第十四話 優雅な人間観察2-狂うほどの夢追い


「あそこの女性がいいです」


 後日迎えに来た独水と町中で人々を一緒に観察し、対象者を決めた。

 対象者は明るいふんわりとした茶髪の二十台女性だ。女性には独水の部下が説明しにいって、調査のため協力してくれないかと申し出をしている。謝礼も払うと。

 前払いだけでも相当な額で、欲に目がくらんだ女性は引き受けてくれた様子だ。

 アルテミスは女性が自分に首があると暗示にかかるよう術を施し、女性の記憶にある平均的な顔がアルテミスの印象になった。


「期間は十日間。この人は君の夢を何だって応援してくれる。頑張れとか励ましてくれたり愚痴を聞いてくれる」


 独水は対象者を前に、アルテミスを紹介した。紹介された対象者は、こくこくと頷き説明へ夢中となって聞き入る。


「対して僕は夢を諦めるなら好きなだけお金をあげる。十日間までの間、百万円ずつあげよう、お試し期間として。夢を諦めないならこのお金は後日回収する。騙せるとは思わないでね、君のことはずっと見てる」


 対象者は独水からの提案にぎょっとして驚き、手始めに手渡された分厚い封筒へ恐る恐る手を伸ばし中身を確認した。


「さて、聞こう。君の夢は?」

「じょ、女優になることですっ。ちょうど、あと十日にオーディションもあるんです」

「ああ、素晴らしいタイミングだねえ。じゃあそういうことで、モニターになってくれたまえよ、あとのことは任せたよアルテミスくん」

「はいはい、それじゃしばらくお家に一緒にお世話になります。宜しくお願いします! 料理洗濯、何でも任せてください!」

「洗濯はともかく、料理と掃除あたりは嬉しいかな……でもなんだか変わったモニターね」

「ああ、今、人にとって何が大事なのかを話し合って争ったんですよ。僕らの大事な人が、諦める心をとても強く持っていて。僕は否定派で、あの人は肯定派なんです」

「なら絶対勝たないと! 夢は生きる活力になるし、諦めないことって強いんですよ!」


 対象者の言葉にアルテミスはこの人なら大丈夫だろうと、ほっとして一緒に帰宅する。

 最初の内は楽しい同居のような空間だった。対象者はオーディションに向けて一生懸命努力をしている上に、台本だって頑張って覚えようとしている。


「悲恋の女性が主役なの」

「恋のお話しですか。どんな恋をするんですか」

「ずっと側にいた人がいなくなって初めて恋に気付くんだけど。事故で死んじゃうんだ女性が。そこから始まる地獄奮闘記!」

「コメディっぽい空気もありますね!? ライバル役の子のほうが似合うと思うのですが」

「やるからには主役がいいわ! 楽しみなの、この感情を借りるの」



 対象者は演技を見せてはアルテミスと話し合い。アルテミスは都度都度力になろうと奮闘した。対象者の誰よりも理解者に近い存在になっていく。

 ところがある日、実家の母親が怪我をして資金が必要となる。独水からの金へ手を付ければ簡単に負担なく支払える金額だ。

 対象者はお金に引かれかけ、更にその時期、同じ事務所に所属していた同期の子が鮮烈デビューと雑誌でインタビュー受けたり、CMがあちこちで立ち並ぶ。

 対象者は心が折れかけそうだった。それでも望みはオーディション。オーディションに受かりさえすれば、お金に手を付けなくても気合いでなんとかしようと心持ちがわくのだ。

 アルテミスは前日に特製オムライスを大盛りで作って、ケチャップで花丸を画いた。


「大丈夫、夢を見る人はきっと強い!」

「うん、夢をみてこそのあたしだもの。若いんだから今がチャンスなの! 次のは絶対絶対とるんだから!」

「大丈夫、貴方ならきっと合格しますよ、毎日頑張ってる!」


 アルテミスは芸能関係に疎く、どれだけ受かる人数が少ないかは、なんとなくでしか知らない。それでも、賭けが関係なくとも応援したい気持ちでいっぱいだった。その為、毎日演技をムービーに撮って応援し、一緒に考えた。

 対象者は毎日仕事の合間に頑張っていて、叶うと嬉しいし、この期間で叶わなくてもいつか実れば素敵な気持ちになれると夢見ていた。

 対象者も毎日アルテミスが励ましたり愚痴を聞いてくれることで、だいぶ負担が楽になっていた。アルテミスは会話の天才で、アルテミスと話していると嫌な気持ちがふっと抜けていくのだ。

