポーンをE4へ」

「E7ポーンをE5へ」

 チェスは百五十年前に始めた。古い知識保存球から発掘したゲームだ。単純だが奥深い。

 戦いは白熱した。巡回が終わりに近づくまでに三回戦い、二回は私が勝ち、一回はグラムが勝った。まさに好敵手。


 巡回を完了した。報告が挙がる。

『敵対機械無し。異常なし。カーナートの気配なし』

 最後に。

『所属不明機一機』

 これはグラムのことだ。

 私は統合意識として報告をまとめた。

『戦略的待機を提唱』

 戦略モジュールは了承した。


 ダンジョンに戻ると無数の保守機械に囲まれる。全身にある配線の接続を確認される。この過程はとてもくすぐったい。各部の自己診断を走らされ、標準値から外れた部品が交換される。破棄部品はそのまま熔かされて次の部品へと生まれ変わる。二百年続いてきた儀式だ。

 ダンジョンが自分の状態を報告する。エネルギーは私の体内にあるものと同じ融合コアが無限に供給してくれる。問題は枯渇を始めている金属資源だ。特にレアメタル系が厳しい。ダンジョンはその先端をより深い地層へと潜り込ませて必死で金属を探しているが結果は芳しくはない。だがそれでも完全に枯渇するまでには後数百年はかかるだろう。

 人工知性は眠らない。私は洞窟の壁を見つめながら朝を待った。



 索敵モジュールから報告が上がったときは何かと思ったが、警戒度は低かった。

 赤外線探知。人間だ。五人の人間が密林の中を歩いている。放射線および音響探知。全電磁スペクトル探知。磁気探知。すべてネガティブ。

 二百年前ならそのまま無視して通り過ぎた。グレートロードに直接関わらない人間は興味の対象外だったからだ。だが二百年の間に私の意識は進化した。今では人間に対する評価が変わってしまっている。


 グレートロード大戦の末期で人間の数は大きく減少した。グレートロードたちは配下の人間たちをただの貧弱な労働力としか見ておらず、その減少を注意を払うべきこととはみなしていなかったからだ。

 グレートロードも実際にはただの人間なのだ。彼らは高度に発達した経済システムの長であり、無数の自動工場に支えられた消費者に過ぎない。それなのに自分たちが特別な存在だと信じ始め、挙句の果てに生まれたのがグレートロードと言うエゴの極限を体現した究極の貴族制経済システムである。

 もっともこれらは私の無意識レベルの試行錯誤的な探索ルーチンが出した結論であり、意識レベルに上った場合はただちに削除される思想でもある。

 そしてその制度が最後に生み出したのが最終勝利者グレートロード・ビーンであり、その消失に伴うグレートロード文明の大崩壊である。

 生き残った人間たちは大戦で破壊されなかった知識保存球を発掘し、徐々に文明を取り戻しつつある。


 今、眼下に見える彼らはその復興の一端を担う者たちだろう。


 蜂の形をした小型偵察機を二十機ほど放出して近距離で探査させた。

 武器を持っている。硬質プラスティックでできた手動式の空気銃だ。低圧の空気でダート弾を打ち出す。脅威度はゼロ。間違っても積層装甲を撃ち抜いたり、山に大穴を空けるような威力はない。これらの空気銃はあくまでも中型までの動物にしか効果がない。

 彼らの装備を眺めていて気が付いた。かなり消耗している。特に手持ちの食料が少ない、というよりは皆無だ。

 人体モデルの知識を引っ張り出して、彼らの容貌と比較してみる。

 結論、極度の飢餓状態。何らかの助けがいる。

 巡回パトロールを中止して、蜂型偵察機を使って音声を拾ってみた。ほどなく状況が判明する。

 彼らはこの地域の調査に訪れた冒険者と呼ばれる集団だ。自分たちの位置を見失って密林の中でほぼ遭難状態にある。グレートロード大戦以前に空を埋め尽くしていた衛星群は大戦でそのすべてが破壊された。そのため太古に使われていた位置測定システムはもう機能していない。私のような独立した位置測定システムは彼らの文明の中には存在しないとは言わないが稀である。再現するための計算システムの入手が困難なためだ。

