第48話 鈍感

 二人ともとても良い体をお持ちで……ふむ。狂歌の勝ち、と。何がとは言わないが。


「なんで二人一緒?」

「最後はわたしって言っても、月姫が聞かないの!」

「最後は私だもん! 鬼面さんこそ、聞き分けが悪い!」

「あー、はいはい。わかったから、皆一緒に入ろうねー」


 二人がいがみ合いながらも体を洗う。お互いのことで頭が一杯なのか、僕に話を振ってくることもない。

 ある意味、とても仲がいい二人。

 百合百合しいとは、言えないけれど。いや、ちょっとしたきっかけでそういう雰囲気にもなりそうな?

 二人が体を洗ったら、僕を真ん中に、右に狂歌、左に華狩。二人とも熱心に僕の腕に胸を押し当ててくる。


「夜ぁ謳ぉ? どっちのおっぱいが好みぃ?」


 狂歌の問いかけ。


「わ、私だよね!? サイズは……だけど、私の方が柔らかくて形もいいし!」

「はぁ!? 何言ってんの!? わたしの方が大きくて柔らかくて形もいいの! 夜謳、そうでしょ!?」


 おうおう。難しい質問をしないでくれ。

 サイズに優劣は付けられるが、それ以外の要素はなんとも……。

 どっちも素敵! ではダメかね?


「ルビーとサファイアの優劣は、僕には決められないよ」


 なんて言い逃れしてみたら、二人が不満そうに唸る。


「夜謳のバカ」

「夜謳の意気地なし」


 大変失礼しました。

 でも、なんと答えるのが正解だった?


「まぁ……えっと、二人がいてくれて、僕はとても楽しいよ。一緒に暮らし始めたときにも、凄く賑やかで明るくなりそうだ」

「……夜謳。これだけは決めて。今夜はわたしと月姫、どっちと一緒に寝る?」

「もちろん私だよね!?」

「わたしに決まってるよね!?


 うーん、この二人、どんどん盛り上がっていくなぁ。

 そして、どっちも人類を越える腕力の持ち主なので、僕の腕がピンチだ。そろそろもげそう。


「どっちかを選ぶなんて、僕はそんな狭量な男じゃないよ。二人とも一緒に寝ようじゃないか」


 ブチッ。

 両腕がもげた。湯船のお湯が血に染まる。動脈もぶち切れてるから、血の勢いもなかなか。


「あ! ちょ、夜謳! 今のはわざとじゃないから!」

「ご、ごめん! 夜謳! しっかりして!」


 慌てているのか、二人が無駄に両腕を僕にくっつける。そんなことをするより、死んだら治るんだけどね。殺してくれた方が早いんだけどね。

 失血死は意外と早く、僕は健康体で復活。腕が近くにあったから、その腕がくっつく形での復活だった。


「……ふぅ。二人とも、ヒートアップして人の腕をもぐのはやりすぎだよー」

「ご、ごめんね、夜謳。そんなつもりじゃなかったの。ただ、この人喰い鬼が……」

「わ、私のせいじゃない……。猟奇殺人犯のせいで……」

「僕がちゃんとしてないのが悪いんだろうけどさ。けど、ごめん。僕には、どっちがいいかなんて決められないよ。僕は二人とも好き。恨むなら、恨んでもいいよ」


 僕が情けなく言うと、狂歌と華狩が悩ましげに呟く。


「……夜謳を恨みたいわけじゃない」

「私も。私は夜謳を好きで、夜謳にも好きでいてほしいだけ」

「……そっか。でも、こんな奴でごめんねって、ずっと言い続けることになるんだろうな」

「わかってて一緒にいるんだよ」

「そうそう。夜謳はそんなに気にしなくていいから。私たちが勝手に盛り上がるだけでさ」

「なら、僕はもう開き直るしかないなぁ」

「でも、わたしは夜謳の一番になるって決めてるから」

「……夜謳の一番は、私」


 狂歌と華狩がまた火花を散らす。僕はその火花に焼かれるばかり。

 それはそうと、なにやら左の華狩の呼吸が荒い……?


「どうした? 華狩」

「……血の匂いで、興奮してきちゃった。どうしよう」


 華狩が、もう我慢できない、という風に僕の腕に噛みつく。溢れる血を吸って、さらに興奮がエスカレート。


「あ!? ちょっと! 勝手にわたしの夜謳の血を吸わないでよ!」


 華狩は狂歌の声など聞いておらず、どんどん血を飲んでいく。

 そして、興奮を抑えることなく、僕の下腹部に手を伸ばしてきた。


「おおぅ、華狩?」

「……無理。我慢できないっ」


 吸血をやめて、華狩が僕に襲いかかってくる。

 それを狂歌がとめようとするが、血が入った華狩はとまらない。


「邪魔しないで!」

「わたしの夜謳よ!」

「もう私のだもん!」

「わたしの!」


 二人が狭い浴室で暴れ出す。

 僕は死なないだけの普通の人なので、二人の争いをとめることなどもちろんできない。

 オロオロしていると。


「いい加減にしてください! 浴室を壊すつもりですか!」


 鳳仙花さんが入ってきて、狂歌と華狩をとめてくれた。


「鬼面さんはとりあえずもうあがってください! 月姫さんは一人でどうにかしてください!」


 狂歌と華狩が無理矢理追い出されて、僕と鳳仙花さんの二人だけになる。


「……黒咬君、大丈夫ですか?」

「ええ、おかげさまで」

「血の海じゃないですか……。もう……」

「死んだら治るので平気ですよ」

「そういう問題じゃないです。……けど。また何かあれば、いつでも私が助けます。だから、いつでも遠慮なく呼んでください」

「うん。ありがとう。頼りになるね」

「そう思うなら、キスの一つでもください」

「……それは、ちょっと」

「ふん。わかってますよ」

「まぁ、ともあれ僕もそろそろあがります。長風呂しすぎました」

「そうですね。そろそろあがって、ベッドに行きましょう」

「……本当に、今夜は鳳仙花さんと寝たい気分ですよ」

「へ? 今、なんと?」

「ん? 僕、何か言いました?」

「わ、私と、寝たい気分、って……?」

「はて? 気のせいじゃないですか? 僕、そんなこと言った覚えないですよ。それか、お風呂入りすぎて、ぼうっとしたまま変なこと言っちゃったのかもですね」

「……いい加減、あがってください。のぼせてしまいますよ」

「そうしまーす」


 僕が湯船からあがると、鳳仙花さんが視線を逸らす。僕の裸を見るのは気恥ずかしいようだ。

 鳳仙花さんは血塗れになった浴室の後かたづけで残り、僕は脱衣所で体を拭いてパジャマを着る。


「あれ? ところで、黒咬君。この出血量、一度死んでますよね? それ、いつですか? もしかして、今はのぼせたりしてない、割と元気な状態……?」

「ん? さぁ、いつでしたっけ?」


 とぼけながら、僕はそそくさと脱衣所も後にする。

 鳳仙花さんは追ってこない。たぶん、何かしら考え事でもしているんだろう。

 僕もあまり良い人間ではないけれど。

 鳳仙花さんも、確かに鈍感だよね。

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『不死』スキルを生かして『殺され屋』をしているんだが、ヤンデレ娘(たぶん違う)たちに愛される僕は幸せ者。ちょっと血生臭いけど。 春一 @natsuame

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