第26話 ミコの戦い

 厄介な事になってしまった。


 まさか、定めの巫女を狙っていたのが十二天将だったとは。




 炎華と別れ、一夜はミコの学校へと向かっていた。


 行きはあの二人に任せたのだが、帰りは家に帰って来るのだし、一夜が迎えに行っても良いだろう。


 むしろ、あの二人には任せておけない。


 敵が敵だけに、一夜でも戦えばただでは済まないのではないだろう。


 何より、早くミコの側に行きたかったのだ。




 十二天将とは、強い力を持つ、神にも近い存在なのだ。


 そいつらが本気でミコを殺しに来た時に、自分だけで守り切れるのだろうか。


 一抹の不安が襲う。


 


 とは言うものの、同じ十二天将でも、炎華のような者もいる。


 一蓮托生というわけでもなく、意外と自由人も多いのかも知れない。


 炎華に情報を探らせようかとも考えたのだが、以前のように手の平で転がされてはかなわない。


 ここは、敵の出方を待つべきなのだろう。


 昨夜の子供、あれも差し金だと考えるべきか。




(分からない事が多すぎますね)




 もう少し情報を集めるまでは、黙っていた方が良いのかもしれない。


 話した所で、怖がらせてしまうだけだろう。


 ミコの不安な顔など、考えただけで胸が傷んでしまう。


  


 色々な事を考えながら歩いていると、ふと嫌な感じがした。


 一夜は、何かあってもすぐに分かるように、使い魔の蟲をミコの側に控えさせていた。


 その蟲の気配が消えてしまったのだ。


 


(くそっ!!)




 一夜は嫌な予感がしながらも、急いでミコの学校に向かうのだった。










 学校についてみると、すでにそこにミコの気配は無かった。


 授業はすでに終わっており、生徒はチラホラと帰り始めていた。


 一夜の姿を見た女子生徒からは、黄色い声が飛んでいるのだが、それどころでは無かった。




(まずは、あの二人を見つけなければ! )




 校内に入りミコの教室の近くに来た時、カズマとセイラは呆然と立ち尽くしていた。




「ミコ様は!? 」


「…」




 声を振り絞り、カズマが喋り出す。




「急に…居なくなった…」


「!!」


「消えてしまった…」




 どういう事だろう。


 確かに、一夜の使い魔の気配も、急に消えてしまっていた。


 ミコがいない状況に焦りを感じるものの、必死に冷静さを取り戻そうとする。


 


「でも、ミコは大丈夫なんだろ? 禍々しい者からは、結界が守ってくれるんじゃ…」


「そうです。不祥の者からは結界が守ってくれる。しかし…操られた、悪意のない者からは守ることが出来ない…」




 純真無垢な子供や、意思を持たない物を拒絶しない、それが定めの巫女の結界なのだ。


 美琴は、それで殺されてしまったのだ。


 


「そんな…、それじゃあ…」


「そうですね、絶体絶命って事です…」




 カズマにもやっと今の状況が理解出来たのか、舌打ちをしながら壁を殴っている。


 やはり、ミコをこの二人に任せるべきでは無かったのかも知れない。


 自分の考えが甘かったことに、一夜は後悔した。 




「二人とも静かにして下さい」




 セイラは、廊下の床に向かって手を合わせ、何かを占っているようだ。




「セイラ…これは? 」


「しっ! ミコさんの居場所がわかるかも知れません」




 セイラは、何やら細かい漢字が書かれた板を水の上に浮かべ、目を瞑り、祈りを捧げていた。


 


すると、廊下の行き止まりを指差し、




「あの壁の向こう側…何かあるような気がします」




 カズマは走り、行き止まりの壁に触れようとした瞬間ーー、




 バチっ!




「結界!? 」




 急にミコの気配が途切れたのは、結界の中に閉じ込められてしまったからなのだろう。


 一夜は結界の元に走り、




「ミコ様! 聞こえますか!? ミコ様!! 」




 しかし、返事は無い。


 目を細めてみると、うっすらとミコのような人影が、何かと闘っているように見える。


 この結界をどうにかするしか無い。




(待っていて下さい! すぐに助けますから!! )










 ミコは暗闇の中に居た。


 


(ここはどこだ? )