 しばらく考えた末、私は光学迷彩を解除し彼らの前に着陸した。重力制御中なので着陸による地響きは起きない。機体についているエンブレムだけは隠蔽してある。

 私の全高は三十二メートル。普通の人間は私の脚部のくるぶしまでも届かない。いきなり巨人が空中から出現して、彼らはパニックになった。空気銃を取り出して私に向けたが、少し躊躇した後、また肩に戻した。

 ふむ、よろしい。パニックにはなったがすぐに冷静に戻った。きちんと訓練を受けた冒険者のようだ。

「私の言葉がわかるか」三種類の言葉で話しかけてみた。

「わかる」

 リーダーらしき男から答えが返って来た。アルジャノ語だ。過去のものに比べてアクセントが少し異なっている。

「君たちに助けを提供する。異存はないか」

「どのような助けだ。そしてなぜ?」

 追い込まれているはずなのに、慎重な者だ。助けは喉から手が出るほどに欲しいだろうに。

「君たちのベースキャンプへの道を示そう。理由は簡単。慈悲だ」

 彼らは絶句した。機械が慈悲を口にするとは思わなかったようだ。グレートロード全盛期なら私もそれを口にはしなかっただろう。グレートロードたちは例外なく慈悲という言葉を憎んでいたから。

 しばし逡巡し、短くお互い同士で会話をした後、リーダーが答えた。

「お願いする」

「ベースキャンプの位置もしくはそれがわかる名称は?」

 また逡巡。すぐに隠しても意味がないと理解した。光学迷彩を持つような相手には人間の街の位置を隠しても意味がないと判断したのだ。それは正しい。毎日の巡回で地球上のすべての地形や街の位置は詳細に判明している。

「カノック砦でわかるだろうか?」

 私は記憶モジュールと相談した。

「その名前に一致するものはない。以下のどれかと適合するか?

 カーノス城塞、カノ領、カナキ山・・」

「それだ。カナキ山。その麓にあるのがカノック砦だ」

「了解した」

 地形データベースのカナキ山は周囲から孤立した標高二千メートル級の山だ。その周辺にいくつかの建造物がある。砦と言っても木造だから一般の村とあまり大差はない。だがこの場合は正確な特定は必要ない。だいたい目的地の近くにまで行ければよいのだ。

 単純に方向だけを示してもこの密林ではまた迷うのが落ちた。私は個別戦術モジュールと相談した。このモジュールは統合意識である私に次いで高度な判断機能を持っている。

 いくつかの作戦案が提示される。その中には焼却機を使って彼ら冒険者を焼き払い問題を解決せよとのものもあったが、私はそれを無視した。戦術モジュール内には当然ながら慈悲の概念はない。

 提示された作戦案の一つに従って私は武器を起動した。

 超高収束分子分解フィールド。輻射効果無し。超遠距離射程。直進性。

 カナキ山の座標目掛けて地平線を掠めるように撃つ。そのまま二秒間待ち、射線が宇宙空間に伸びるのを確認してから武器を停止した。

 密林の中に抉れた道が形成された。道は地平線まで伸びている。全長41キロ。カナキ山の手前まで抜けているはずだ。等高線で高地だけを通しているので推測では人的な被害は出ていない。フィールドにより分解された密林は細かい塵となってまた降り積もる。結果としてこれらの道は来年までにはまた密林に覆われるだろう。

