第一話 金の生みどころ7-不安の暴走




 それから何回か訪れる。五回訪れて気が変わらなかったら諦めようと疾風と存は話して決めていた。

 ミミックは最初は不機嫌だったが、三回目の来訪には諦めたのか心から喜んで少しだけ打ち明けてくれる。


 がらんとシャンパンの入ったバケツ、冷たい氷を掬うとまたバケツに戻したミミックはお酒を飲みながら。とろんとした瞳で語り出す。

「母親が何をあたしに思うかは興味あるの、でもだめ。今更否定されたら生きていけない。産んだ人からの否定はこわい」

「とても、よく。わかる」


 ただの相づちや同情でもないのか、存は暗い声で頷き酒を呷って赤い顔をする。店内は客が減ったりもせず、しきりに騒いでいるけれど上品な客でいっぱいだ、疾風は店の質に感心する。それだけこの店の品質の良さを物語っている。暗いテーブルに疾風はフルーツの盛り合わせにあるメロンを摘まみながら嘆息をついた。メロンから薫る特有の青臭さや甘みが相まって、口腔内で蕩ける感覚で、疾風は目を細めた。仕草は何処か、サキュバスの息子よりサキュバスめいた下品な色気がある。


「否定されたら否定してしまえ。お前が母親とは認めないって、そしたらおあいこだろう。二人とも否定しあった、それでおわり」

「あんた絶対筋肉馬鹿でしょ。にぶいおとこね、もてないタイプよ」

「はああ? 怪物よりかはもてるしい? お前なんか店出れば地味なおっさんだろ」

「んまあああ、ひどい! ママに代わってお仕置きよ! 五月蠅い口を塞いであげちゃうわああああ」

「やめたまえ、僕は怪物に犯されたいわけじゃないんだ! ぎゃあああ、触るなあ!」


 ぎゃあぎゃあと騒いで、疾風がキスマークの一つや二つ、でかでかと浴びた帰り道。

 タクシーを捕まえようと道路の手前で探していれば、綺麗な女性に声をかけられる。黒髪で何処か見覚えのある面影。疾風は思い出せず思わず虚空を眺めて思案に耽る。

 面識のあった存はすぐに一礼し、女性に挨拶した。

「疾風、依頼人だこのひとは」

「おお、人間界に来たのか。あんたの息子はありゃもう一押しで……」

「いいわもう。あんな子、息子じゃない」

「ナニはまだもってるみたいだけど」

「そういうことじゃなくて!」

「そういうことだろう、不思議な話をするんだなおまえ」


 存は小首傾げると疾風と顔を見合わせ、女性を宥めながらまだ空いてるファミレスへと連れて行く。長話になりそうだ、訳ありだと女の顔がもの申している。人間の姿をしているのだから、連れて行っても大丈夫だろうし。これくらいの交流ならきっと経費で落ちるのだと狙って、ついでにご飯を食べようとしていた。


「なんだ、棄てて置いて望みどおりの息子じゃなければ要らないってか」

 疾風は呆れた不快感で女性に問い詰める。ファミレスでは席を勧められ、空いたソファー席に座れば水を運ばれ、疾風が話してる間に適当なものを存が選ぶ。


「何がいったい不満なんだ」

「あたしの子なら……あたしの子なら……あんな」

「奥さん。貴方はお嬢サンと正面からまだ話していない。影から探している状態だ。真正面から会ったら、何か感情も変わるんじゃないだろうか」

「そんな簡単な問題じゃないのよ」

「どうだろう。おまえがしようとしているのは、まだ記号でしかない息子の話だ。実際に出会ったら記号でなくなる。昔産んだ息子という記号から、今を謳歌しているお嬢サンになったらどうなる」


 存の冷静な言葉に、どきりとした女性はしゅんと肩を落としてしまったので、ついつい見てられなかった疾風は女性の隣に座り直し肩を叩く。


「辛かったんだろ、後悔もあったんだろ。でも、同一視しないようにな、お嬢サンが生きてきた記録とこれまでの辛さはミミックとは別問題だ」


 疾風の言葉に女性がしとしとと静かな涙を零し、一同は話し込みながら少しずつ女性の愚痴に付き合い。食事が終わり、スイーツを食べる頃にはすっかり女性は元気さを取り戻していた。女性は棄てた当時の感情や、昔の大恋愛も満足げに語り終わると、勇敢な顔つきをしていた。


「あの子の選択を待ってみる、あの子が嫌がっていたら私も諦めるし。あの子も私を嫌がる権利はあるから……だけど。一目みたい」


 最初の言葉とは真逆だ。疾風は思わず存を見やる。

「言葉の裏が、本音なんだよ。不安だっただけだ」


 存は静かに笑い、スイーツを二品目頼もうとしていた。


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