第39話 異変

「うま〜〜い!! 」


 ミコは、五日ぶりの美味しいご飯にありつけた。

 なんと、カズマがミコの為に、ご飯を作ってくれたのだ。

 驚くべき事に、カズマは、家事全般が得意なのだと言う。

 家事が苦手な嫁を迎えても良いように、昔から家のお手伝いをしていたと言うから、驚きだ。

 ミコなんて、今だに炊飯器の使い方も分からない。


「将来、カズマと結婚する子は幸せだね! 」


 そう褒めてあげると、嬉しそうに顔を赤くしながら、


「おう。いつ嫁に来てもいいぞ」


 と、照れながら応える。


(カズマは、家事を褒められると嬉しいんだなぁ)


 ミコは、的外れな事を考えながら納得し、今度からカズマを褒めるときは、家事を褒めてあげようと考えるのだった。


 カズマが来た初日に、美琴と自分を比べている事に気づかされ、あまりその事について考えないようにした。

 それよりも、自分がどうなりたいのかや、どうしたいかを考える事で、不思議と心が軽くなっていた。

 自分と他人を比べる事なんて、馬鹿馬鹿しいと、昔は分かっていたはずなのに、魂が一緒だと言われて、美琴と自分をつい混同してしまっていた。

 あれ程カズマに、ミコをミコとして見てもらえる事が嬉しかったはずなのに、自分自身が、それに気が付かなくなっていたなんて、思いもしなかった。


「修行の調子はどうなんだ? 」

「とりあえず、いい感じだよ。カズマのお陰だな」

「俺の? 」

「そう。本当にありがとう」


 お礼を言い、ニコリとカズマに微笑みかけると、カズマは子供のような屈託の無い笑顔ニカっと笑う。

 この笑顔だけは、昔と変わっていない。

 いや、ミコがあまりカズマを気にしていなかっただけで、カズマの性格も何も変わっていなかったのだろう。

 カズマと一緒にいると、懐かしいような、とても温かい気持ちになれる。

 色々と、自分の気持ちに踏ん切りがつけられたのも、きっとカズマのこの性質のお陰なのだろう。


(帰ったら、カズマに何か奢ってやらないとな)


 しかし、ミコにはまだやらなければいけない事があった。


「後は、この山の神様達に認めてもらわないといけないんだ。正当な後継者になるって事を」

「え!? じゃあ、俺って婿養子に…」


 カズマが何か言いかけた時に、遠くからミコを呼ぶ声が聞こえてきた。


「ミーコーさーまー!! 」

「二葉!? 」


 声の方に目をやると、二葉がふらりふらりと飛んで来る。

 その顔には、少し疲れの色が見えた。


「二葉どうしたんだ? 三月は? 」

「それが、ゼェゼェ、いつの間にか、ゼェゼェ、居なくなっていたのです」


 息の荒い二葉を落ち着かせ、ゆっくりと、話をさせる。


「ミコ様が滝行をされている間に、今夜の薪拾いと、水汲みを三月ちゃんと行っていたのですが、いつの間にか居なくなっていたのです。この辺り一帯を念入りに探して身みたのですがおらず、てっきりミコ様の元に戻っていたのかと思ったのですが」

「いや、こっちには来ていない」


 まさか式神が迷子になるとは考えづらいが…。

 式神は、名前を与えた時点でミコと繋がっている。

 三月は山で迷子になろうと、ミコの元に戻って来れるはずなのだが。

 急いでミコも三月の意識を探ってみるのだが、何も感じなかった。


「まさか、紙人形に戻ってしまったのでは…?」


 三月は、ミコから見てもかなりの天然である。

 まさか、薪拾いと、水汲みで力を使い果たし、紙人形に戻ってしまったのだろうか?

 

(あり得ない話じゃ無いなぁ…)


 カズマに作ってもらった食事もそこそこに、一同は、最後に三月を見た場所へと向かうのだった。





「この川です。最後に三月ちゃんと水汲みをしていたのは」


 時間は夕方に差し掛かり、日も暮れ始めている。

 オレンジ色に照らされた川は、特に変わった事もなく、ただ緩やかに流れていた。

 しかし、ミコは嫌な感じがしていた。


「この山の数カ所には、神様を祀ってある祠に、御神体が置かれているんだ」


 ミコは、誰に言うでもなく、川のほとりに作られた祠に向かう。


「御神体が無くなっている…」

「え? どういうことですか? 」


 二葉が、不思議そうに尋ねてくる。


「この楠木山が神聖な力で守られているのは、数カ所に収められた御神体があるからなんだ。ここの御神体が無くなったってことは、結界の力が弱まってしまうって事」

「大丈夫なのか? 御神体を探した方がいいのか? 」

「いや、御神体よりも、三月の方が心配だ。三月は、紙人形の媒体が無ければ、ただの弱い霊体だ。この山の結界が弱った事で、悪意がある奴が寄って来るかもしれない。手分けして探そう」


 そもそもこの山は、長い間、霊的な力を蓄えていたのだ。

 その力が、結界から漏れ出してしまえば、そこに霊体が集まって来る事が予想される。

 三月も含め、霊体は意外と寂しがりやなのだ。

 普段人間に気が付かれない分、仲間の気配を感じると、そこに集まって来たりする。

 善い者も、悪い者も含めて。

 ミコは、とにかく早く探さないと、三月の心配をしながら山道を走るのだった。





 一夜は結界の外から、中の異変を感じていた。

 数日前、ミコの幼馴染のカズマが結界の中に入って行き、その事についても、もちろん気になるのだが、カズマはミコに害を加える事はない。

 それよりも、先ほどから一夜を拒み続けていたこの山の結界が、少し弱くなって来ていたのだ。

 もう少し結界が弱くなれば、中に入れそうな雰囲気だった。

 浮き足立つ気持ちを抑えながら、早くミコの顔を見て安心したかった。

 そして、自分を心配させた事への苦情の一つでも言ってやりたかったのだ。

 しかし、結界が弱くなるという事は、自分のような邪悪な存在もミコに近づけるということ。

 今、一夜がやるべき事は、結界に集まってくる、ミコに害をなす可能性がある悪霊を始末する。


 ククククククっ!

 

 ミコの側に居られない、その焦燥感をぶつける相手が出来た事で、嬉しくなっていた。


 「久しぶりに暴れられそうですねぇ? 」

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