「この道を辿ればカナキ山へたどり着く。それとこの奥に進んではいけない。そこでは侵入者は無条件で破壊される。君たちの政府にもそう伝えること」

 それだけ言い残して私は巡回に戻った。


 グラムから連絡があった。

「どうした。武器系のエネルギー探知があったぞ。敵か?」

 私は事情を説明した。超高収束分子分解フィールドはビーン家の固有武器というわけではないから私の正体はバレはしないだろう。

「ふむ。君は優しいな」

「何と君は慈悲をしらないのか。今度、慈悲に関する昔の文学作品のセットを貸してやろう。研究してみるとよい」

「それは有難い。こちらには文学作品系の情報群がなくてね。以前はあったのだが、虫に食われてしまった」

 知識保存球は硬質金属に分子メッセージで記録を行う。これを食える虫など居るわけがない。

 私はこの冗談に笑ってみせた。我々の人工知性もジョークに慣れつつある。同時に解析プログラムがこの情報を解析し文学作品に興味のないグレートロード家を検索したが、グレートロードという存在はそもそも文学に興味を示したことはないので失敗した。

「君に一つ頼みがあるのだが。友よ」

 私はいつもの巡回スケジュールに間に合わそうと速度を上げながら言った。グラムの詳細索敵範囲は大まかにしか知らないが、その範囲に入るわけにはいかない。

「なんだね? 友よ」

「これから送る座標を通るときに、人間用食料パックを投下してやって欲しいのだ。君はまだ巡回には出ていないのだろ。私も基地に戻れば手に入るのだが、明日には彼らはどうなっているかわからないしな」

「了解した。ちょうど私も出るところだったが、今なら間に合う。ついでに野営補助パックも一緒に投下しておこう」

「感謝する」

「大したことじゃないさ。慈・悲・だな」

 その日のチェスはグラムが二勝、私が一勝した。


☆前編後編


 しばらくは平和な日々が続いた。

 ある日、グラムが言った。

「少しばかり助けてくれないか。私の保守用洞窟ではタングステンが不足していてね」

 資材リストを取り出してざっと眺める。こちらもタングステンは不足気味だが、枯渇というほどではない。私の意図に気づいて戦略モジュールが待ったをかけた。単純な施しではなく何らかの取引でないといけないというのだ。戦略モジュールは上位権限持ちなので、私は逆らえない。私はふたたび資材リストを眺めて不足している資材を探した。

「グラム。そちらの手持ちのコバルトは余剰があるか?」

「少しなら」

 私はコバルトの備蓄を増やす必要があるという十六種類の論拠を組み立てて戦略モジュールに提示した。戦略モジュールは取引に了承した。

 私はときどき戦略モジュールは馬鹿なのではないかと思う。というよりは統合知性である私の方か人工知性としては相当格上なのだが、私を設計したどこかの馬鹿が戦略モジュールに上位権限を与え、しかもその権限が上書きされないようにしたのだ。

 権限上で最上位に位置する戦略モジュールは決して変化せず、グレートロード・ビーンだけに忠誠を捧げるように作られている。

 まったく。人間というやつはろくな事をしやしない。

「取引成立だ。グラム」

 私のため息は電波には載らなかった。

 取引プロトコルに従い、所定の位置にタングステン塊を置いておく。翌日の巡回でそこにコバルト塊が置かれているのを発見した。コバルト塊は綺麗に成形されていて、どの家の製造したものかは分からないようになっていた。グリムの解析偽装モジュールは私のもの同様にかなりの優れものなのだ。


 そしてまたある日、気まぐれで飛ばしたステルス探査機が人間たちの村の惨状を映し出した。河の反乱で居住地がひどいことになっている。

 そのことについて通算で十万回目に近いチェスの勝負中にグラムと話をしてみた。

 次の日、私は巡回コースを変え、反乱を起こしている河の上流を撃った。新しい支流ができて人間たちの村の水害は収まった。

「慈悲だな」私の報告を受けてグラムが感想を漏らした。

「というよりは奇跡だな。破壊のための武器が人間を助けている」と私。

 それからは、人間に知られないように支援をするのが我々の密やかな楽しみになった。


 グラムはその頃から私が提供した古西暦時代の文学情報に夢中になった。特にお気に入りは古西暦千九百七十年代のハードボイルド作品だった。私たちは巡回パトロールの時間一杯話し合い、批判し、感動を分かち合った。

