03 僕の秘密基地は移動できる!?

 秘密基地が、レベルアップ……!?


 心の中で繰り返した瞬間、僕の身体はぐんっと沈み込む。

 何事かと思ったけど、箱の中の形状が変化して広くなっていた。


 凸みたいな形になっていて、凸のてっぺんのところが扉になっているみたいな感じ。

 いままではただの箱状だったけど、玄関の奥に部屋できたとも言えなくもない。


 しかし扉は天井のほうに付いているし、部屋はまるで穴ぐらを掘って住んでいるみたいに狭くて窮屈。

 小柄な僕がやっと屈んで行き来できるくらいのスペースしかない。


 なんにしても、秘密基地はレベルアップすると広くなるようだ。

 スキルも増えたようなので、確認するためにステータスウインドウを開いてみた。

 増えたのはまたしても、見たことも聞いたこともないスキルだった。



 コール・ゲート   玄関扉を近くに呼ぶことができる



「玄関扉を呼ぶスキル……? これまた聞いたことのないスキルだなぁ」


 そこで僕はあることに気づく。


 秘密基地はもしかして、『アナザー・ディメンション』の魔法の応用なのかな。

 『アナザー・ディメンション』というのは魔力を消費するかわりに、掛けた対象の中を異空間にできるというもの。

 たとえば箱に対して掛けると『アイテムボックス』と呼ばれる魔法の箱となり、中にはアイテムをしまうことができるようになる。

 しまえるものはその箱の大きさによるんだけど、しまったものは質量や重量がなくなるんだ。


「アイテムボックスは持ち歩けるから、それと同じ原理で、入口だけを持ち歩いていると考えれば、納得できなくもないような……。確かめるためにも、さっそく試して……」


 みようかと思ったんだけど、ちょっと待てとなる。

 もし扉が移動しちゃったら、秘密基地の中身はどうなるんだろう。もっと言うと、中にいる僕はどうなるんだろう。


 なんだかちょっと怖い気がしたので、秘密基地の外に出てから試すことにした。

 そのためには、やっぱりこの状況から脱出しなくてはならない。

 しかし扉を作るという作業をしたおかげで、僕の頭もだいぶ柔らかくなっていた。


「そうだ! 馬車のシートの下に流木を結び付けて、バランスを取るために反対側にも重い流木を結び付ければ、カヌーみたいに使えるはずだ!」


 僕はさっそくシートカヌーの作成に取りかかる。

 材料はあまった流木とシートベルト。工具は無いけど、この手の工作クラフトは毎日のようにやっていたからお手の物だ。


 できたてのカヌーはちょっと大きくて玄関に引っかかりそうだったけど、横に寝かせてなんとか外に出すことができた。

 そのまま川に浮かべたんだけど、乗る前に流されてしまわないように、最後のシートベルトを使ってカヌーの端っこと玄関扉を結び付けてある。

 僕は凸状の秘密基地から這い出すと、川下で上下しているカヌーのシートに飛び乗った。

 係留ロープがわりのシートベルトを外すと、カヌーは撃ち出されるような勢いで秘密基地から離れていく。


「あとで呼んであげるからね! ちゃんと僕のところに戻ってきてねーっ!」


 遠ざかっていく玄関扉に手を振る。

 離れたところから見る秘密基地は、頼りないイカダのようなものが空中に浮いていて、まるで怪奇現象みたいだった。

 よそ見していると岩にぶつかりそうになったので、オールがわりの流木で漕いで避ける。


 それから数分川下りすると、ずっと続くかと思われていた絶壁の牢が、先のほうで途切れていることに気づく。

 まっすぐな道のようだった川は途切れ、遥か遠方では、生まれたばかりの朝日が顔を覗かせていた。


「ま……まさかこの先は、滝っ!?」


 僕はいまさらながらに、滝が落ちるドドドドドという音が、地響きのような振動とともに迫ってきている気づく。

 この音と振動からして、滝はすごく高そうだ。


「ど……どこか、どこか飛び移れる場所は……!?」


 すると、滝のスレスレのあたりの岩壁に小さな裂け目があり、そこが窪地になっているのを見つける。

 僕はずっとオールを漕ぎまくっていたので腕が限界だったんだけど、それどころじゃない。

 残った力をすべて振り絞るようにして、がむしゃらにオールを動かす。

 窪地に近づくと、爆音を立てて迫り来る危機から、間一髪で逃れるように飛んでいた。


 カヌーはそのまま流されていき、巨人の口に飲み込まれるようにして消えていく。

 僕はもうその行く末を気にする余裕も無く、大の字になって転がったまま、ぜいぜいと息をしていた。

 地面をこれほどまでに有り難いと思ったのは初めてだ。


「た……助かっ……た……!」


 崖から突き落とされてからそれほど時間は経ってないはずなのに、これまでに体験したことはいままでの人生で初めてのことばかりだった。

 それに……奇跡に満ちあふれていた。


「僕は、生きてる……! まだ、生きてるぞぉーっ! ははっ……あはははははっ!」


 徹夜明けと信じられないことの連続で、僕はすっかりハイになっていた。

 がばっと起き上がると、断崖に差し込んでくる朝日に向かって叫びまくる。


「よぉーし、やるぞっ! 家を追い出されちゃったのはちょっとショックだけど、もう気にするもんか! それに、いちどは捨てられかけた命……! だったらもう、誰かのためじゃなくて、自分のために使おう! 僕の夢だった、自分だけの秘密基地を作るぞっ!」


 そうだ。やっぱり今日の朝日は、僕にとっては希望の光だったんだ。

 「えい、えい、おーっ!!」とバンザイすると、いままでずっと忘れていたような、爽やかな風が心の中を吹き抜けていったような気がした。

 さっそく『コール・ゲート』を使って秘密基地の玄関扉を呼ぼうと思ったんだけど、もっと安全そうな場所でやることにする。


 僕がいる窪地の先は、断崖にできた亀裂のような細い獣道で、きつめの傾斜になっていた。

 かなりの距離があったけど、道なりに登っていくと、僕が馬車で走っていた道とは反対側の断崖の頂上に着く。

 そこはうっそうとした森で、差し込む朝日を頼りにさらに歩いていくと、開けた草原に出る。

 草原の中で小川を見つけたので、この川べりを最初の拠点にすることに決めた。


 人家に助けを求めてもいいんだけど、あたりはエントツの煙ひとつ見当たらない。

 探し回るにしても、闇雲に歩いたところで行き倒れてしまうだろう。

 まずはここでサバイバル生活を送って、しっかりと準備を整えるんだ……!


 僕は意を決するように手をかざし、満を持すように高らかに告げた。


「コール・ゲートっ!」


 すると、僕がついさっき作った流木の玄関扉が、魔法のじゅうたんのように飛んでくる。

 今度は平面じゃなくて、扉は目の前に垂直に降り立った。

 おそるおそる扉を開けてみると、その奥にはついさっきまで僕がいた白壁と、凸型の室内がある。

 室内には、余った流木が転がっていた。

 いったん扉を閉めて、扉の反対側に回り込んでみる。

 すると一枚の扉がぽつんと立っているだけで、その先にあるはずの部屋は外からだと見えなかった。

 いや、見えないというより、そもそも存在自体がない。


「やっぱりそうだ……! 秘密基地は、アイテムボックスと同じで異次元に存在してるんだ……!」


 読みが当たってガッツポーズする僕を、ステータスウインドウが祝福してくれる。



 『基地レベルがアップ! 新しいスキルを習得しました!』

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