第十一話 貴方の言うとおりだ2ー弓と首なし


 少し家より遠い花屋に、弓の学校帰り待ち合わせして向かった。

 学校帰りの弓はランドセルを背負って、随分と息を弾ませていた。帰りがけに男子生徒にからかわれて逃げ惑ったのだという。いつの時代も好きな子にちょっかいをかけたがる男の子の意地悪度は変わらないものだな、とアルテミスは和んだ。

 弓は髪の乱れを整いながら、アルテミスと一緒に花屋へ向かう。

「昼にイベント追加されていたの見た?」

「見ました、今回は服がメインなのですね。オレは素材が欲しかったので、完走しようかと」

「五台全部完走しちゃうの?」

「はい! こまめにやれば間に合うはずです! 選択報酬はばらけさせますけども。専業主夫を舐めないでください! いや、専業使用人ですかね?」

「いいなあ、大人は。ボクは一台だけだから。それでも必死にやらないと間に合わない。どうやって時間を間に合わせてるの?」

「コツがあるんですよ、簡単に省略できるやり方があるんです。あとは大人の力です」

「ふふ、アルテミスさんは疾風さんとちがってゲームに精通してるから嬉しい」

「あの人論外でしょ。この前、電卓すら壊してましたよ」

「電卓なんてどうやって壊せるの? 逆に天才ね」


 不思議ね、と話して花屋に着けば、花屋には独水がいた。待っていたわけでもなく、本当に偶然だった様子だ。花屋は大きすぎる店内というわけでもなく、子犬が二匹飼われていた。独水の足下でじゃれている。

 弓は相手が誰か判らず、立ち止まりぶるぶると怒りを堪えているアルテミスへ不安げに手を引く。手を握られたアルテミスははっとし、弓を後ろへ隠す。

 独水は二人に気付くと、けらけらと大笑いした。

「葉月の悦びそうな顔してるね、レディ、随分お父さん似だ」

「父様を一方的に知ってる人に善人ってあまりいないのよね、だあれおじさん」

「手厳しいね! おじさんは独水譲というよ。お偉いところの社長なんだ」

「お偉いところの社長ならわざわざ花屋に来なくていいじゃないですか」

「駄目だよ、花という物は実際眼に見てぴんときたものを買った方がいい。全て調度品のように整った薔薇より、花屋に直接出向いて買ったかすみ草のが可憐だったりするんだ」

「よくわからない価値観っすね……今日はあの人魚は……」

「ああ、お家で留守番だ。相変わらず楽しそうに大事に君の首を、飾っているよ。いっそ君は首を返さずこのまま生きてくれないかな? そのほうが君も美しいよ」

「美しい……?」

「そうだとも、世にも珍しい首無しの化け物は誰よりも目立ってかっこいいだろう! 素敵な化け物だからこのままでいてくれよ」

「……ッあんた……」

「葉月から聞いたが、そのほうが魔女も悦ぶのでは? 自分より美しい男は嫌われる、あの首がないことで君は比較されずに好かれるだろ」

「てめえっ!」


 アルテミスが独水へ間合いを詰めれば、独水は一気にひらりと身を翻し、弓の方へ近づき。弓をあっという間に腕の中へ囲い、弓の首元にとん、と宝石で飾られた短剣を首元に当てる。

「この剣は呪いがかかっていてね、これで切られたら化け物になるんだ」

「弓さんを放せ、くそがっ!」

「くそはよそうよくそは、悲しいな。さあほら、悲鳴が聞きたい? 君の無様な性質のせいで危険な眼に合う子を新たに増やしたいかね」

 独水の言葉にアルテミスは怒りを抑えていたが、弓は凜とした様子でアルテミスに声をかける。

「大丈夫よ、アルテミスさん。この人、貴方に怯えてる」

 弓の言葉に二人は度肝を抜かれるが、凜とした様子を保ち、怪物にされる刃物を首に当てられても尚。弓は静かな様子で怯みもしていない。

 親子揃って不気味な反応だと、独水は手元が揺れて、思わず弓を手放す。手放された弓は静かな面持ちに笑みを浮かべ。

「そんなに大声で、構って欲しいと叫んで恥ずかしくないの? 君、寂しがりね」

「……嫌な子供だな、少しムカついた。君にプレゼントしよう、僕をむかつかせてくれたお礼だ」


 独水は花屋から出てきてずっとじゃれついていた子犬を一匹抱えて、刃物ですうっと浅く切る。切られた箇所から血液は出ず、代わりに切られた箇所からびきびきと形態が変わっていき、独水が地面に下ろす頃にはゾンビ犬から花で出来た触手を沢山生やした化け物へと変化していた。