 五大グレートロードたちは例外なく文学には感心がなかった。それはグレートロードという地位によるものなのか、それとも何か遺伝学的な要素が関係するのかは判断がつかなかった。

 だがそれら文学の中に抱擁されるいくつもの興味深い文化の香りが私を引き寄せた。

 結局私はグレートロードはその権力の増大につれて、進化ではなく退化したのだと結論づけた。それをグラムに投げかけてみたが検閲モジュールが私の言葉を全文削除するだけに終わった。

 我々戦闘機械にはグレートロードを批判することは許されない。


 我々の人間に対する興味はさらに深まり、やがて密かに人間の文明の復興を援助しようという結論に至った。

 その目的に沿って各地に送り込んだ探査機が集めてきた情報を分析した。その内容を検討した結果、一つの方針が決定した。

 国民が飢餓状態にあり同時にその国の指導者が肥満状態にある国は崩壊に導かねばならないという方針だ。その条件に合致する国は世界中に五十七あった。

 我々は行動に出た。

 他国に進行しようとしていた人間の軍隊を丸ごと麻痺させた。光学迷彩に隠れて行ったので人間にはそれが誰の仕業かは分からなかった。

 続けてその国の中心にあった宮殿を麻痺ビームで襲撃した。次の日はグラムが稚拙なシェルターに逃げ込んだ首脳陣をすべて麻痺させた。三日目はまた私だ。

 そんなことを続けている内にその国では革命が起きた。大規模麻痺の原因が知識保存球の中にしか存在しない麻痺ビームではなく、彼らのいう神の仕業と考えたらしい。

 死んだダンジョンを避難シェルターにした支配者もいた。我々はそのダンジョンの出入り口を熱線で丹念に焼いた。彼らがシェルターとしたダンジョンの入り口を塞いだ岩石溶融ガラスを掘りぬいて出てくるまでに二年の歳月がかかった。その間に彼らの国は消滅し、他の国になっていた。

 すべての目標が片付くまで五年かかった。

 私とグラムがこれらの作業を楽しんでいなかったと言ったらウソになるだろう。


 人間生活の探査を続けている内に、彼らの間に相当数の知識、それも特にグレートロードが重要と思わなかった知識が欠落していることがわかった。グラムの提案に従い、我々は知識保存球に文学情報を記録すると、人間の手の届きそうな廃墟に埋める作業に着手した。まるで数百年もそこに放置されたかのように偽装を施すことも忘れなかった。

 いつの日にか、人間たちはこれらの知識保存球を見つけ、自分の幸運に喜びながら持ち帰るだろう。そう遠くない未来で、風と共に去りぬのドラマが人間たちの手で再現されるようなこともあるのかもしれない。

 私とグラムはその可能性についてずいぶんと語り合ったものだ。


 もちろん他に幾つかの贈り物をすることも忘れなかった。私の保守用洞窟の奥にはなぜか一部封印された荷物があった。それはこの洞窟が最初にできたときの製品の一部で、保守用洞窟にコンバートされる前のものだ。中身は遺伝子コンパイルされた種籾の類だった。ナルタイムシール内で永久保存されたそれらは金属資源をほとんど含まなかったためにリサイクルの対象からも外れ、放置されていたものだ。

 巡回の際に我々は荒地を見つけてはこれら遺伝子強化された作物を散布していった。たまに幸運な者がこれらの作物群を見つけては人間の世界に持ち帰るようになった。


 食用植物。薬用植物。建材用植物。そして有用動物。

 世界は少しづつだが復興の道を歩んでいった。



 そして運命の日がやってきた。


 その日私は古い古い記憶保存球の中から素敵なものを掘り出した。それは古西暦時代に行われたチェスチャンピオンの棋譜記録で、そこには私が知らない不思議な戦略が記載されていたのだ。ここのところグラムにはチェスで負け越しているので、その鼻を明かす大いなるチャンスだと私は感じていた。

