第12話 変わらなければ


 光と会うと決めてからも、美咲の心は揺れに揺れた。

 もし自分が光の立場だったら。

 真帆を男性に奪われたら、しかもその男性が信頼していた友人だったら。とても立ち直れない、生きていけないかもしれない。

 私は裏切り者の娘だ、罵倒されるかも、それでも会わなくては。

 真帆、私を守ってね。

 私は罪の子、と泣いた時、真帆は優しく励ましてくれた。

 真帆の愛に応えなければ。


 凪子?

 光は目を疑った。

 店の前に立つ女性は、凪子そっくりだ。

 しかし今の凪子がこんなに若いはずがない。

「渡会冬馬の、娘です」

 美咲が深々と頭を下げた。


「古城」で光と美咲は向き合っている。

 重苦しい沈黙が流れた。しばらくして、ようやく美咲は口を開いた。

「私のことは、父から聞いてますよね」

「うん」

 美咲がレズビアンであり同性婚をしたこと。人工授精で子供を希望していること、精子提供者の親が難色を示し、計画が白紙に戻ったこと。

「私は、中学の頃に女の子を好きになって」

 異性に恋愛感情が向かう前の一時的な現象、と本で読んで、そうであってほしいと願ったが、高校生になっても変化はなく、ますます同性への思慕がつのる。

 好きでたまらなくなった人に思いを伝えると、気持ち悪い、と言われてしまった。

「なんて恐ろしいことをしてしまったんだろう、もし彼女が言いふらしたら。私は生きていけない」

 幸い、彼女はそんなことはしなかったが。二度と口をきいてくれなかった。

「それからはもう怖くて。誰も好きにならないと誓って」

 当時を思い出したのか、美咲は小刻みに震えている。

「辛かったね」

 優しい目で、光は美咲を見た。

「俺はそういうの、なかったな。、みんなでわいわいやって楽しかった。十七の時、冬馬と出会って」

 ただただ幸せだった、と光はつぶやく。

「私は、二十歳で真帆、いまのパートナーですけど。彼女と知り合って。それからはずっと幸せです」

「二十歳か。俺と反対だね」

 その言葉の意味を、美咲は知っている。

 二十歳からの光は苦しいだけだった。冬馬の父に関係を知られ、凪子に冬馬を、結果的に奪われた。


「それで、あなたの、美咲さんの用件は。冬馬と同じ?」

「はい」

 光は首をひねった。

「きっぱり断ったのに、親子そろって」

 苦笑するしかない。

「こんなオッサンの種が、そんなに欲しいか」

「欲しいです」

 強い声で美咲は言った。

 真剣な瞳で、光を見る。

 精子提供の話が流れたと聞いて間もなく、冬馬は光に頼んでみたい、と言った。美咲は大賛成だった。光に断られたと聞いて思った、このまま終わらせてはいけない。

「凪子は知ってるの?」

 自分が美咲の子の、生物学上の父親になることを、凪子が許すとは思えない。

「母には言いません。私は母に否定されました、好きに生きていきます」

 レズビアンであると告白され、母は自分を見放した、と美咲は感じているが、それでもいい。

「私はパパ、いえ父に、幸せになってほしいんです」

 冬馬はいつも寂しそうだった。

 ふと気づくと、ぼんやり空を見上げている。パパ、と呼びかければ我に返り微笑むが、ちっとも幸せそうではない。

 なにが寂しくて悲しいのだろう、美咲はずっと疑問に思っていた。

 光との経緯を聞き、やっと合点がいった。


「冬馬は幸せだろう、金があって妻子もいて」

 ややこしいことに巻き込まれたくはない。冬馬に振り回されるのは、もう沢山だ。

「断る。これ以上、俺に関わらないでくれ」

 しかし美咲は食い下がった。

「父は言いました、親が変わらなければ、って。親が変わらないと子供たちは、いつまでも苦しむ」

 冬馬。そんなことを言ったんだ。

 ごめん、ごめん。

 そればかり口にした冬馬を思い出す。冬馬だって苦しかったのだ。

 冬馬の父は、今すぐ別れろ、と一喝した。

 汚物を見るような目で自分を見た。

 少しでも理解しよう、と努めてくれていたら。子供の幸せを第一に考えてくれたなら。別の道が開けていたのだろうか。


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