 オーディション当日。対象者は実力を出し切ろうとした。しかし、現場には同期のデビューしていた子までいて。


「最近忙しいんだけれど、是非受けてみないかって言われたの」


 聞こえる自慢話に嫉妬心がかられて、感情をうまく。主役に載せることが出来なかった。


「それでは十四番さん、どうぞ始めてください。三十二カットのシーンです」

「はい! ……何を恐れるの? 貴方は昔勇敢な気持ちで生きていた。あの頃私の思いだってきちんと真っ向から受け止めてくれていた! 貴方は……貴方は……」


 同期をちらりと見てしまう。同期は対象者に余裕の笑みを浮かべている。くすりと、嘲りを受けた。見下しの笑みだ。まだアマチュアなのかと。

 それだけで対象者は身がすくんで、台詞を忘れてしまった。

 最終オーディションまでいっていた。実際夢が叶うまであと少しだった。時が止まる。

 審査員が諦めの顔を見せる、もう少し待ってと叫びたい対象者だったが、印象を悪くするのはこれ以上はよくない。

 思い出せない台詞を終わってから思い出し、非常に悔しい思いに駆られる。

 同期の子は、対照的に素晴らしい演技で、余裕をもつ理由が少し分かった対象者は放心していた。

 自宅に帰ればアルテミスがいる。アルテミスはわくわくしている面持ちで、それがまた辛い対象者は泣き出した。

 対象者の子供めいた泣きじゃくりにアルテミスは話を辛抱強く聞いた。


「駄目、だった、あの子にできたこと、できなかった」

「……おつかれさま、またがありますよ」

「またはないわ、もう、もう諦め……」

「諦めるなよ、貴方なら出来る」

「簡単に言わないで! 生活切り詰めて頑張ったし、レッスンだって頑張ってスケジュールぎりぎりまでいれていた! でも、駄目なの、あたしの限界値はここなのよ!」

「違いますよ。限界値は貴方が決めたことだ。もっと、もっと飛べるんだ貴方は。見てださいよこの動画。貴方の演技の履歴だ、成長を感じません? パソコンを借りた、古いのも漁りました」


 アルテミスは今までの演技をスマホで撮って居てくれた様子で、全部流してくれる。一日目の酷さが際立つ、それでも十日目には見れる物になっていると感じる対象者はぶわっと涙を流す。

 頑張ってきたものが明確に形になっている気がしたのだ。


「十日前の限界値の貴方がこれだ。今もこの限界値だとおもいますか? 来年にはどうなる? ……諦めるなよ、気が狂ってるほどに夢に焦がれた人が現実に目覚めるなんて嫌です」


 アルテミスの言葉は悔しさを理解してくれてると同時にプレッシャーでもあり。しかし、そのプレッシャーは夢を見続ける自分には居心地の良いものだった。

 夢を否定されずに応援され続ける行為は蜜のように対象者の心を満たしていく。

 インターフォンが鳴る。出れば独水だった。


「どうかな、今日の分持ってきたよ! 諦めてくれるなら、このまま一千万は君のものだし、もっと欲しい額もあげちゃうよ!」


 甘美な誘い。満たされた気持ちとまだ穴が開いた心に埋まるような勢いの、蕩けるような誘いだ。

 対象者はアルテミスを振り返ると、アルテミスは優しく対象者を撫でてくれた。

 対象者はそれだけで、たったそれだけで決意が出来た。この手の温もりを裏切れなかった。


「夢を、追い続けます」

「ほんとにい? 苦しいよこのさき、きっと!」

「それでも、あたしにはこれしかないんです」

「そっか! じゃあ今までの分は返してね、モニター協力有難う、謝礼はきっちり払うよ」

「これでお別れだね、……また時折お話し聞きに来てくれる?」

「いいですよ、もちろんだ。貴方が夢を見続けるなら、オレは貴方のファンですから」


 アルテミスの言葉はふんわりと胸を暖かくする。

 対象者は後に、大きな賞を受賞するほどの女優になるけれどそれはまた先の話。



「いやー、惜しかったなあ、折角ライバルの子起用したけどもうあの子は要らないかな」

「最低ですね貴方は」

「本当に実力があるならそのまま使ってもいいんだけどね、少し調子にのってるみたいだったから! さっきの子のほうがたのしみだな。さて、アルテミスくん。景品だ」


 独水はアルテミスを車に乗せ、二人で後部座席にて遣り取りをしている。

 独水のお抱え運転手は何事にも慣れているのか、会話を聞かないふりしていた。アルテミスは呆れながら、独水からキーカードを受け取る。何処の家のキーカードだとあらゆる角度でくるくるカードを回して眺めると独水は嗤った。


「うちのキーカード。葉月もいる。好きなときに来てネ、ハニー」

「……首のある場所ってことか、貴方は何なんですか。葉月に手を貸したり、オレに遊びながら手を貸したり」

「なんてことないよ、僕はただ。美しい恋の終わりを見届けたいだけなんだ」


 独水の言葉はアルテミスにはぴんとこず。緩くキーカードを撫でた。


「住所は後日メール送っておくね!」

「ストーカーなのを隠そうとしなくなりましたね!?」


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