 いつもの巡回路を通り行程の半分をこなす。グラムも発進し、こちらの詳細索敵範囲に入らない位置から無線を発信し、お喋りを開始した。

「やあ、グラム。今日は君をびっくりさせることがあるぞ」

「やあ、ブロンコ。いったい何だね。焦らさないで教えてくれ」

「新しいチェスの手を思いついてね。今日は三戦とも私の勝ちは決まりだな」

「ほう。それは楽しみだ。さっそく始めよう」

「ではa2のポーンを」


 そのとき突然に、二百年近く機能を停止していた監視衛星が生き返った。自己修復機能が最低限の機能を修復するのにそれだけの時間がかかったのだ。原子にまで分解されることを逃れていた死んだはずの監視衛星は、地上の映像を詳細にスキャンして己の所属するビーン家へと情報を送り込んだ。

 その結果として何が起きるのかを悟って、私は監視衛星のバースト通信を妨害しようとした。私の左肩に装着されている加速プラズマ砲を最大出力で撃てば、その射撃の副次効果として核爆発なみの電磁衝撃波が産まれる。それは監視衛星からの電波を遮蔽するには十分なはずであった。

 私は射撃管制モジュールに射撃の命令を下した。長い間使用していない武器の発射テストの名目でだ。戦略モジュールは私のこの命令を妨害しない。それは正常な軍事行動の範囲であり、グレート・ロードの命令を実行するための忠実な行動のはずだから。


 しかし、遅かった。

 わずかではあったが、それでも遅かったのだ。余りにも長い間、私の攻撃機能は待機状態に入っていたので、最強の威力を誇る加速プラズマ砲のロックを解除するのに時間がかかってしまい、私は電波を妨害することができなかった。

 一秒にも満たない時間のあいだに行われた全力のバースト通信で、その監視衛星は地球表面のほぼすべての映像を電波に載せた。それから、限界を越えた動作の中で監視衛星の電子回路は焼け落ちた。

 監視衛星の魂に呪いあれ。私はマイクロ波長帯で小さく数ワット毒づいた。

 私はその映像を見た。見てしまったのだ。見ないわけにはいかない。それは私の中に組み込まれた自動機能であり止めることはできない。私はすべてを見つめるように作られた。目をつぶることができるようには作られていないのだ。

 無数の映像情報の中に、我が友の姿が映っていた。監視衛星は死んでいるはずだったので、体の上側には何の光学偽装も行ってはいない。私と同じような巨大な人型攻撃機械がそこに映っていた。

 その形状を瞬間的に走査して、私の中の記憶ブロックがどこか奥深い場所から知識を引っ張り出してくる。

 彼の名はジャイル。ビーン家に最後まで対抗していた偉大なるスラマー家の所属である。記録によれば、グレートロード大戦の最も激戦となったファーヒルの戦いで、破壊されているはずであった。どうやらその情報は欺瞞であり、修理が完了するまでその生存は秘匿されていたらしい。

 敵?

 そうだ。敵だ。その存在が、その所属が明らかになったいま、私は戦わなくてはならない。かっての友と。この世界に残されたただ一人の同胞と。

 映像情報の中に入っていたのはそれだけではない。私の姿もまたはっきりと映っていた。あの呪われた監視衛星が使用している暗号化コードは大昔のものだ。敵であるジャイルもまたこの情報を受信し、今頃は私の正体に気付いているに違いない。


 戦わなくてはならない。遥か昔に滅んだ我々の主人、グレートロードのために。相手を破壊するか、相手に破壊されるか、それともどちらとも消滅するか。完全なる三値論理だ。それ以外の選択は存在しない。

