第37話 カズマ出陣

 カズマはとても後悔していた。

 なぜ、自分はもう少し勉強を頑張っておかなかったのかと。

 ミコが山籠りの修行に行ってしまって、早三日。

 学校のつまらない授業を受けつつ、学校が終わる二日後には、ミコを追いかけて一緒に山籠りをしようと考えていた。

 

 カズマは、ミコの式神である、一夜の事が気に入らない。

 一夜は、カズマとミコの仲を邪魔したり、ミコにちょっかいを出しながら、昔惚れた女が忘れられずにいるようだ。

 カズマは、幼い頃からずっと、ミコだけを見てきたのである。

 ミコに認めて貰えるように、守れるようにと、それだけを考えながら。

 そんな、どっちつかずな気持ちで、ミコの気持ちを惑わせるのは気に入らない。

 第一、人間でもない式神という立場で、その主である者に手を出すなど、聞いた事もない。

 

 確かに一夜は強い。

 しかし、ミコの隣というポジションまで、彼に譲るつもりはないのだ。

 ただ、安心出来る材料が一つだけあるとすれば、今のミコに、一夜は触れる事が出来ないという事だ。

 ミコが、『拒絶の結界』を纏っている以上、一夜はミコに触れる事が出来ない。

 ただし、ミコの力が一時的に尽きた時、一夜はミコに抱きつく事が出来た。

 そんな事を二度とさせない為にも、カズマは学校を終わらせて、いち早くミコの所に向かう必要があったのだ。

 

 それに、式神の件だけではなく、セイラの占いも気になっている。

 ただでさえ、訳のわからない連中に狙われてりるというのに、その上何が起こるというのだろうか。

 女子はミコしか見ていなかったカズマだが、セイラの占いの噂だけは、良く当たると耳にした事があった。

 そのセイラが、三月の事を心配したり、胸騒ぎがすると言っている。

 いくらカズマの頭があまり良くないとは言え、この状況でミコを一人で送り出す事が危ないと、考えないはずがない。


(ああ、早く夏休みにならねぇ〜かな〜)


 そんな事をクドクドと考えているうちに、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 しかし、カズマはすっかり忘れていた。

 もう少し勉強をすれば良かったと後悔していた事を。

 そう、カズマはこの授業の内容を全く覚えていなかった。





「では、私も、なるべく早くこちらに帰れるようにしますので、カズマさん、くれぐれもミコさんの事をよろしくお願いいたしますよ」

「おお、任せてくれよな!! 」

「特に、あの式神…。悪い予感が当たらなければ良いのですが」

「大丈夫だ! 俺がついているから、安心してくれ! 」


 セイラに元気よく返事を返し、カズマは待ちに待ったミコの元へ向かうのだった。

  

 カズマのリュックはパンパンに膨らんでいた。

 もちろん服や、生活必需品も入っているのだが、何よりも、除霊グッズが幅を取っている。

 何が起こるのか予想が出来ない為、いつもは使わないであろう、分厚い経本まで持ち出して来たのだ。

 

『これはミコ自身の戦いなんだ。邪魔をするんじゃないぞ。しかし、何かあった時は、ミコを守ってやってくれよ。寺の小僧』


 いつもは、娘にデレデレで、甘やかしてばかりいる、ミコの父親の言葉を反芻する。

 カズマは山に向かう前に、ミコの家である神社に顔を出していた。

 ミコがまだ山籠りの修行から帰っていない事を確認する為と、カズマがミコの後を追うことを伝える為でもある。

 カズマは、昔からこの親父が苦手だった。

 と、言うのも、娘可愛さに、すぐにカズマをミコから引き離そうとしてくるのだ。

 時にはミコの居場所を誤魔化す為に嘘を吐かれ、また、時にはカズマと遊んでいる最中に限って、何かと理由をつけてはミコを家へと連れて帰るのだ。

 

 そんなミコの親父が、娘の事を守ってくれと、言ってきたのだ。

 これはもう、親公認の仲と言っても過言では無いと、確信にも近い気持ちになっていた。

 親父だけではなく、ミコの友達のセイラにもミコを託されたのだ。

 これはきっと、カズマが頼り甲斐のある男だと、皆が認め始めたという事なのだろう。

 きっと、ミコと釣り合う男になれたのだと、嬉しくてニヤけてしまう自分の頬を一つ打つ。


「よし!! 」


 気合を入れ直し、拳を握る。

 山の中腹あたりに差し掛かった時、見慣れたロングヘアーの式神を見つけてしまった。

 カズマの顔は、思わず引き攣ってしまった。

 しかし、おかしな事に気がつき、一夜方へと歩み寄る。

 本来ならば、話かけたくもないのだが、今式神は一人だ。

 ミコを守る役目を負っているにも関わらず、ミコから離れ、一人で一体何をしているというのだろうか。


「おい、お前! ミコはどうしたんだ?」


 カズマがそう話しかけると、負のオーラを背負った一夜が答える。


「なんだ、カズマか…。はぁ〜」


 明らかに落ち込んでいるそいつの様子に、カズマの不安は更に募る。

 まさか、既に手遅れになってしまったのだろうか。

 ミコは、一体何処に居るのだろうか。


「おい、一体何があったんだ?」

「私は、私は!!」


 泣きそうな顔をしながら、一夜は言葉を詰まらせる。

 

(まさか、本当にミコの身が危ないのか!?)


「この山の結界に拒まれました…」

「えっ!? 」


 一瞬、この式神の言っていることが理解出来ずに聞き返してしまった。

 巫女を育て、試すこの山には、邪を寄せ付けない結界が施されているのだろう。

 いつもスカした式神一夜が、目の前で情けない顔をするものだから、思わず吹き出してしまった。

 それが気に入らなかったのか、今度は、必死にカズマを睨みつけている。


「じゃあ、お前は五日間も、ここでボーッと待機していたのか? 」

「馬鹿な、やれる事は色々と試しました。何とかして、結界の中に入ろうと試みたのですが、結局入れず仕舞いなのです。ミコ様も、私の出番は無いと思うからと言いながら、私を置いて行ってしまったんです」

「分かった分かった。じゃあ、お前の代わりに、ミコは俺が守ってやる。お前はここで大人しくしているんだな!! 」


 カズマは、恨みがましい目を向ける一夜を無視し、何とも清々しい気持ちで、山の結界をすり抜け、ミコの元に向かうのだった。


(ミコ、待ってろよ、俺が側にいてやるからな! )


 カズマは、自分がミコを助けてあげるという使命感で、嬉しくて早足になりながら山頂に向かうのだった。

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