第四話 人魚の宴



 深い深いアクアマリン色を越えて、深海がサファイアのロイヤルブルー色になるまで海底の世界。

 海の底には、海賊船が沈んでいる。大航海時代のもので、海の底で歴史を今も刻んでいる。海賊船の周りに魚が溢れ、海賊船の一室は宝石で満ちていた。何処から詰んだのか花も溢れパールやガーネット、エメラルドにアメジスト、サファイアに猫目石。それらで出来た髪飾りや、アクセサリーを着飾るように置かれた物体があった。


 生首だ。不思議と腐っておらず目を閉じている。血液を流す様子もなく。非常に美しい銀髪の少年の生首は血液も垂れておらず、脈もある。


 一室は水が少し満ちていて、水面から人魚が覗き込み。大事な宝物の無事に今日も安堵している。

 人魚は水色とピンクを基調とした踊り子のようなひらひらとした衣服を身に纏っている。やたらと真珠を身につけていて、少年の生首を真似た銀色の髪を伸ばし。青い瞳でやたら美しい笑みを浮かべている。異常なほど美しい顔で、生首を愛で大事に撫でる。


 とんとん、と海賊船の窓からノックが響けば人魚は首を大事に元の場所に置き直し、こつん、と唇を当てるようにキスをした。

 海賊船から出て、ノックしてきた同胞に小首傾げた。


「どうしたの」

「どうしたのじゃないわよ葉月(はづき)、いい年してあんなもの持って引きこもって!」

「あんなものじゃないわ、あれはとても美しいの。大好きな人なの」

「大好きな人……? 生首が?」

「大好きなのに私、嫌われている。ずっとずっと嫌われている」


 相手は生首なのにまるでまだ今も生きているような言い方だと同胞の人魚は驚いた様子だった。葉月が生首を持ち始めて、百年近くは経つはずなのに、今も生きているあの首の主は何者だろうと不思議そうに考えている顔だった。


「私のハニーを置いて行けないの。ハニーを許してくれるひとじゃなきゃ、繁殖もいやよ」

「あんたまさか、伯母さんみたいに陸を目指しているんじゃないでしょうね?」

「ううん、伯母さんみたいにはなりたくない」


 葉月は何処かふわふわとしたしゃべり方で強い否定をした。葉月にとって、伯母は何年も昔に成仏した魂だ。

 人魚でありながら成仏を許され、輪廻転生を許された存在。人魚には本来輪廻転生などあり得ない存在だからこそ、人魚たちはこぞって伯母の話を美化する。

 葉月にとって、伯母は恐怖であった。


「あたしたちはあと百年しか生きられないのよ、人魚は三百年が寿命なんだから。あんただってあと八年でしょう? 繁殖さっさとしてしまいなさいよ」

「いやよ、私、とてもいや。ハニーとずっと居たい。あの冬の月色をした頭を撫でてる時が一番幸せなの」


 葉月の説得は今日も無理だと諦めた同胞はそのまま何処かへ泳いでいった。

 海賊船は葉月がこつこつ作っていった宝箱だ。宝箱に触れているときが一番幸せだった。

 葉月は同胞の言葉を大した気にした様子もなく、今日も何処かに変わった物や宝物を着飾るものがないか海面に上がっていく。


 一つ、船を見つけた。





 船の主は、如何にもな金持ち姿をしていた。指には趣味の悪いアクセサリーに、やたらごつい腕時計。腕時計だけで数千万はするとは知らずに、葉月はただ趣味が悪い人だと見つめていた。


「人魚、ほんとにいるのか! 人魚だって?!」


 小型船に乗っていた船の主は、やたらと陽気に笑い転げて、不躾に葉月をじろじろと眺めた。

 不躾で視線は好奇心に満ちていたけれど、葉月にとっては悪い感覚でもなかったのでそのままにしておく。

 葉月は男をじっと見つめていれば、男は黒髪を掻き上げ、三白眼をにんまりとさせた。


「僕は、独水譲(どくみずゆずる)だ、君は人魚姫か?」

「ううん、お姫様じゃない。お姫様だったのは叔母様よ。私は葉月。人魚の葉月」

「そうか、葉月というのか! 僕はついてるなあ! 君みたいに可愛らしい神秘に出会えるなんて!」


 心から独水は喜んでいた。その姿があまりにも可愛かったから。葉月は少し独水に心を許した。

 独水と葉月はそれから少しずつ会う時間を増やしていった。葉月は少しずつ宝物の話をする。大事なハニーがいて、とても大事な生首だと。言葉のインパクトにたじろいだ様子もなく、独水は興味深く何処までも聞いてくれた。

 独水は兎に角話を沢山聞いてくれていて。独水の話を聞きたいと思う頃合いには、独水はもう自宅のある地域に帰らなければならない期間だった。


「葉月、僕と外に行ってみないか」

「そとに?」

「人間界においで。もっともっと君が大事にしたくなる人を見つけていこう。宝物がハニーだけだと勿体ないだろう?」


 独水は人間だったのに生まれて初めての、葉月の理解者だった。

 理解された感覚は酔いしれるには十分で、葉月は大事にしていた生首を持ち出し、そのまま独水に連れ去られる。


 その後どうやってかは知らないが、独水の自宅で待っていれば独水は生首候補を連れてきて、葉月の宝物を増やしてくれた。

 葉月の大事な大事な宝物を増やしてくれた。


 ある日、独水は帰宅すると葉月を抱きしめた。どうしたのだろうと頭を撫でれば、寂しげな笑み。


「いつか、この遊びも終わってしまうんだろうね」

「どうしてそんなことを言うの?」

「終わりの合図になる人を見つけたから」


 独水の言葉に小首傾げて、水槽でレースのような尾をうねらせた葉月は独水を慰めようと、人魚に伝わる子守歌を歌う。

 歌は誰もが知る、きらきらぼしだった。


「僕の大好きな時間だ、いつまでも、いつまでも。遊んでいたいな君と……」

「私もよ、譲。貴方と、ずっといつまでもハニーを愛していきたい」

「いっそ僕が君の宝物になれたら幸せなのかな」

「それは駄目」

「どうして」

「貴方が死んだら誰がお花を買ってくれるの?」

「違いない。君のために全てあしらえよう、僕のお姫様」


 独水はくつくつ笑えばおやすみ、と葉月に伝え自室に戻る。

 今はまだ、二人だけのままごとを続けたいと葉月は、そうっと月明かりに願う。




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