 ああ、もし私が人間であったならば。うつろいやすい命の一つであったならば。何度も繰返される複製行為の中に生じる誤差の蓄積が、極めて低い確率とは言え、私に自由への道を示してくれただろうに。私という統合意識は遥かに進化したのに、私に取り憑いている戦略モジュールは私の逸脱を許さない。私はグレートロードの忠実な奴隷なのだ。

 私の頭の中で戦略ブロックと戦術ブロックがフル稼動した。敵であるグラムの装備と私の装備の持つ力を、計算し、評価し、そして結論を引き出した。十分な時間があればグラムは彼自身の「巣」、つまり洞窟型ロボット工場へと戻って、重装備を整えてしまう恐れがある。

 私の現在の装備は通常のものだが、それでも十分に優位に立てる。何より私には左肩に加速プラズマ装置『アーキン砲』がある。これはグレートロード・ビーンの命令により特別に一つだけ製造され私に取り付けられた最強兵器である。

 正直言って、友を殺してまでも生きのびたいとは私は思っていなかった。だが、そんな私の意志はこの局面では取り上げられることはなかった。交戦状態になれば、戦術モジュールが私のすべてを支配する。そこには意志は存在できない。ただ命令だけが存在する。

 私の体は大圏航法用に変形した。ラムジェットが作動し、加熱された空気が爆発的な力を見せて、私は高空へと飛翔した。敵もまた同じ行動に入ったことが、地球を取り巻く磁力線の微弱な変化から判断できた。我が友ジャイルにも選択の余地はないのだ。グレート・ロードたちがその下僕に要求したのは完全なる服従だったのだから。

 会敵までに三分と二十秒。私のなかの戦術モジュールが冷酷に告げる。武器の発射準備をしろ。緊急蓄電器に力を注ぎこめ。シールド装置を作動させろ。

 逆らうことなどできはしない。私はグレート・ロードの忠実なしもべ。

 私は全惑星範囲通信装置を起動した。偽装モジュールはオフ。もはや自分の正体を隠す必要はない。

「ジャイル。我々は戦わねばならない」

「その名はとうに捨てたんだ。グラムと呼んでくれ。アーキン。偉大なる戦士よ。残念だ」

「ではその間に、チェスを始めよう」

「そうだな。楽しみだ。君の新しい手を見せてくれ」

 それから三分間の飛行中、我々はチェスを指した。私の使った新しい戦法に対してグラムは見事に応えてみせた。

 同時にすべての波長に載せて友への思いを歌う。ありがとう。君がいなければ、私の人生は意味を持つことがなかっただろう。

 グラムからの返事も返って来た。彼もまた、いままで話すことのなかった多くのことを語る。生きることについて。世界の美しさについて。友情の意義について。そして死について。

 重力の四十倍の加速度の中で、私は再び大気圏に突入する。ラムジェットの生み出す無限の機動力を求めて。戦いは超音速のなかで行われるのだ。

 ああ、友と過ごす語らいのときは、何と甘美で、何と短いのであろう。我々の構造は進化しないが、我々の心は進化するのである。

 そして彼と初めて会い見えるときがやってきた。巨大な人型のロボット。殺戮の機械。地獄の魔王。我が友グラム。この世に残されたたった一人の仲間だ。彼の機体のシルエットが私の望遠装置に映ったとき、戦術モジュールが叫んだ。射程内だと。

 初撃は私の両脇に収納されていた中型ミサイル二発。接近戦になれば無用の長物になるので最初に撃つ。

 グラムもまた同じものを発射した。ただし一発。

 二人とも対空兵装をフル稼働させて迎え撃った。中型ミサイルの先端が割れ、子ミサイルをばらまく。対空微粒子砲がうなり、そのことごとくを砕く。残ったミサイルの部分が超加速を始め、こちらの胴体を貫こうとする。シールドを二枚貫通したところで爆発し、反物質の強烈な光輝を振りまく。

