第7話

「おっとぉ…どこなの。早く。返事ちょうだいよ…」

「エリカ、焦るな。大丈夫だ。奥まで入っていたらそれだけ見にくいんだ」

「でも。ううん、そうだね。ありがとう、ハンセンさん」

「あぁ、いい子だ」

「子供扱いは、やめて。もう、大人。ね?キャッシュ君」

「キ?キ~」

「ははは、そうだな。それでも俺達にとっちゃ、エリカはいつまでも小さいエリカなのさ」

「もうっ!」

「ほら、見えたぞ。煙玉が上がったぞ!!前進する!隊列を乱すな!警戒を怠るな!」

「「「おう!」」」

即席とはいえ、皆が長年の顔見知り出る応援部隊は、中々に統率が取れている。

ハンセンとキャッシュ君は、周りをよく見ていると評価が高く、まとめ役に抜擢された。

ハンセン自体、エリカにキャッシュ君の尻尾を嚙まれていた時からは随分成長している。

従魔もキャッシュ君以外に、ワーウルフと煉獄鳥が増えている。

ワーウルフのルインはエリカと玉蹴りをして遊んだ仲だし、煉獄鳥のベールはエリカが見かける度に綺麗だと声を掛けて撫でているのでハンセンの次にエリカが好きだ。

ベールに空からの見張りを頼み、ルインがエリカとハンセンの前に出ている。

キャッシュ君は、ハンセンの肩の上という特等席を誰にも渡さずに鎮座している。

因みに、キャッシュ君は実は大型の魔獣である。魔力を操作して小さくなっているが、戦闘時はそれを解き大型の魔物へと変わる。

お猿のキャッシュ君ではなく、マウントワーコングのキャッシュさんになるのであった。

「おっとぉ!!」

「エリカ、お前ら。お疲れさん。ありがとな、エリカ。お前の回復薬でずいぶん助かったよ」

「よかった。無事で…」

「ボイズの旦那、何か見つけたかい?」

「あぁ、キルラビットが300程とゴブリンが200程が食い荒らされてた。多分、グラインドスパイダーと思うが、固体の大きさは過去最大と思われる。数も、それなりに居るだろうな」

「やっぱりもう?」

「あぁ、多分。だが、まだ初期だ。今のうちに叩きたい。行けるな?」

「「「おう!」」」

「エリカ、お前は、回復含めて後方支援だ。いいな?」

「なんで?私も行けるよ!」

「ダメだ。今のお前は、焦ってる。動揺している。冷静じゃない」

「でも…」

「冒険者としての俺が言うことは、今まで間違ってたか?」

「ない…」

「なら、分かれ。いざというときの保険でもあるし、お前が一番足が速い。こんなに早く戻ってくるなんて、思ってなかったくらいにな」

「わかった…」

「いい子だ。よし、行くぞ!」

不満げなエリカを後方に移して、ボイズ率いる大隊は森の奥へと進んでいった。

状況から判断して、これは魔物の氾濫で確定だろうと皆が思っていた。

一気に災害級の魔物が現れる短期決戦型とは別の、小物の大量発生によるじんわりと強いものが次々に台頭してくる長期型の方。

当たりが付けやすい分だけ初期段階である程度目途がつけばやりやすいが、ちょっとでも初動が遅れれば大規模な被害を生む。

ボイズ曰く、今は初期。今手を打てば、被害の拡大はかなり抑えられる。

ここに居るのは、特級のボイズを始めとする現役ばかり。

本格的な冒険者になりたてで実戦での連携戦闘も少ないエリカでは、ついていくのが迷惑になるかもしれない程度なのは分かりきっていた。

それがわかるから、エリカも渋々とはいえ後方支援に甘んじている。

帰れと言われなかっただけ、信用されていると思うのがいいだろう。

「どこかに発生源があるはずだ。俺の記憶じゃ、この奥にある泉から向こうは魔素の濃い状態だったはず。恐らくは、その先になるだろう。気を引き締めていけ。強さが段違いだ」

「「「おぅ!」」」

伊達に長年第一線で先陣を切っているだけはあるボイズの言葉に、全員が気を引き締める。

ボイズと合流して約一刻ほど歩き、かつては美しい泉だっただろう枯れた泉を発見した。

合流までにボイズがあらかた今までの道のりの魔物は片づけていたのか、魔物との遭遇は無く、比較的安全なここで周囲探索後に小休憩となった。

「今のうちに、装備の確認をしておけよ。協会からの物資は、どうなるって?ハンセン」

「あぁ。回復薬なんかはある程度の数が準備出来次第、随時派遣。正教会からも、医療班が編成されてくるそうだ。王国軍は、民の避難優先。だが多分、騎士団から何人かは状況把握に来るだろうって」

「まぁ、そんなもんか。じゃ、一度ここに陣を張る。後発部隊との中継基地になるだろうから、数人でしっかり作れ。ゲイン、任せる。二人選んで、残せ。エリカ…は、連れていく…」

エリカのふくれっ面を見てため息交じりに最後の言葉告げたボイズに、周りが『娘に甘い』と心の中で総ツッコミだったのは多分、当事者だけが気づいてないだろう。

いや、ボイズは気づいているかも入れない。そして、エリカも『おっとぉ、チョロい』とか、思っているかもしれない。

そんなこんなで、3人を残して出発。

魔素の濃い泉の奥へと、一行は足を踏み入れた。

「エリカ、無理はするなよ?濃い魔素は、肉体と精神に異常をもたらすこともある」

「わかってるよ。みんなに教えて貰ったし、実際に何人か見てきたしね。無理は、しない。今は、平気だし」

「ならいい。さて、お客さんみたいだ。やるぞ!」

現れたのは、通常より大きいと思われる蜘蛛型の魔物150匹程の御一行様だった。

「ちっ、飛び蜘蛛かよ」

「でけぇし、めんどくせぇ」

誰かが言うや否や、ボイズを後ろから掠める様に炎の矢が幾重にも蜘蛛型魔物に向かて飛んでいった。

森への延焼を防ぐための、水の結界がいつの間にか薄く周囲に張られている。

エリカを除く冒険者たちが、阿吽の呼吸で動き出す。

初めて感じる実戦での近接部隊、中衛部隊、後衛支援とまるで示し合わせたかのような動きに、エリカはここが魔物の氾濫と戦う戦場なのだと今更ながらに身を震わせた。

「エリカ、支援魔法、打てましたよね?最前衛戦士3人、任せていいですか?脚と腕の強化に防御結界、頼みますよ?」

「はい。行けます」

後衛支援の要と言われている上級冒険者からの指示に、エリカはすっと腕を伸ばして魔法を放った。

「魔力操作が上手いですね。発動が早い上に、安定している。安心しました。強化切れに気を付けて、継続させてくださいね」

「はい!」

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