第34話 思い出は美しいままに…

 ザクっ!!  ザクっ!!  ザクっ!!




 一夜は笑っていた。


 笑いながら、自身の長い爪で、大陰の腹を執拗に刺し続けている。


 大陰は、ミコの力でかなり弱っていたとは言え、一夜の強さはそれを凌駕する程のものがあった。


 人間の姿をしている時は、一夜の本来の力を出し切れていなかったのかもしれない。




 しかしーー。




 大陰はすでに絶命していると思われるが、一夜は手を止める様子は無い。


 美琴の仇で、彼女が死んでしまった原因。


 顔は笑っている一夜だが、ミコには何故かとても悲しそうに見えていた。




 大切な人を失った自分を。


 大切な人を守れなかった自分を。


 愛する人と気持ちが通じ合えた日を。


 永遠の別れが訪れた日を。


 


 それらを鮮明に思い出し、怒りと、悲しみと、その全てを大陰にぶつけているのだろうか。


 セイラは青い顔をしながら目を背け、カズマもミコを支える手に力が入っている。


 一夜を止めなければ、そう思いながら、誰も体が動けずにいた。




 このままでは一夜の心が壊れてしまう。


 自分が誰よりも、禍々しいい者だと理解しながら、美しい魂を持とうとしていた一夜が、また醜い感情に支配されてしまう。


 美琴に愛されていた一夜は、きっと今の一夜では無いはずだ。


 今の一夜は、ミコを守る為でも何でもなく、我を忘れ、ただ復讐をしているに過ぎない。




(私が止めなければ)




 霊力が残っていないミコに何が出来るのかは分からない。


 しかし、一夜の心を救ってあげれるのは、美琴の魂を引き継いだ自分しか居ないはずだ。


 


 ミコはギュッと拳を握り締め、一夜に向かって歩き出す。




「ミコ…」


「大丈夫。自分の式神位止めれないと、主人だなんて言えないだろ? 」




 ミコは、心配するカズマに、軽く微笑みかける。




「一夜…」




 一夜にミコの声は届いていないのだろう。


 肉片に変わり果てた大陰を更にグチャグチャに刺し続けている。


 返り血で汚れた一夜の顔は、いつもの美青年の顔に戻っていた。


 流れる返り血は、まるで一夜が泣いている様だった。




「もう、いいんだ。もう、大丈夫だから」




 そう話しかけながら、ミコは自然に一夜の背中に手を置く。




「美琴は一夜と出会えて幸せだった。悲しい別れを迎えてしまったかもしれないけど、最後に一夜と愛し会えた事が、美琴の人生の救いだったんだ。苦しまないで。悲しまないで…。と一緒に過ごした全ての時間は、まだ、お前の中で生きておるはずじゃ。その時間をお前の手で、無かったことにしてしまうのか? 」




 ミコの中の美琴が、一夜に向かって話しかける。


 一夜は手を止め、肩で荒い息をしている。


 そのままミコは、一夜の背中に額を付ける。




「私の我儘を聞いてくれるか? 一夜。お前の中の私との思い出を美しく、幸せだったままに残しておいて欲しい。お前が思い出すのが、私の死にゆく姿では、悲しすぎる。愛する人には、美しい姿で思い出して欲しい。ダメか? 」