 先程まで一緒にいたはずの、カズマとセイラの姿が見えない。


 ミコはこの空間が、自分の潜在意識の世界に似ていると思った。


 似ているが、少し違う。


 ここは落ち着かない。


 鳥肌が立つような、寒気や、嫌な感じがしていた。




 キラっ




 何かが光った様な気がして、目を凝らしてよく見てみると、そこには意思のない目をした人形がいた。


 フランス人形や日本人形、動物のぬいぐるみまで、色々な人形が、武器を持ち宙に浮かんでいる。


 ミコはすぐに、この状況を理解することが出来た。




(これって、ピンチってやつ? )




 考える間も無く、人形はミコに向かって襲いかかってくる。


 ミコは、拳と蹴りに気を乗せて、反撃を始める。


 美琴が殺された時と同じく、意思を持たぬ者もまた、ミコの結界は拒絶してはくれないようだった。




(ちょっと、数が多いなぁ)




 戦っていて気がついたが、全ての人形が武器を持っている訳ではなく、武器を持たず突撃して来る者や、木の棒を持った者もいた。


 一番気をつけなければいけないのは刃物を持った人形数体で、そいつらを最初にやっつけておけば戦いやすくなる事が予想された。


 普段であれば焦る所なのだが、ミコの口は笑っていた。


 まずは、刃物を持った人形を退治した後、言い放つ。


 


「試したかった事が試せるな! 」




 一夜が居ると、ミコの事を心配して無茶な事はさせてくれないし、カズマとセイラも、ミコを守ろうとしてくれるだろう。


 でもそうなると、ミコは自分の力でどこまでやれるのかを押し図る事が出来ない。


 守られるだけの自分など、柄では無いのだ。


 美琴に力の使い方を教えてもらった後、やって見たかった事があったのだ。




 ミコは金の護符を手に握り締め、




『相剋・金』


 


 護符は形を変え、ミコの指に金属が絡む。




「出来た! 」




 それはメリケンサックだった。


 ミコは普段から素手で戦う事が多いため、何か武器が欲しかったのだ。


 まずは、護符で金属を召喚し、力の流れを読み、形を変化させてみた。




 ふふふっ




 不敵な笑みを浮かべ、つい調子に乗ってしまった。




「正義の鉄槌! 」




 ふざけながらパンチを繰り出してみる。


 しかし、人間相手ならともかく、フワフワとした人形の腹を金属で殴ったところで、あまり意味は無かった。


 固い素材の人形には多少効果があるようだが、殴っても殴ってもまた立ち上がって来るので、あまり意味をなさなかった。




(作るもの間違えたな…)




 続いて、新たに火の護符を手にし、




『相生・火! 』




 ミコは自身の拳に火をつけて、人形を攻撃する。


 これも、ミコの拳に直接火をつけている訳ではなく、グローブの様に周りを囲わせているだけだ。


 流石に直火だと、ミコの手はハンバーグになってしまう。




「燃える魂! 」




 ミコは自分の好きだった格闘家を思い浮かべながら、人形に一発、二発、と叩き込んでいく。


 しかし、その後が悲惨だった。


 拳を受けた人形達は、燃え上がりながらミコに襲いかかって来るのだ。




(めっちゃ危ないじゃん! )




 ミコはガッカリしながら、その作戦にも終止符を打った。


 そして、思いつきで行動するのは良くないと、今後の教訓にするのだった。




(一夜が居なくて良かった…これ絶対溜息つかれるパターン…)


 

 この場に一夜が居なかった事に安堵した。



 ミコは気を取り直し、素早く手で韻を組み、




『五行結界! 』




 詠唱無しの結界を張ってみる。


 美琴のお陰で、五行の気の流れを読む事が出来るようになり、簡易的な結界を張ってみたのだが、上手くいったようだ。


 しかし、厚さが少し薄いのか、人形達の体当たり攻撃に、強い衝撃が走り、ヒビが入る。




(長くは持ちそうに無いか…)




 ミコはそのまま、祓詞を唱え始める。




けまくもかしこ


伊邪那岐大神イザナギノおほがみ


筑紫筑紫日向のひむかたちばな小戸おど阿波岐原あはぎはら


みそぎはらたまひしとき


せる祓戸はらへど大神等おほがみたち


諸々もろもろ禍事まがごとつみけがれ


らむをば


はらたまきよたまへと


おすことをこしせと 


かしこかしこみもす』





 確かに、人形達には悪意のは全く感じていなかったから、お清めが効くかどうかは分からない。


 しかし、この結界にはーー、




 シューっ




「よしっ! 」




 どうやら上手くいったようだった。


 音を立てて結界は消えていった。

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