第35話

「エド、お友達を一刻も早く助けに行ってあげたいの。お利口さんで待っててね。ドズ、あなたも早く帰ってきたいでしょう?だから、荷馬車が壊れない程度になら飛ばしてくれて構わないわ。おっとぉも私も、そんなに軟じゃないもの。お願いね」

ドズよりも小さなエドの体を片手で撫でながら、もう片方でドズの頬を包み、エリカは二頭にお願いしていた。

二頭は、わかったよと言うようにエリカの手のひらに頬を摺り寄せて了承の意を示してくれる。

その仕草ににっこりと笑って、ドズに馬車を繋ぎ、エドをエラの元に返した。

ボイズが、しっかりと旅支度姿で歩いてくる。

「行けるか?」

「うん。万事完了」

「よし。ドズ、頼むな」

ボイズの言葉に、一鳴きするとドズの顔つきがきりっとしたように思う。

ボイズが御者台に、エリカが馬車内に乗り込むと、手綱が動くより先にドズが動き始めて、次第に速度が上がっていく。

今まで感じたことのない速度で、景色が流れていった。

エリカは御者台と中を繋ぐ小窓を開けて、前の様子を覗き込む。

横から見る景色の流れとはまた違った見え方をする景色に、少しだけ高揚感が増す。

「おっとぉ、シュレインさんの居場所は大丈夫なの?」

「あぁ、レイントの村のドルグフと言う人を探せと言われた。多分、協力者なんだろう。なるべく早く行って、すぐに連れて帰るだけの簡単なお仕事だ」

「じゃ、シュレインさんを見つけるまでは、採集も討伐も全部なしだね?」

「あぁ、すまんな。この速さについてくるような魔物なら、戦闘は必須だろうがな」

「わかった。大丈夫だよ」

短い会話だけで引っ込んだエリカは、手持ちの薬草で何が作れるかを算段し始める。

シュレインのケガの具合によって、応急手当で持つかどうかわからないな。と、考えて少しいい薬も備えておこうと動き始めた。

外では遠くからこちらを伺う魔物に圧を飛ばして退けるボイズと、速さと重さで近づく魔物や獣を蹴り飛ばし踏みつぶすドズが、仲良くニヤリと笑いながら奮闘していた。

大森林沿いを最低限の休憩と昼夜ぶっ通しで走り続けること3日目の夕方、目的の町まで到着した。

距離を考えたら、おかしな速度での最速記録だろう。

さすがのドズもくたびれていたし、ボイズとエリカもフラフラしていた。

何とか頭と体を動かしてドルグフ氏を探すと、町はずれの小さな小屋だと教えられた。


「ドルグフさん、居るか?」

玄関扉を叩きながらのボイズの声に、しわがれた老人の声がすぐに返事を返した。

「誰だい?」

「ボイズと言う。知り合いを迎えに来たんだが」

「あいよ。待ちな」

すぐに扉が開き、中から初老の男性が顔を出す。

どことなくシュレインに似ていて、親子かな?と思うほどだった。

「早かったな」

「急いで来たからな。シュレインは、どこにいる?」

「ここにいる。俺だ、俺」

「「は?」」

じっくり3秒、親子二人は固まった。

「俺の特殊能力だよ。すごいだろ?始めて見せたよな。これのお陰で、諜報活動がやり易いのさ」

「本当にシュレインさんなの?」

「そうだよ、俺の女神。びっくりしたかい?」

「した。っていうか、ケガは?」

「右足の脛辺りが折れてる。痛み止めをがっつり飲んでるが、ちょっと限界だ」

「すぐに飲んで!これ飲んで!回復薬!持ってる薬草で一番いい奴作ったから!良かった、作っておいて…」

「ははは、ありがとう。頂くよ」

「すぐに出れるのか?」

「あぁ、出れる。迎えが来るまで貸してくれって約束で、借りてるからな」

「謝礼は?置いていったらいいのか?」

「あぁ、あの箱の中に入れておけば見てくれるだろう。いい爺さんだった。これも入れておいてくれ」

シュレインから小さな袋を預かって、ドルイドから預かってきた謝礼の金貨と共に箱に仕舞うボイズだった。

「荷物は?持って行くよ」

「あそこに、まとめてある。悪いね、女神」

「エリカ、だよ。気にしないで。早く帰ろう?」

シュレインがまとめていたというか、持って来た時のまま触られていないような雰囲気の小さなカバンを持ってエリカは、そっと外を伺いながら外に出た。

ボイズは、老人姿のシュレインに肩を貸して、彼の右足を庇いながら馬車に乗せる。

ひょこひょこと懸命に歩きながらも、薬の効果が早くも出てきたのか痛みや違和感はだいぶ収まってきたようだった。

「丸一日は治りきらないだろうから、大人しく寝ててね?」

「はーい」

いつもの姿に戻ったシュレインに、エリカは素直な疑問を問うてみた。

「その姿が、本当のシュレインさんなの?」

「ん?そうだよ?俺は、俺の女神に対して嘘はつかない。これが、本当の俺。安心して?」

「そっか、うん。わかった」

「で、お前は何をやらかして来たんだ?」

「話せば、長くなりますが…先にお茶ちょうだい?」



「森を抜けてこの国で見つけていた施設にたどり着いた俺は、小便してた兵士をボコして入れ替わって潜り込んだ。ほぼ同じ施設だったよ。そこには、研究員らしいのが数名と兵士がたんまり、あと檻に入れられた歪な合成魔獣数匹と、額に完全な八望星を刻まれた少女が二人虚ろな目で繋がれてた。機密文書らしいものを盗み出して、殺してくれと静かに泣いた少女たちを殺して、施設を大爆破。生き残った兵士に追われて追いかけっこ開始。最終的に殺して埋めたが、右足を骨折して近くの町に変装して隠れたってわけ」

軽い口調で話すシュレインの顔は、それに反して苦痛に満ちたものだった。

何も言わず目で続きを促すボイズに、シュレインは苦笑して話し出した。

「あれは、カラットル教の負の遺産だよ。半分に割った魔核を別のやつとくっつけて、魔獣の死体に埋め込んで合成魔獣を作る。それを、従魔術の使える者が使役する。戦争のための武器庫さ」

「ひどい…女の子たちも武器なの?」

「そうだよ。あの子たちは多分、奴隷落ちした身寄りのない子供だろう。たまたま見つかった武器庫で、従魔術が使えるってだけで選ばれて、鞭を打たれて酷使される。可愛そうなもんだよ。昔から戦争ってのは、使われる側は悲惨なもんだけどね」

「戦争をするの?」

「多分ね。そのための実験段階って所だろうね。だから、ぶっ潰して来たんだ」

「危険なのに?怪我もしたのに?」

「そうだよ。女神に危険が及ぶ可能性は、ほんのちょびっとでも見過ごせない」

「なんで?なんで私なの?」

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