 ミコは一度、美琴と心が繋がっていたので、彼女の言いたい事が分かった。


 美琴は、彼女が亡くなった時の事は忘れて、美しい思い出だけを一夜の心に残して欲しいのだ。


 一夜は振り返り、真っ直ぐにミコの、いや、ミコの中の美琴の目を見つめる。




「ええ、約束いたします。もう二度と、憎しみに飲見込まれたりはいたしません」




 一夜は、優しくミコを抱き寄せる。


 もう、怒りに身を任せ、殺戮を楽しんでいた一夜は、どこにも居なかった。




「気高く美しかった、あなたの魂に恥じない様に…共に隣で歩んでいける様に…私の魂が朽ち果てるまで、もう決して、あなたとの美しい思い出を手放したりはいたしません」




 一夜のミコを抱き寄せる手に力が入る。


 ミコもそれに応えるように、一夜の腰に手を回し、抱きしめる。




「約束だぞ? 」




 ミコの中の美琴は、その言葉を最後に語りかけなくなった。




 一夜の腕の中はとても大きく、暖かかった。


 それと同時に、安心感と、心地良さを感じていた。










「おはよう」


「おはようございます、ミコ様」




 ミコの霊力が戻るのと同時に、結界は、再び一夜を拒絶しはじめた。


 しかし、一夜の機嫌はすこぶる良かった。


 ミコを通じて、美琴とお話し出来たのが嬉しかったのだろうか。


 ニコニコしながら、淡々と日々の雑用をこなしている。


 機嫌は良いに越したことが無いし、一夜にチクチクと嫌味攻撃を受ける必要もないのだ。




 しかし、ミコは、美琴の事を考えると、チクリと胸が痛むのを感じた。


 ミコはミコだ。


 美琴ではない。


 たとえ同じ魂を宿していたとしても、美琴では無いのだ。


 


 羨ましいと思ってしまった。


 それはミコにとっては初めて感じる気持ちだったのだ。


 負けず嫌いで、強がりで、自分は自分、人は人と、ずっとそう考えてきた。


 けれども、自分の中に、自分よりもっと、清廉潔白で、高貴な魂を宿してしまった。


 憧れや、嫉妬にも似たこの感情を自分の中で、どうすれば片をつけらるのか、分からない。


 


(私は、美琴以上の巫女になれるのだろうか…)




「ミーコー。迎えにきたぞー」




 もやもやとしていたミコに、聞こえてきたのは、カズマの間抜けな声だった。


 昨夜は、カズマとセイラにもとても助けられた。




(ちゃんとお礼言わないとな)


 


 ミコは、迎えに来てくれた、カズマとセイラの待つ玄関へと向かう。




「おっす、ミコ! 」


「おはようございます、ミコさん」




 笑顔で迎えてくれる二人に、少し胸の痛みが和らいだような気がしていた。




「ミコ様、忘れ物ですよ」




 振り向くと、一夜がミコの体操服を持って、立っていた。




「ああ、ありがと…」




 ミコが受け取ろうとした時ーー。




 バシっ!




 カズマは、一夜から体操服を奪い取る。




「な、なに!? 何やってんの、カズマ… 」


「あんまりミコにベタベタしてんじゃねえ! 」




 カズマは一夜に向かって言い放つ。




「どういう事ですか?」




 不機嫌そうに、一夜がカズマを睨む。




「ミコはミコだ。昔、お前の事を好きだった女じゃねぇ。にして、ベタベタすんなっつってんの! 」


「なっ!? 」




 カズマの言葉に、一夜は言葉を失う。


 いつものイライラや怒りではなく、何も言い訳が出来ないようだった。


 一夜が、ミコと美琴を重ねて見ていた事は、ミコも分かっていた。


 しかし、ミコの気持ちは、またモヤモヤが増えてしまっていた。




 「ミコ、行くぞ! 」




 カズマは、ミコの手を力強く引っぱる。




「ちょっと、カズマ!? 」


「ミコさん、待ってください」




 セイラが追いかけてくる。


 


「カズマ、恥ずかしいから離せ!! 」


「なんだよ、あいつとは抱き合ってただろ? あいつの事好きなのか? 」


「なななな何て事言ってんの!! あ、あれは美琴が…」




(美琴が…?? )




 美琴が何なのだろうか?


 確かに、美琴はミコに語りかけていた。


 しかし、ミコの体を動かしていたのは、紛れも無く、ミコ自身だったのだ。




「私も気になります! 」




 息を荒くしながら、セイラも混ざって来る。




「セイラまで…全然、そんなんじゃ無いってば! 」


「本当だな? 」


「本当なんですね! 」




 ミコの答えに、二人は満足そうにしている。




(一体何なんだよ…)




 ミコの束の間の日常は、戻ってきた。


 少しのわだかまりを残して…。

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