 弓はあっという間に子犬の触手に捕まるも、アルテミスはどうすれば助けられるかと悩んでいる。

 このままだと埒があかないと判断した弓は、そっと触手から見える鋭利な葉で指先を怪我させておく。滴る血を確認すれば、アルテミスへ視線を向ける。

「大丈夫、アルテミスさん。ボクを守ろうとしないで。君のしたいことをして」

「でも、弓さんに何かあったら……!」

「守られるだけのお姫様は嫌なの。昔から、そういう存在が、好きじゃ無かったから。ボクは大丈夫、だから、どうか」


 弓の言葉を深く捉えたアルテミスは戸惑うも、すぐに判断した様子で、アルテミスは子犬からの攻撃を気にせず、弓の体がぐぐっと締められても気にせず独水のほうへ目指す。

 弓はその間に青い糸をしゅるしゅると辺りに右手から広げ、子犬を編み込んで動きを封じる。

 距離を詰められ、宝剣をアルテミスに奪われて首元に当てられた独水は、二人の合図のないぴったりとした動きに驚き。悔しさを感じる。悔しさを感じて、嗤った。

「その剣を僕に使うか? いいさ、使えよ、望むところだ!」

「可哀想な人。無視されるより、好かれるより嫌われる方が楽なのね。嫌われることで、注目を浴びてるのだと喜べるのね。信じられるのね」

 弓は糸を一気に締め付け、毛糸玉のように子犬に編み込まれて包み込んだ青い糸は一気に四散すると、元の普通の子犬に戻る。その瞬間、子犬へ纏わり付いていた花びらは一気に乱れ散り、花弁が辺りへ散らばった。青い糸は綺麗な色で発光し続けている。

 弓の青い糸は生命を司るものだと弓は予想していたので、元の命に戻せられないかと糸で子犬の体を探っていた。子犬を切った縫い目に青い糸が縫い付けて傷を繋げば、元の生命体に戻す行為ができたのだ。

 指摘された独水は怪訝そうな顔をして、花びらを浴びながら弓へ睨み付ける。弓は堂々として、スカートをふわりと整えた。

「アルテミスさんに何かしら羨ましいものでもあるのでしょ?」

「……ないよ、本当だってば。……ねえよ! 放せ、暴力は嫌われるぞ。……僕には理解できないだけだ。あんな素敵な選ばれ方をしているのに、嫌がるなんて」

「オレからは最低な選ばれ方ですよ。もう構うな」

 アルテミスが独水を手放し、弓の方へ近づき、子犬の安否を確かめる。アルテミスの意識にはもう独水は相手にされておらず、独水はかっとしてそのまま帰宅していく。

 非常に嫌そうな、嫌悪が染みついた顔で、良い年した大人は癇癪を起こしたように帰宅していったのだ。

「弓さん、大丈夫ですか」

「また暴走しかけたでしょ」

「うう、すみません……オレは目に見えた火を放っておけない性質なのかもしれません」

「なら約束して。父様に向けられた火は絶対に消すって。どうせ火を消しに向かうんでしょう? それなら父様に向けられた火だけを集中して消して」

「……はい。貴方には敵わないな。年下の大先輩ですよ、本当に」

「任せて。女の子の心は、大人の男性よりも成長早いんだからね」

 弓とアルテミスは改めて笑ってから、今度こそ花を選び始める。



「存さんっ」

 墓石店からの帰り道に存は、アルテミスの声を聞く。

 後ろを振り返れば弓まで一緒に居て、大きなお祝い事があるといわれてもおかしくないような大きな花束を両手にアルテミスは抱えている。

 花束を手渡されて、存は顔中に混乱を示した。


「アルテミス?」

「あの、オレのこと信じてくれなんて言いません。信じられないでしょうし。それでも、精一杯貴方にお仕えしますっ」

「……アルテミス、やっぱり勘違いしているな」

 存の言葉に戸惑いながら、アルテミスは弓と顔を見合わせる。存は大きな花束に埋もれて、よいしょと持ち直しながらアルテミスに下がり眉の表情を向けた。

「あの時何を言っても、悪魔は居座っておまえに嫌がらせをするだろうから黙っただけだ。この前反省文出したのだから、おれは別に許してるよ」

「……で、でも」

「それ以上は逆におれが信じられない、って逆張りして傷付かないように見えるけど」

「……それは嫌ですね! ……でも、本当に。改めて、存さんに頑張ってお仕えしようと思ったんです。悪魔からの縁だからじゃなくて。貴方の周りを守りたい」

「……そうか。それで、この豪華すぎる花束の花瓶に当てはあるのかな。疾風が多分騒がしくなるんじゃないかな?」

「あー! そうか、花瓶のこと忘れていましたね!」

「花瓶ないのも可哀想だから、一緒に買って帰ろう」


 存は穏やかに笑うと、弓へ手を差しのばし、アルテミスと弓の三人で花瓶を買いに行って。帰りにコロッケを買い食いし、こっそりと疾風への秘密を作った。





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