第十五話 貴方が気付くまでの出来事ー塒案内



 存は夢を見た。

 夢の中では花が山ほどあり、綺麗な大柄の花から小柄な花。雑草の花も揃えられている。

 その景色の真ん中に、自分がいる夢を見た。


「……よくない傾向だ、夕方に転た寝して夢だなんて。折角の睡眠が勿体ない」

 景色の印象からは良い夢であるはずなのに、自然と悪夢だと思えてしまった。あんなに綺麗な景色でありながら、心が躍らないぞっとする悪夢だとかんじた。

 存にとっては葬式の夢など願ったりかなったりだというのに、葬式とは違う感覚だったのだ。

 存はまだ弓が帰ってきていないことに気付けば、家から出て迎えに行ってやろうと、たまには父親の気概を見せようとしたのだ。

 あれから弓は変わらず慕ってくれている。最初から好感度が高い扱いを受けてきたが、弓からの好感度は下がる所作もなく、ずっとずっと健気に慕ってくれている。

 よちよちアヒルのひな鳥のように、追いかけてきてくれる。その居心地の良さは、言葉にはできないほど暖かかった。

 存は外に出れば、高級外車が露骨に停車していて、存を待っているのだと見せつけている。存が近寄れば事実、窓ガラスがばーっと開いた。

「やあ、存くん。今日は寒いね、そろそろ雪が降ってもおかしくないね」

「独水……」

「少し話をしよう、シャンパンは嫌いか?」

 どうあっても断らせない気だと存は車を受け入れ乗り込むと、独水からグラスを受け取る。

 存外快適な車中は広めの座席で、車種もきっと有名なのだろうけれど存には興味が無かった。

「弓を迎えに行きたいんだ、手短に頼む」

「じゃあまずは乾杯の一杯をしてから話をしよう」

 コルクは最初から開いている酒。その意味を知らないわけではなく、存は試されている事実を気付くと一気に呷った。

 一気に呷って飲み干せば、独水は楽しげに嗤って手を思い切り拍手した。

「いいね、最高だね。要件は簡単だよ、葉月に会ってみないか」

「葉月って誰だよ」

「あの人魚だ。あの綺麗な女の子。君に会いたい君に会いたいって五月蠅いんだ」

「……アルテミスの首を盗んだ奴だろ、そんなやつが何故おれに」

「簡単だ、君の首が欲しいんだ。さて、そろそろ効いてる頃かな。エロ漫画でよく聞く筋肉弛緩剤どうかな、噂通りにほんとに使えるかな」

「……そんなことだろ、うと、思った」

 存は体の不自由さに気付くと、シャンパンのグラスを落としてしまい、そのまま座席に項垂れる。独水はにこにこと笑みを浮かべながら、窓ガラスを閉めていく。

「大丈夫、君の娘はそろそろ解放しておくよ、無事だけは保障しておくね。幼女を痛めつける趣味はないんだ。それに君は娘さんを解放してほしくて囚われてくれたんだろう?」

「成人男性を痛めつける趣味もそれはそれでやばいな、おまえならありそうだ」

「いいやあ、僕は痛めつけないんだよ。君を痛めつけたいのは、僕の女王の望みなのさ。僕はただ女王のお望みのとおりに」

 独水は運転手に車を運転するよう合図を送れば、しゅるりとネクタイを解き、存の目元に添えて結んでやる。目隠しされた存は状況が読めなくなってくる。

 判るのは、葉月に対しての生け贄にされるということだけ。

「僕は終わりを見たいんだ、あの子の結末を見届けたい……」

 独水の声はしっとりとしながら、何処か弾んでいた。



 弓は道案内をしていた。迷子の男性に付き添って道案内をしていたのだったが、迷子が何人も連続で弓に助けを求めてきた。思わぬほど時間を取り、帰宅する頃にはもう夕飯時の時間帯だった。

 帰宅すれば疾風が「遅い!」とぷりぷり怒りながら手洗いなどを進めてくる。

 手洗いやうがいを済ませ、お風呂にもついでに入れと言われればそのままさっと既に沸かしてあるお風呂を受け入れる。

 体を洗った後の湯船は暖かく、ぴちょ、と時々雫が垂れてくる。ほかほかになった湯上がりで、髪の手入れや肌の手入れをしていれば、疾風がご飯の支度を調え終わったらしく。

 弓に声をかけてきた。

「存を知らないか? 部屋にいないんだ」

「えっ、父様は今日何もないはずよ。アルテミスさんも何処にいるのかしら」

「電話してみてくれ、僕はそのう。電話すると……」

「そうね、流石に家電(いえでん)壊されるのは辛いし」

「冷蔵庫もよくもってるほうなんだよ、できるだけ電子レンジも使ってない……」

「それでもシーズン毎に買い換えはやりすぎだとおもう。困った体質よね、わかった、アルテミスさんに電話してみる」


 弓は即、スマホを立ち上げればアルテミスへ通話をかける。アルテミスはのんびりとした声色で出てきた。


「なんですか、もうすぐ帰りますよ。今、自然界のエネルギーを集めてるところです。これがないと魔法の形にならなくてですね」

「存がいないんだ、そっちも探してみてくれ」

「……存さんが? 弓さん、今日帰りがけどうでした、誰かに会いました?」

「変態が三人かな」

「他には? それはいつものでしょう」

「迷子の人達が何連続もボクに道を聞いてきたから助けたの」

「なるほど……嫌な手を使いますね、ちょっと心当たりあります、行ってきます。あとでもしいそうでしたら、メッセージ送っておきますよ」

「うん、じゃあお願い!」


 スピーカーにして聞こえてきたアルテミスの言葉に二人は、アルテミスは弓へ何か罠を敷かれていた可能性へ気付いたのだった。

 弓は悔しさのあまり、ソファーでジャンプし、はーっと溜息をついた。

「ひどいよね、人助けだとおもったのに。全員地獄に行けば良い」

 弓の言葉はもっともで、疾風は頷くしかできなかった。とりあえず、折角作った夕食は冷めた状態で食べそうだなと予感した。




 意識を取り戻す。儚い声色の歌声、満たされるクラシックの音楽はワンリピートしている。窓辺から見える階層からきっとタワーマンションか、高層ビルのどこかかなり上の階だろう。やたらと良い匂いの、とくに薔薇の匂いがつよくて、とろんとした眼差しで瞳を起こせば、目の前には可憐な人魚。隣にはアルテミスの生首。

 可憐な人魚はにこやかに意識を取り戻した存と目が合うと、手元に鉈を用意した。

 鉈を丁寧に手入れして、うっとりと存を見つめている。

 ワンリピートしているクラシックの音色に合わせて、独水がピアノを弾いている。ピアノは軽やかな音色でこれからくる出来事の悲劇を語るような音色だ。

 悲しい音色で、存はもの申したかったのに、唇一つ動けないほど体に力が入らない。

 くてんと放り出されたような感覚の体だ。存は、ぼんやりとした意識で葉月を見つめた。


「ねえ、貴方の首、頂戴」


 葉月は極上の幸せを顔に画いていた。


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