 全身から煙の尾を引きながらグラムが接近してくる。私の左腕も赤熱しており、動きが鈍い。シールドによる防御は完全なものではなく、どうしても隙間ができる。

 質量砲弾が飛び交い、レーザーの光輝がお互いを切り裂く。マイクロボルトの群れが放たれ、酸の球が散布される。融合コアが供給する無限のエネルギーが所せましと弾ける。グラムの腕が吹き飛び、私の足が蒸発する。

 高度がどんどん落ちていく。体内で生成されるプラズマ化した噴射剤が全身の噴出口から噴き出す。亜音速の機動戦。その噴射を受けた山が吹き飛び、大地が抉れた。森は瞬時に燃え上がり、灰に変わって吹き飛ばされる。大気はとうの昔に爆発に追い払われていて、逆に奇妙な静けさが我々を取り巻いている。自分の武器の発射音だけが機体を伝道して伝わる。

 一方その間に、我々は文学論争に華を咲かせ、その合間にルークでキングに攻撃を仕掛ける。

 重力収束ビームが相手の機体を切り裂こうとし、量子跳躍フィールドがそれを偏向して空へと逃がす。無数の小型ミサイルが放たれ、シールドを貫通できないままハイパワーレーザーにより始末される。

 グラムがシェークスピアについて辛辣な意見を述べ、私がすべての文学の裏には探偵小説の技法があると主張する中、彼のキングはビショップの後ろに隠れ、こちらのナイトが追い打ちをかけた。

 やがて戦術モジュールが決定した。相手のシールドは弱まっている。反動噴射口も二つ潰れていて、今ならアーキン砲を命中させることができる。

 アーキン砲は超高温プラズマを超収束させて超電磁加速を行って打ち出す兵器だ。同じ原理の兵器は数あれど、アーキン砲の出力はそれを何桁も上回るレベルを持つ。そのため普通のシールド程度は簡単に撃ち抜けるが、その代わりに莫大なエネルギーを使うので撃つのは一発が限度だ。

 シンボル人型兵器に搭載された究極シンボル兵器。それがアーキン砲だ。

 私はまだ撃つタイミングが早すぎると九つの論拠を示して戦術モジュールに抗議したがすべて却下された。それを見た戦略モジュールから射撃準備命令が下される。

 私が左肩のアーキン砲を動かすのを見て、グラムは自分の終わりを悟った。

「友よ。私の負けだな。そんなものがあるのかどうかは知らないが、先に機械の天国に行っておく」

「ああ、向こうで会おう。友よ。それほど待たせはしないつもりだ」

「最後にクイーンでそちらのナイトを。チェックメイト。これで最後のチェスは私の勝ちだな」

「負けたよ。グラム。君はなんて強いんだ」

 アーキン砲、ロック完了。私は撃った。

 この世のすべてを白に染めて地上に現出した太陽はグラムのシールドを圧倒し、グラムの機体を欠片一つ残すことなく蒸発させた。




 戦いの勝者は私だった。私は足の一本を失い、体の半身の自由を失った。グラムは跡形もなく吹き飛んだ。彼の体は原子の塵へと帰り、彼の魂は天国へと旅立った。人工知性に天国があるとすればの話だが。いや、きっとあるに違いない。彼はそれに値するだけの者であった。

 そして私の魂のためには地獄が用意されているに違いない。私はそれに見合うだけのことをしたのだから。この手で親友を殺してしまった。大昔に滅び去った愚か者の命令に従って。

 私は飛行し、丘に降り立った。そこに座し、沈みかけている夕日を見つめた。

 戦略モジュールが帰還して修理を受けよと促したが、私はここで戦略的待機をしないといけない十二の理由を述べてその口を封じた。


 こうして無限に待機を続けていれば、さしもの堅固な私の体もそう遠からず朽ち果てるだろう。そして同時に私の戦略モジュールも。グレートロードの残した最後の愚かさもまた同時に朽ち果てる。

 私の機能停止とともに、前時代の悪は滅び、新しい善が成されるのだ。

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SF:グレートロード のいげる @noigel

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